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カンジキウサギは闇夜に踊る  作者: 花街ナズナ
16/35

【Hare&Hounds】 (5)


少女はケースから奇妙な二丁のリボルバーを取り出すと、面白いほどはっきりとした嫌悪感を顔に滲ませた。


ともすればそのままそこらに銃を投げ捨てそうな雰囲気を醸し出し、またもレイチェルの笑いのツボが刺激されたようで、車内にクスクスと小さな笑いが響く。


「ジョークとは思わなかったけど、おチビちゃん、ほんとに嫌いなのね。何かしら。銃が嫌いなのか、それともその妙な造りの銃が特別に嫌いなのか……」

言いかけた時、突然レイチェルの持つ端末のひとつが小さくも耳障りなビープ音を上げた。


それに対し、口を開こうとしたヒューの反応よりも数倍早く、レイチェルはすでに端末の操作をおこなっていた。


吐こうとした息を飲みこむのは決して気分のいいものではない。

ヒューは胸のつかえるような感覚を味わいつも、レイチェルの能力の高さを再認識していた。


少女のことに気がいっているように見えて、全体への集中力はまったく散漫になっていない。


一瞬前まで、少女の奇行に笑い声を漏らしていたとは思えないほど、レイチェルの反応と動きは迅速かつ的確だった。


それゆえに浮かぶ。

目を見開き端末を見つめるレイチェルの顔に、事態の悪化を告げる蒼ざめた表情が。


「……最悪……」

「おい、勝手にひとりで納得してないで俺にも説明しろっての。一体何がどうしたっていうんだよ」

一度は胸につかえた息を、改めて他の質問に切り替えてヒューが吐き出す。


「ペンタゴンにティルの件が漏れたらしいわ。もうじきここら全域、デルタフォースの対テロ部隊で溢れかえるわよ」

先に顔色を変えていたレイチェルに続き、ヒューもまた、一気に顔から血色を失った。


デルタフォース(第一特殊作戦部隊デルタ分遣隊)とは、主に対テロ作戦の遂行を目的に組織されたアメリカ陸軍の有する特殊部隊である。


対象がテロリストという性質上、表立つことは無く、さらに国外での活動が主な彼らがよもやアメリカ国内でほぼ公に動くことは、まさしく異例中の異例と言っていい。


「国内で本格的な対テロ戦闘なんて、考えたくも無かったわね……」

「まあ、分かるけどさ。ただ、戦闘規模はそれほど大きくはならねぇんじゃねぇかな。いくら生体兵器と言っても、たかがこのチビとおんなじようなのが一匹だろ。俺としては逆に命拾いしたって喜びたいとこだぜ?」

「……坊や、言ってることと顔色が合ってないわよ」

「……バレてるか……」

蒼ざめた顔に苦笑いを加えてヒューが言う。


実際のところ、ティルの正確な性能に関する情報が軍部へと漏れていると考えれば、期待しているような小規模戦闘でことが済むはずはない。


特にこの国は、9/11(9・11アメリカ同時多発テロ)以来、国内テロへの警戒心が恐ろしく強い。


ティルの性能に疑い無く戦力を回してくるとすれば、レイチェルの言う通り、まさしく国内での本格対テロ戦闘となるだろうことは想像に難くない。


だが、命拾いは少なくとも事実である。


元より、このチームと装備だけではティルを倒すことなど土台無理と判断していたところに、代わりになって戦ってくれるという奇特な連中の登場。


無論、これでCIAの面子は丸潰れとなるだろうが、殺されてしまっては面子もクソも無いのもまた事実。

心境は複雑だが、なってしまった事態そのものは仕方無しである。


「そうだな……こっちとしちゃ不都合なのは間違い無ぇが、今さらどうにか出来るってことでも無し、ここは諦めて高みの見物するくらいしかないと思うけどな」

「……そうね。今から取れる対策なんて何も無いし、情報漏れは私たちじゃなく、他の連中の失態だしね。ここは諦めが肝心……」


言い止して、レイチェルは露の間、黙り込むと、嘆息するように一言、


「早いわね。もう来たわよ」

言って、今度は本物の溜め息をひとつついた。


その言葉にヒューは全身を即座に緊張させたが、どうも様子がおかしい。


レイチェルの一言から数秒。

数十秒。


一分を過ぎ、

二分を経過したところでヒューは不機嫌そうに口を開けた。


「おい、何が来たってんだよ。どっからも何も来やしな……」

そこまで言ったところで、ヒューの耳にも捉えることが出来た。


複数台の車の走行音。


「三台……排気音とタイヤの摩擦音からして、恐らくはミニバンね。積載重量から推測して、乗員は運転手含め全部で二十人弱。多いんだか少ないんだか……どうも、判断しづらいわね」

