【Red Rover Red Rover】 (1)
「自作自演って……ちょ、ちょっと待ってくれよ。何が何だか訳が分からないぜ。誰か分かるように説明してくれよ」
困惑しながらも、先に問いを発したのはレイチェルではなくヒューだった。
「大丈夫だよ。分かるように説明するさ。まずは何から聞きたい?」
飄々として言い放つクレメンスに一瞬、殺意にも似た怒りをヒューは感じたが、そんな自分を制するように、レイチェルはヒューよりさらに一歩クレメンスへ近づくと、具体的な質問で話を進展させる。
「……自作自演とは、今回の作戦に関してなのか。さらに、何故自作自演をする必要があったのか。加えて、それに関わった人間はあんただけか、それとも他にいるか」
簡潔にして完璧な質問。知りたい疑問を解決する内容全てを含む問い。
それを一息に言い放ちながら、レイチェルは冷然とした視線をクレメンスへ向ける。
「さすがだねラシェル。一分の隙も無しの見事な質問だ。では、まず一つ目の回答だ。そう、今回の作戦に関してだよ。そして二つ目。必要性については簡単だ。君やウサギたちの有用性を上層部のバカどもに嫌でも理解させるためさ。ガブリエル・ハウンドはその引き立て役としてお出まし願った。わざと情報を漏らすことで奴らの動きを誘発し、今回の戦闘を演出した。で、最後の質問の回答。関わった人間は私とフランシス部長のふたりだけだよ。君らもそうだが、カーラにも気の毒したね。だが、敵を騙すにはまず味方からさ。仕方なかったんだよ」
悪びれもせず、言ってのける。
しかしクレメンスの軽妙さとは反比例し、レイチェルとその周囲を包む空気は急激にその重さを増していった。
「部長も一枚噛んでたってわけ……」
口調こそ落ち着いてはいたが、そのつぶやきには身を焦がされるような怒気がはっきりと感じられる。そして、
「……カーラ。今回のフリントでの戦いで民間人の犠牲者は出てるの……?」
「あ、ええと、今入ってる情報だと、少なくとも重軽傷者が八名出てます。死者は今のところいませんが、重傷者の経過をしばらく見ないと確定は出せませんね」
そう聞き終えたレイチェルは、素早く身をクレメンスへ向けると、つかつかと早足で彼に近づいていく。
その目は、誰から見ても怒りに取り付かれているのが一目瞭然だった。
「おっと、ガブリエル・ハウンドは私が動かしたんじゃないぞ。奴らは……まあ、奴らをおびき出すためにわざとこちらの情報を外に漏らしたのは事実だが、連中が出張ってきたのはあくまで連中自身の自主的行為だ」
落ち着いたまま、クレメンスは自分へ突進するように向かってくるレイチェルへ言う。
言い訳の類としては最悪である。
ゆえに、結果はすぐに出た。
パンッと、大きな破裂音が室内に響いたと思った次の瞬間、レイチェルの右手のひらに弾かれて顔を横へ向けたクレメンスの姿があった。
「この、頭のイカれたクソ野郎……!」
吐き捨てるように、呪詛でも込めたような言葉をクレメンスにぶつける。
するとレイチェルは出入り口へ向かうと乱暴にドアを開け、部屋を出て行った。
「ふむ……素直に喜んでもらえるとも思ってはいなかったが、それにしても随分と機嫌を損ねたみたいだな」
「元々好かれてたようにも見えなかったけど、完全に嫌われただろうな、とは思うぜ」
「君もなかなか言うね」
レイチェルに打たれた頬を撫でつつ、ヒューの言葉に、変わらぬ薄ら笑いで答える。
そんなクレメンスの様子に、ヒューは心の底から呆れた。
「気持ちは……分からないとは言わないけどよ、他にやりようが無かったのか?」
「いいかい、どんなに優秀な人材も、肝心なそれを役立てる機会が無ければただの人でしかないんだよ。逆に言えばその機会さえ用意すれば、どんなに上が無能でもそれに頼らざるを得なくなる。私はそれを実行したに過ぎん」
