【Hide&Seek】 (2)
ニュージャージー州アトランティックシティ。
アメリカではネバダ州に続いてカジノの合法化をおこなった州であり、規模こそネバダのラスベガスには及ばないものの、観光や娯楽を目的としての滞在地には十分な施設の量、質を誇る都市である。
そこのとあるカジノ……通りの左右をどこまでも占有するいくつもの中規模カジノのひしめく中の一件にある小さく奥まったルーレットゲームコーナーに、ただひとりでゲームをしている女性がいた。
肩よりも少し短めの、ボサボサのブロンドの髪に、Tシャツとデニム地のジャケット、ダークグリーンのカーゴパンツという、どうにも女性らしさに欠ける衣服に身を包み、ストレートのスコッチをグラスから口へ運びつつ、肘をついた手にあごを乗せ、うつろな目でルーレット盤を見つめている。
通常、ゲーム性の問題からルーレットはアメリカのカジノでは一、二を争うほど不人気な遊戯である。
ヨーロピアン形式に比べるとアメリカン形式は親である店側が有利に設定されている。
よって、ひとりやふたりといったごく少人数での遊戯を目撃することも、さほどに珍しいことではない。
そんな、全体の賑わいとは隔絶されたようなカジノの一角。
すると突然、カジノ全体に分散したいくつかの人ごみの中のひとつから、グレーのスーツ姿の男がひとり、ルーレットコーナーへ歩を進めてきたかと思うと、孤独な女性プレイヤーの左隣へ静かに腰を落とした。
「随分探しましたよ、ノディエさん」
隣に座ったスーツの男の言葉に、女性はわずかに手にしたグラスを揺らす。
「……探すか。こっちは探されるような覚えはもう無いんだけどね」
ノディエと呼ばれた女性は男にそう言いつつディーラーの鳴らすベルを聞くと、静かにアウトサイドベットの1番から12番へ二十五ドルチップをベットした。
他のベットが無いことを確認し、ディーラーが玉を投げ入れる。
「とりあえず確認するけど、おたくはCIA(中央情報局)から来たの?」
「お察しの通りです」
「ふうん……まあ、さすがはCIAと言っておくわ。よく私の居場所が分かったわね」
「出入国管理及び市民権局のデータベースに侵入して国外へ出ていないことを確認してからはアメリカ中のルーレットが設置されたカジノを、しらみつぶしに監視し続けました。貴女なら必ずそのどこかへ現れることは分かってましたから」
「お払い箱になった工作員の捜索にそこまで労力を割いてくれるとは、うれしくって涙が出るわね。もっとも、その扱いが三年前にもあったら、そんな苦労もしなくて済んだろうに……」
女性は明らさまな嫌味を含んだ言葉を吐いたが、男はそれをまったく気に留める様子も見せず話を続け、その間に女性は二十五ドルチップを素早くインサイドベットの25番から30番の6目賭けへベット変更した。
「現在、我々はかなり特殊かつ、難解な事態に行き当たっています。そこで今回、貴女に作戦参加の要請をするためにここまで足を運んだ次第です」
「……」
束の間の沈黙の後、ディーラーが声を上げる。
「No more bet」
続いてベルが二度鳴らされ、ゆっくりと失速してゆき、カラカラと盤上を跳ねる玉は束の間、空の散歩を楽しんだ後、すとん、と腰を落ち着けるように赤の27番へ納まる。
「Red 27」
ディーラーの宣言とともに女性は自分の手元に百五十ドル分のチップが送られてくるのを確認すると、席を立った。
「話は理解したわ。返事は(OK)よ」
「では、詳細については施設のほうでご説明いたしますので、ご同行を願います」
「ああ、それとひとつ注文なんだけど」
「なんでしょうか?」
右手に持ったグラスのスコッチを一息にあおると、空になったグラスを置きつつ、正面へ向き直った顔に冷ややかな視線を湛えてつぶやく。
「……私の隣へ無断で座るな」
男は一瞬、その視線に殺気すら感じ、喉が急速に乾く感覚に襲われつつ答えた。
「……失礼しました、以後は気をつけます」