依然、ヒューには漠然とした車の接近する音しか確認出来ない。


にも関わらず、レイチェルは車の台数に車種、搭乗者数までをも言ってのけた。


もちろんそれが正解しているのかは相手の到着を待たねば分からないことではあったが、レイチェルの口振りには微塵の迷いも怪しさも無い。


加えるなら、ヒューはレイチェルの能力については基本的に信用している。


現実主義の彼にとって、施設で見せつけられたレイチェル言うところの(曲芸)の説得力たるや格別のものだった。


それだけにその後、約五分後に反対車線へ到着した三台のミニバンを見た時も、ヒューはそれほど大きな驚きを感じなかった。


三割の疑惑と七割の確信。

現時点でのヒューのレイチェルに対する能力評価はおおむねこの辺りの比率である。


「……お見事。車種と台数、どっちもドンピシャか……」

「中身が出てくれば人数も当たってるのが分かるわよ。それより頭下げなさい坊や。本当ならここから離れたほうが良かったかもしれないのに、残ったからにはあまり目立つのは得策じゃないわ」

「恥の上塗りもいいとこだもんな……ちんたらやってる間に、軍の連中に先越されたなんざ。で、どうするよ。残ったからにゃ、とりあえずあちらさんの腕前を見学させてもらうかい?」

「そうね……大人しくお手並み拝見っていうのが今のところベストかしら。でも妙ね。あの車どう見ても民生品のミニバンにしか見えないけど……」

「隠密活動で事態を処理しようとしてんだろうよ。どう考えたって、公に国内で対テロ部隊が活動してたら、いい目では見られないもんな」

「……なるほどね。それも一理あるわ」

この時、ヒューは気づいていなかったが、レイチェルは口先だけで納得したような言葉を発していた。


どうも様子がおかしい。という表現はよく使うが、レイチェルの直感はそうした類のものとは的中率の点で大きな差がある。


何やら疑わしいと感じたら、まず何かしらあると見て間違い無い。

そして、その直感はすぐに証明された。


真っ暗な車内に身を屈め、ガラス越しに見る三台のミニバンの中から目出し帽を被り、武装した人間が次々と降りてきた時、レイチェルとヒューは素直に我が目を疑った。


「……冗談でしょ、奴らどう見てもフル装備じゃない。本気で戦争でもするつもり?」

「すげぇな……FN P90かよ。SAS(イギリス陸軍特殊部隊)が持ってるとこ見たことぐらいしかねぇぞ……」

ふたりの見渡した限り、視認したデルタ部隊の隊員は服装こそ統一されていなかったが、装備に関しては単純に(完全装備)と表現するしかないほどの重装備だった。


各自、狭い市街地での戦闘を想定してかPDW(Personal Defense Weapon)と呼ばれる特殊サブマシンガンの一種、FN P90を装備している。


しかも、レイチェルは彼らの腰辺りに目を向けた時、数本の予備弾倉に加えてあるものがぶら下がっているのを確認し、蒼ざめるのを通り越して卒倒しそうになった。


「……アップル」

「は?」

常々、掴みどころが無いところがあるレイチェルの様子に不安を感じていたところに、さらにまた奇妙なつぶやきを漏らした彼女へ、ヒューは反射的に問う。


しかし、即座に返ってきた言葉を聞き、質問した行為を激しく後悔した。


「アップルグレネード……あいつら、手榴弾まで持ってきてる……」


通称アップルもしくは(アップルグレネード)の名で知られるM67破片手榴弾。


有効な殺傷範囲は五から十五メートルと狭い部類ではあるが、そこを含めても常識的に考え、手榴弾に限らなくとも、広範囲に破壊をもたらすような兵器を街中に持ち込むのは使用するかどうかに関わらず、それ自体が正気を疑う行為である。