「そしてそのためなら、無関係の人間を犠牲にしても構わないってか?」
クレメンスが、レイチェルをCIAに復帰させるため、今回のようなことをしたことは理解している。
とはいえ彼女を思っての行為といえど、それで無関係の人々に被害が及ぶことが帳消しになろうはずも無い。
特に、自分が原因で犠牲者を出したと感じているだろうレイチェルの怒りは至極当然である。
「全ての世界がそうではないが、少なくとも我々の住む世界は結果が全てだ。それこそ残酷なほどにね。だから私も手段を選ばなかった。責めたいのなら気の済むまで責めてくれ。しかし私は自分のとった行動に後悔はしないよ」
「……意見は、噛み合いそうに無ぇな」
半ば呆れてそう言うと、レイチェルに釣られて立ち上がっていたヒューはやおら手近の椅子を自分の側へ引き寄せ、どっかりと腰を落とした。
思えば、レイチェルも散々言ってきたことだ。
頭のイカれたクソ野郎。まさしくその通り。
そんな人間を相手に、道理の話をしようとするのが土台無茶だ。
ヒューは改めて、ろくでもない奴と関わることになったと、肩を落としてうなだれる。
と、急にクレメンスは残った椅子に腰かけると、妙な質問を投げかけてきた。
「ところで、君らに預けたウサギについてだが、たいそう危なっかしい戦い方をしてやしなかったかい?」
「……ああ、見ててヒヤヒヤしたぜ。だがそれ以上に、それを現実にこなす身体能力のほうが俺は感心したよ。伊達に人造人間だなんぞと言っちゃいないなってね」
「なるほど、なかなか面白い受け止め方だ。しかし人造人間云々は置いておいても、何故あれはあんな無茶な戦闘スタイルをとるのか、疑問は無かったかい?」
言われ、少しばかり頭を巡らすと、確かに疑問ではある。
人間か人造人間かの話は別としても、わざわざあんな危険な戦い方をすることに、何の意味があるのか。
リスクは飛び抜けて高いが、メリットが思いつかない。
だが、分かりやすく悩ましそうな顔をするヒューへ、クレメンスは意外な答えを返す。
「あれはね、私がそう設計したからさ。国内での大規模テロを想定した場合に、相手の火力に合わせてこちらも同様の火力を、なんてことをしたら、それこそ民間人の被害は増す一方だ。それを避けるため、あえてヘア・シリーズもラビット・シリーズも近接戦に特化してある」
この答えには、ヒューも完全に不意を突かれた。
完全な視点の違い。盲点。
言い訳をするなら、クレメンスがまさかそんなことを考慮しているとは思いもしなかった。
自分の作品とやらに価値を生み出すために、わざと街中でテロリストを暴れさせるような人間が、よもや民間人への配慮をしていようとは……。
動揺から、困惑するヒューがうめくように一言、
「俺は……どうにも、あんたって人間がよく分からなくなってきたよ……」
素直な感想である。
実際分からない。この男は何を考え、何を求め、何をしたいのか。
「血も涙も無い、無慈悲なマッドサイエンティスト。それでけっこうさ。私が欲しいのはただ結果だけだ。名誉や誇りなぞ犬にでも食わせればいい」
普段と変わらぬ、気分の悪い微笑みを浮かべてクレメンスは答える。
「さて、そろそろ作戦の第二段階に移行だ。フランシス部長もそろそろ戻る頃だろう。私は外で少し野暮用を片付けてくる。君らもしばらくは好きにするといい」
そう言うと、クレメンスはゆっくり椅子から立ち上がり、ドアを抜ける。
元々、決して広くは無い部屋だが、順々に中の人間が減ってゆくと、何故か広々とした印象が出てきて、何やら閑散とした雰囲気が漂う。
「……じゃあ、私もいろいろと準備があるからそろそろ出るわよ。ヒュー、貴方は?」
部屋の隅で沈黙していたカーラが急に声をかける。
「え、ああ、俺も出るよ」
慌てて返事をする。が、いまだ混乱した頭は静まりそうにない。