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カンジキウサギは闇夜に踊る  作者: 花街ナズナ
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【Hare&Hounds】 (1)


装備課の到着が遅れたため装備品の準備に手間取り、結局三人が作戦に取り掛かったのはすでに夜の十一時を回る頃だった。


さらにそれほど待たされた結果、渡された装備に対し、ヒューは不満そのものといった顔で、用意されたスポーツワゴンを乱暴に運転していた。


「坊や」

「あん?」

「その顔、道端の反吐でも見たみたいな顔になってるわよ」

携帯型の端末機器で情報を再確認しつつ、後部座席のレイチェルが指摘する。


喉まで出かかった(なんでこっちを見てもいないのに人の顔が分かるんだ)という言葉を飲み込み、小さく、ひとつ舌打ちをしてからヒューは答えた。


「……俺はゲロ見たくらいで、ここまでひどいツラはしねぇよ」

「じゃあ、反吐よりひどい物見たってことかしらね」

「その通り!」

語気を強めてそう言うと、自然と足がアクセルを強く踏み込む。


実際、ヒューにとっては反吐よりひどい物を見せられたと感じるほどの装備のひどさだった。


「距離八百メートルからの狙撃を避ける怪物相手にM870って、どういう考えで装備の選択してやがんだ装備課の連中は!」


(レミントンM870)

アメリカのみならず、世界的にもポピュラーなショットガンのひとつ。

その基本性能の高さから、軍、警察、民間を問わずに高く支持されている。


「あら、レミントンはいい銃よ。私は使わないけど」

「俺だって使わねぇよ。大体、銃も弾も無改造で12ゲージ6発装弾のマジでただのM870だぞ。そこいらのハイウェイパトロールだって、トランクに積んでるぜ。上の連中、本気で俺たちにこの作戦成功させる気あるのかよ!」

「特にこっちから装備品の発注しなかったんだから仕方ないわよ。文句を言うなら誰かにじゃなく、自分に言いなさい。あんた、私より先に事情は知ってたはずでしょ?」

「言っとくが細かい事情を知らされたのは俺も今さっきだよ。もし知ってたらこんなバカげた装備で作戦任務につこうなんて思わねぇよ」


ヒューも必死に感情を抑えようとしたが、まるで意図的に、不都合な状況を整えられたとしか思えない現実に理性が完敗し、悪態の止まる気がしない。


「くそっ、せめてH&K G3くらい用意してもらえると思った俺がバカだった……」

「あんた、ほんとにH&K好きね。ていうか、スナイパーライフルで狙っても当たらない相手にアサルトライフル使ってどうするのよ」

「だったらショットガンなんて、なおのこと当たんねぇだろが!」

「大きな声出さないでよ坊や。せっかくおチビちゃんが寝付いたのに」

「それも含めて意味が分かんねぇんだよ。なんなんだ、この任務……」


後部座席の左で端末を操作するレイチェル。

右には長時間の車移動に疲れてか、安らかな寝息を立てる少女。


レイチェルに関しては問題無いが、明らかに右後部座席の光景は、ヒューが必死に張り詰めようとする緊張感を、溜め息とともに弛緩させる。


これに限らず、不満点は言い始めればきりが無い。


装備課から渡されたものは現在乗っているスポーツワゴン。


ヒューは防弾車両と思ったが、単なる無改造の一般車だった。


しかも当然と言えば当然だが左ハンドル。

右ハンドルが常識のイギリスから来たヒューにとっては、この不慣れな車の運転だけでも相当なストレスを感じていた。


そしてレミントンM870。

銃の性能や状況に対する適正云々以前に、三人に対して何故かわずか一丁。


それにA4サイズのアルミケースがふたつ。

ひとつは現場に到着してから少女に渡すよう指示されたため、一体何なのかは不明。


もうひとつにはカンジキウサギの潜伏予測地点と詳細情報が入力されている携帯型端末機器がふたつ。


ヒューが運転を担当しているため、自然、ふたつともレイチェルが見ることになった。


ひとつには目的地への経路を映して道を指示し、もうひとつからカンジキウサギの詳細な情報を確認する。


「基本的には、カンジキウサギ自身はまだ任務続行している気でいるみたいね。だから一定の日数を経過すると、指定した地点で待機するようになってる。それが今走ってるフリントよ。七番通りをスティーブンス・ストリートに入って……あれ?」

「どした?」

「スティーブンス・ストリートから、また七番通りに出てる……え、ああ、七番通りの一部がスティーブンス・ストリートってこと?」

「おいおい、頼むから地図くらいまともに読んでくれよ。こんな土地勘無いとこ、ヘマしたら一発で迷うぞ」

「うるさいわね。あんたの国と違って、こっちは無駄にでかいから分かりづらいのよ。大体、デトロイトと同じで空き地と廃屋だらけだから、目印になるものも無いし」

「……あーもう、めんどくせえ。ちょっと止まって確認しようぜ」


デトロイトからジェネシー郡へと入り、ようやくフリントに到着したが、ヒューの言う通り、土地勘の無い人間にはアメリカという国は広すぎる。


堪らず、道路脇に車を止め、自分も地図を見ることにした。

が、


「……なんだこりゃ?」

レイチェルの言う通り、やたら空白地が多く、通りの名も混在していて異様に分かりづらい。


「いい加減にしてくれよ……たかが町ひとつでなんでこんなにでかいんだよ……」

「だから言ったでしょ。あんたの国と違ってここはいちいちでかいの。言っとくけど、今いるこのミシガン州。あんたの国よりでかいのよ」

「え、し、州ひとつでイギリスよりでけぇのかよ!」

片眉を上げてうなずくレイチェルを見て、ヒューは軽いめまいを感じた。


「はぁ……まあ、とにかく目的地探しが先決だ。えーと、多分、東五番通りから入っていったほうが分かりやすいかも知れねぇな……」

「あ、それと言い忘れてたけど」

「?」

「このフリント。全米一、治安が悪いので有名だからね」


言われて即座に、ヒューは街灯も乏しく、暗い道路脇から車を急発進させた。


「そういうことはもっと早めに言えよ。この車、防弾車両じゃねぇんだぞ!」

「あんたね、これから正真正銘の化け物相手にしようってのに、たかだかストリートギャング相手にびびってどうすんのよ」

「防弾車ならともかく、ストリートギャングにゃ普通にびびるだろうが!」

この点については、残念なことにヒューの意見が正しい。


実際、銃を所持した人間が多勢でかかってきた場合、車内での応戦は困難である。


もし銃撃で車が走行不能になったなら、どんなに戦闘技能の高い人間も、棺桶の中から反撃を試みるのに等しい。


車は動くからこそ生身よりも優位に立つわけであって、動かぬ車は単なる的である。


「ったく、なんか心なしか俺、ホームシックになってきちまったよ……」

「仮にもプロが下らない泣き言吐くんじゃないわよ。情けない」

言い分自体はもっともだったが、それは口で言うだけの気軽さの成せる業だと心で憤りを感じつつ、ヒューは嘆息しながら運転を続ける。


泣きそうな顔をした運転手。

口の悪い年上の女。

寝息を立てる少女。


とてもCIAの工作員とは思えぬ顔ぶれの三人は、目的地へ向け疾駆する。



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