レイチェルは血の気の失せた顔に反し、噛み締めた唇を紅く染めてなおつぶやく。


「信じられない……こんな街のど真ん中で戦うのに手榴弾持ってくるなんて、連中、頭イカれてるんじゃないの?」

この意見に関してはヒューも同意以外の何物でもなかった。


程度や質の違いこそあれ、これではここに到着した時に自分がやけっぱちで提案した(TNTかC4で建物ごと吹き飛ばす)という決して本気で言ったわけではない作戦と大差が無い。


道具は持っていれば使ってしまう。

そうした考えのもとで装備は選択されるべきだし、使用理由が無いなら当然持つべきでない。


ヒューとレイチェルが彼らの正気の度合いを疑うのは極めて当然と言えた。

しかし、


わずかの間を置き、ふたりは自分たちの判断が思っていた以上に的を得ていたことを知ることになる。


「……気をつけたほうがいいよ」

「え?」

身を伏せ、ガラスを覗くレイチェルの下に埋もれるような格好になっていた少女が、急に口をきいた。


が、直ちにその言葉の意味を理解することが出来ず、レイチェルは軽い疑問の声を発した。


「あの人たち、お姉ちゃんたちも殺すつもりだよ」

「はははっ、何言い出すかと思えば……いいかチビ、そんなことはありえな……」

少女の発言のおかしさに、ヒューがからかい半分に横から茶々を入れたその途端、それを言い切るよりも早く車内にレイチェルの怒鳴り声が響き渡った。


「車から出て、右のドア!」

声を上げつつ、レイチェルはすでに右側のドアから歩道へ転がり出ている。


露の間を置き、


レイチェルの一声に、ヒューも反射的に運転席から助手席へと素早く移動し、右のドアへ手をかけたその瞬間、一瞬前まで自分のいた運転席側の窓から目の眩むような閃光が走ったと思うと、連続する耳障りな打撃音とともに、ドアガラスが粉々に砕け散る様が視界の端に映った。


金属に弾丸がぶつかった際に生じる独特の音に合わせて、運転席と助手席のエアバッグがほぼ同時に発動し、これまた独特の煙と臭気が車内に充満する。


驚きに後ろを振り返りそうになる自分をたしなめ、ようやく助手席からドアを抜けて外へ出た途端、ヒューはようやく自分の置かれた立場を理解した。


理由は分からない。


というより、理由などはこの際どうでもいい。


少女の言った通り、連中は自分たちも殺す気だ。


少なくとも、悪ふざけや威嚇などの部類でないことだけははっきりしている。

明らかな殺意をもっての銃撃。


その一点が確かなだけで、他の事柄はどうでもよくなる。


対応はひとつ。

自衛のための応戦以外に無い。


たった今出たドアを閉めながら先に車外へ出たレイチェルを見ると、さすがに心得たもので、後輪のタイヤ部分へ腰を落としている。


だがヒューはその様子を確認しつつも、なお注意の声を上げた。


「気をつけろレイチェル、あれの弾はやたら貫通力が高い。至近距離で一点集弾してきたら、下手な場所だと抜けてくるぞ!」

言い終わるのと合わせてか、車外へ出て壁としたスポーツセダンを貫いた弾丸がヒューのほぼ右肩を掠め、アスファルトの地面へ着弾した。


直後、違和感のある乾いた銃声。

着弾からわずかに遅れて耳へ届く独特の間延びした音。

それは弾が音速を超える場合にのみ発生する現象。


即ち、狙撃銃の存在を示している。


しかも防弾車両でない点を考慮しても、いとも容易く車体を貫いた事実から、ヒューは認めたくない現実をも強制的に知らされた。


すでに十分血色を失ったはずのヒューの顔が、さらに蒼ざめる。


「じょ、冗談じゃねぇぞ。あいつら狙撃銃持ってくるまでは理解出来ても、徹甲弾まで用意してくるなんて、正気かよ!」

言いつつ、身に染み付いた習性が左脇のガンホルダーから素早く銃を抜かせる。


(H&K P30)

