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カンジキウサギは闇夜に踊る  作者: 花街ナズナ
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【Hare&Hounds】 (2)


ようやくに目的地へ到着したのは、すでに日付が変わった深夜一時すぎ。


結局、紆余曲折を経て辿り着いたのは東四番通りを脇に入った、いかにも物騒な雰囲気の漂う廃墟と化した古いマンション群の一角。


距離的にフリント警察署からさほど離れていないことがせめてもの救いと思えなくは無かったが、考えてみればすでにフリント警察には話を通してあるので、邪魔もされない代わりに救援も望めない。


とはいえ、いくら怪物と言ってもわずか一匹の相手。

実情を知るこちらとは違い、外部の目を考えれば間違っても応援など頼める手合いの事案とは言えない。


先ほどにも増して街灯の乏しい薄闇の道路脇へと静かに車を止めたヒューは、思わずハンドルにすがって溜め息を漏らす。


「後回し後回しでどうにかなるとは思ってなかったけど、結局何も思いつかねぇ……」

レイチェルが読み出した情報によれば、カンジキウサギは今現在この廃墟のひとつ、半ば倒壊したようにすら見える赤茶色の八階建てマンションに潜んでいるらしい。


建物までの間には目算にして二十メートル超、横幅五十メートル程度の空き地がある。


「こういう丸見えのスペースがだだっ広くあると、まともに突入できねぇな。どこから狙われてもおかしくねぇし、こう建物が密集してると、取り逃がす危険性も高い。頭が痛ぇぜ」

「坊や、相手は拳銃すら持ってないわよ。それに情報通りだとすればカンジキウサギはこちらに敵性を見出したら、殺すまで追ってくる。逃亡の心配はこっちがするんじゃなくて、あっちがすること」

「それはそれでおっかねぇな……」

半分は冗談に。しかし、もう半分は確かに本気で胸苦しささえ覚える恐怖を、ヒューは感じていたが、さらに追い打つように作戦本部が何故これほどカンジキウサギに対し手間取り、結果として(お手上げ)という事実に至ったのか、レイチェルの説明から理解することになる。


「それはそうと今になってって感が強いけど、いくつか私たちの前におこなわれた対カンジキウサギの作戦内容の一部、及びその結果を要約して説明しとくわよ」

「ほんとに今さらだな……ま、拝聴いたしますけどね」

「まず、特殊工作員六名による強襲作戦。全員、陸軍や海兵隊出身で実戦経験は申し分無し。装備は全員、グロック19。銃の詳細はあんたには必要無いわね坊や」

受け取り方の難しい言い回しだったが、事実、自分にそうした銃器の説明は不要であることは間違いないため、ヒューは極めて形式的にうなずいてみせた。


(グロック19)

NYPD(ニューヨーク市警)にも採用されている自動拳銃。

9mm弾を使用。

ダブルカアラムマガジン(複列式弾倉)により、薬室と弾倉に合わせて16発装弾可能。


「屋内に潜伏していたカンジキウサギを発見後、戦闘に突入。連絡の途絶を受け、屋内の捜索をおこなったところ、六名全員の死亡を確認。死因は全て同じ。自分たちが持ってた銃で頭を吹っ飛ばされてた」

淡々と話すレイチェルの様子に反比例するように、ヒューの胸苦しさは増してゆく。


「さらにおこなわれたのが、距離約九百メートルからの狙撃。銃はレミントンM700。使用弾は7mmレミントンマグナム。結果は三発発射して、全て回避されてる。狙撃手は二十分後に逃走していたところをカンジキウサギに襲われてこれも死亡。頭部を踏み潰されてるのが発見された。この後も同条件で三人の狙撃手による作戦が取られたけど、結果はもう聞かなくても分かるでしょ。三人別々の場所で頭を踏み潰されて発見。これにて作戦本部は白旗上げて完全に降参。事件の当事者であるはずのクレメンスに泣きついて、何故か私が三年振りに呼び戻された。全体の流れはこんなところね」


以上、大まかな説明を一気に片付けると、大きな息を吐き、一言。


「で、とりあえず聞くけど、あんたは何か具体的な作戦、頭に浮かんだ?」

どう考えても、微塵も期待していないことが伝わってくるレイチェルの問いに対して、ヒューは苦々しく答える。


「……バレットM82あたりの対物ライフルで一キロ以上先から狙撃。もしくは、潜伏してる建物自体をTNTかC4爆薬で吹き飛ばす……」

「……」

バックミラーも、後ろを振り返る行為も必要無く、レイチェルが自分の背中を呆れ顔で見つめているのが分かる。


「……分かってるっての。後者の手段は冗談だ。戦場でもあるまいし、建物ごと爆破なんて、本気じゃねぇよ」

「まあ、気持ちは分かるわよ。私も似たような作戦しか思い浮かばなかったからね。複数箇所から時間差で連続して狙撃っていうのが一番現実的だと思ったけど、三人でも無理だったってのは想像以上ね。それに、なんと言ってもワンショット・ワンキルが絶対不可能って相手よ。普通に考えれば、数で対抗するしかないと思うけど、ダース単位の狙撃手用意しても成功するかどうか……というか、もしも対物ライフルで一キロ以上先から狙撃しても、この化け物なら余裕で避けるわよ」

「……うそだろ……?」

「重要なのは察知してから回避にかけられる時間のほうよ。八百メートル範囲の狙撃については狙撃手の存在を察知して動くから避けられる。でもそれより先からの狙撃については狙撃手を察知出来ない代わりに、弾が命中するまでの時間で対応される。確かバレットM82の銃口初速は853m/s。ということはもし一キロ先からの狙撃だとしても、命中までに約一秒。化け物にとっちゃ、一秒は長すぎるわ」