9mm弾を使用。ダブルカアラムマガジン(複列式弾倉)により薬室と弾倉に合わせて16発装弾可能。


一般的な自動拳銃の中では間違い無く総合的にトップクラスに分類される。


しかし、あくまで拳銃の中での話である。


相手の数は少なく見積もっても二十人。

それらが全員装備しているFN P90は特殊サブマシンガンで装弾数50発。

しかもフルオートで一分間に900発を発射する性能を持つ。


加えて、徹甲弾使用による狙撃。

とても分が悪いなどというものではない。


自転車でスポーツカーにスピード勝負するようなものだ。


(せめてショットガンをトランクじゃなく、後部座席に置いとくべきだった……)

そんなことを考えつつも、銃のグリップを握り締め、同じく己の気も引き締めようとするが、あまりにも絶望的な状況に、自然と嘆息してしまう。


と、ふと視界の横のほうへうっすらと見えたものにヒューは奇妙な違和感を感じ、視線をすいと巡らした。


すると、その目に飛び込んできたものに、さらに抱いた違和感は増加することになる。


レイチェルが懐から抜いた拳銃。


(SIG SAUER P220)

9mm弾を使用。シングルカアラムマガジン(単列式弾倉)で、薬室と弾倉に合わせて10発装弾可能の自動拳銃。


装弾数では近年主流のダブルカアラムに劣るが、グリップがスマートなため女性でも取り扱いやすいという利点がある。


そうした点のみを見れば、この銃のチョイスは極めて無難と言えた。

が、ヒューが気になったのはそんなことではない。


「……なあ」

「え?」

「それ……なんなんだ?」

「あら、以外ね。ガンマニア坊やがこんなメジャーな銃を知らないなんて」

「そうじゃねぇよ、それ、どう考えてもおかしいだろ!」

「何がよ」

「銃身長がどう見ても三十センチ以上あるだろが!」

「当然よ。命中精度を上げるためにガン・スミスに特注した一点物ですもの」

「それにしたって、それじゃほとんど拳銃の意味が……」

言いかけ、動かそうとしたヒューの口を制するように、レイチェルはわざと言葉の後ろへ被せるように、自らも質問を返した。


「坊や、ちょっと確認するけど、相手が徹甲弾使ってるっていうのは確か?」

「あー、ええと、銃の種類までは特定できねぇけど、この車の貫通痕と、アスファルトの着弾地点の状態からしてまず7.62mmの徹甲弾だ。しかもそこらのガン・スミスに作れる代物とは思えねぇ。ほぼ間違い無く軍用品の弾使ってるよ」

言って、レイチェルへ顔を向けたヒューは一瞬、背筋に悪寒が走るのを感じた。


冷たい視線などという生ぬるい目ではなかった。


それはまるで機械のような生気の失せた目。

ただ、物として存在を認識するような、感情の欠片も持たない視線。


「そう……なら、理由は揃ったわね」

「……は?」

「第一、相手は私たちにまで攻撃を仕掛けてきた。第二、奴らは市街地で民間人の被害も考えずに手榴弾を装備している。そして第三」


一変、感情の無い視線に感情が宿る。


しかし、その感情を得た目は、先ほど以上にヒューを畏怖させた。

氷よりも冷たく、炎よりも焼け付くような、純然たる殺意を湛える目がそこにある。


「狙撃に徹甲弾を使用した。これまた民間人への被害を考えずにね。三つよ坊や。ひとつでも十分な理由が三つも揃ってる。つまり遠慮無く……」


瞬間、


「ぶっ殺していいってことよ!」


叫びざま、レイチェルは車体後部から半身を乗り出し、瞬時に射撃姿勢から三発の銃弾を発射した。


一発は右手の建物の陰に身を潜めていた敵を。

一発は同じく右手の建物前に止められたミニバンの陰の敵を。

一発は向かいの建物の一階に位置する部屋の窓から姿を出した瞬間の敵を。


全て相手の眉間を寸分違わず撃ち抜く完璧な射撃である。


理解はしていたつもりだった。

レイチェルの能力については。


だがレイチェル自身が言ったように、射撃場でのそれと実戦とではまるで話が違う。


それだけに、口元へ微笑みすら浮かべているように見えたレイチェルの横顔に、ヒューは自分の頭の中に以前聞いた声が響くのを感じた。


(坊や、拍手は?)


けたたましい銃撃の音が一時途切れた中、そんな記憶の中の声を聴いていると現実に突然引き戻された。


生の声。

今、実際のレイチェルの声に。


「坊や、修羅場でのアドバイスをひとつ教えてあげる」

金臭さと硝煙に喉と鼻がひりつく中、レイチェルはヒューに向かって叫ぶように言う。


「どんなに苦しくなっても絶対、神に願わないこと。死神っていうのはね、神への祈りを嗅ぎ付けて寄ってくるもんなのよ」

何らかの比喩で心構えを伝えることはよくある。


多分に漏れず、レイチェルの言葉も表現の云々以上に、経験に裏打ちされた重みを持つ説得力があった。

一瞬の命のやり取り。


それは時として運不運によって決まることも多い。

だからこそに意味を持つ。


運以外の要素を最大限に生かして命を繋ぐための精神。

とはいえ、これだけは踏んだ場数と生来の性質が大きい。


どれほど適切な助言も、精神に関してはどこまでいっても付け焼刃だ。


再び見せつけられた実力差も相俟って、ヒューは緊張感を持つべき状況の中、何か奇妙な弛緩と空しさが精神を満たすのを感じていた。


が、緊張状態から離脱したことが結果的に広い視野を与えることもある。

ヒューはそうして得た視界で、本来もっと早く気がつくべき疑問を見つけることが出来た。


「……あれ、ところでチビはどこいった?」

「外に出たわよ。私より早くね」

「そうは言っても、どこにもいねぇじゃねぇか」

「当たり前でしょ。おチビちゃんは左のドアから外に出たんだから」

「はあ?」

疑問を解決しようとして、また新たな疑問を与えられる。


確かレイチェルは右のドアから車を出るよう指示をした。

そしてそれは極めて当然の指示だった。


わざわざ相手の車が止まっている側の左ドアから出てゆくなど、(撃ってください)と言っているのも同じ。というより、言うより早く蜂の巣になるのが目に見えている。


実際レイチェルが声を上げたそのすぐ後には、乗り付けたスポーツセダンの左側面は目で確認こそしていないものの、確実に穴だらけになっていたはずである。


そこをどう解釈を間違えて左ドアから大量のサブマシンガンと狙撃銃の銃口が向けられている方向へと飛び出すというのか。


少女の行動の謎とともに、その身を心配する気持ちを抱き、なんとも形容し難い複雑な表情を浮かべるヒューへ、レイチェルは妙に冷静な顔つきで首を傾げるように、あごで車のフロント部分を示す。

様子を覗けという意味らしい。


ヒューは銃声の切れ目を見計り、フロントの横から顔半分を出して相手方の様子を目にしようとした。

そこでふと不思議なことに気づく。


車外へ飛び出してからしばらくは、まさしく集中砲火を受けていた車に、今は何故か弾がほとんど向かってきていない。


しかし銃撃の音は相変わらずそこかしこから聞こえる。

ひとつまたひとつと、着実に増えてゆく疑問の数々。


それがよもやレイチェルに促されて覗き見たわずか一瞬の光景によって、全てが解決するとは、ヒューは夢にも思っていなかったろう。


理由は恐ろしいほど単純かつ、信じ難いものだった。


何の冗談かと思いつつ、同行してきた黒髪の少女。

それが現在、発射されているほとんど全ての弾丸の的になっていた。


これだけの言葉のみで判断するなら、とてつもなく凄惨な状況を想像させる現実。

だが、実際の状況は凄惨さではなく、その異常さで見る者に我が目を疑わせた。


少女は生きていた。


しかも無傷で。


両手に件の奇怪な銃を持ち、暗い街の車道から歩道に向かい、飛び跳ねるように無数に向かってくる弾丸をかわしている。



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