「ちょっと待ってくれよ。それ、どう考えても勝てる要素無ぇぞ……」

「元々その辺のことも考えて設計されてるんでしょ。それこそ戦時下という条件に加え、手段を選ばないという前提じゃないと殺せない……恐らく想定し得る最悪のゲリラ兵ね。特に要人暗殺の観点からしたらターゲットに一定の距離近づかれた時点で作戦成功は確定。ターゲットを直接殺すか、さもなきゃ道連れにしてあの世行き。狙われた時点でまさしく終わりよ。人工の死神みたいなもんだわ」


らしくない……というには、彼女との付き合いは短すぎたが、それでも感じる違和感。


諦めているわけではない。

が、手詰まりを自覚しているのも伝わってくる。


ヒューもまた、袋小路に入り込んだ感覚に襲われていたせいもあり、レイチェルの心境が我がことのように思えた。

だが、


「……しかし、レイチェル」

行き止まりに突き当たった時には、元来た道を戻る。


ヒューはそもそも根本的な点に対し、一縷の望みを賭けることにした。


「あのクレメンスとかいうマッドサイエンティストの言ってたこと。それにその端末の情報。どちらもほんとに信用していいもんなのか?」

シートベルトを外し、後部座席へ身を乗り出して語るヒューにレイチェルは穏やかに答える。


「質問はよく分かるわよ。あのイカれ男が、果たして真実を話しているか……それと、あそこで目を通した資料やこの端末情報の信憑性。それが気になるんでしょ?」

「まあ、簡単に言えばそういうことだな。俺にはどうにもまだ信じきれねぇんだ」

「信じる必要は無いわ。ただクレメンスに関して言えば、あいつは自分が必要だと思うことについてはウソはつかないはずよ」

「だけどまともに考えて、音速越えの弾丸避けるってのは理解できねぇよ。音より早いのに、どうやってそれを察知するってんだ?」

「音速の物体の音が到達するには確かに時間差が生じるわ。坊やも分かっている通り、着弾の後に発射音が届くって現象ね。でも、それはあくまで発射音よ。空気の振動は発射音本体とは別に、空気全体の振動として伝わってくる。ちょうど、電子が隣通しで押し合うことで、ほぼ光速で伝達するのと理屈は一緒よ。並みの人間には感じることも出来ない微細な振動だけど、カンジキウサギはそれを感じることが出来る。それだけのこと」

「……」


またしても突然始まったお勉強の時間に、ヒューは今日何度目かの無言を強いられた。

そして、ほとんどその説明を理解していないまでも、分かったこともある。


カンジキウサギの能力に誇張があるという希望。

それが唯一ヒューが抱くことのできた希望だったが、結果的に望みはレイチェルの説明に一蹴され、虚しく散ったという事実。


そんなヒューの様子には一切触れず、レイチェルの言葉は続く。


「ともかく、少なくとも今回の件に関してあいつはなんらかの形で解決を望んでいる。だから私たちは与えられた情報と装備でもって、カンジキウサギと戦うことに専念すればいい。理解出来た?」

「そこが一番の問題なんだって言ってるんだけど……って、なんであんたはあいつがこの件の解決を望んでいると、そう確信でもあるように言えるんだ。あんたの能力ってのは……あー、よくは分からねぇけど、つまり高確率の未来予想みたいなもんであって、テレパシストなわけじゃあ無いんだろ?」

「そうね……まあ、長い付き合いから来る勘とでも言っておこうかしら。私もあいつの全てを知ってるわけじゃないけど、私の知る限り、クレメンスって男は他人を裏切っても自分自身は裏切らない男だと思ってる。だから、自分の作った作品についても同じく裏切るようなことはしないだろう。そういうことよ」

「……?」

「つまりね、あいつは私らを使ってあのカンジキウサギとやらの性能を上層部の連中に示そうって腹なのよ。ということは私たちがカンジキウサギとやり合うことはあいつの望みでもあるわけ。となると、少なくとも疑うべき必要のある情報はひとつも無いの。お分かり?」

「つまり……俺たちはその化け物に対する当て馬ってことか?」

「はっきり言えばそうなるわね」

「……冗談よしてくれよ。なんだ、俺らに化け物とガチ勝負して、潔く死ねってか?」


眉間にしわをよせつつ、自分の額を拳で軽く叩きながらヒューはうなるように言う。


だが、レイチェルの言い分の正しさはそれなりに理解したようで、少し納得したように座席へ背をもたれた。


「それに気にかけるべきはクレメンスよりもCIAそのものよ。坊やもさっき言ってたけど、確かに上層部の連中、私たちにまともな作戦をさせようって気はさらさら無いわ。装備品の件しかり、作戦立案の丸投げしかり。特に、作戦案の非提示なんてまともに機能してる組織ならありえないわよ」

「味方すら当てにならずか……これだから組織内の揉め事ってぇのは嫌いなんだよ。割を食うのは決まって俺ら下っ端だもんな」


レイチェルはヒューのこの意見についてはまさに同意だったが、あえてそれを口にすることはなく、再び運転席から窓の外へと視線を向け、カンジキウサギの潜伏している建物に再び目を配り始める。


と、突然。


「博士は必要なウソだったらいくらでもつくよ」


狭い車内に聞き覚えの無い子供の声が響いた。



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