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カンジキウサギは闇夜に踊る  作者: 花街ナズナ
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【Plaything】 (6)


「やあ、三人とも随分と退屈そうだな」

突然の声にはっとして、聞こえた方向に素早くヒューは顔を向けたが、すでにその時にはレイチェルが声の主に返答していた。


「退屈なのは間違いじゃありませんが、気のせいでしょうかね。作戦立案から装備調達に至るまで、完全に説明無しで放置されてるようにしか思えないんですけど」

声の主、部長室のドアから身を出したフランシスもまた、レイチェルからのもっともな苦言に言葉を返す。


「作戦に関してはすでにこちらでいくつかの案を出したが、いずれも却下もしくは失敗で全て廃案になった。新たに作戦を立案するのも君らの仕事だよ」

「手駒の性能が変われば、自ずと作戦内容も変化する。つまり、私という駒を想定した作戦は始めから考えられてさえいなかったわけですね」

またも嫌味の効いた口をきくレイチェルに対し、フランシスは素直に答えた。


「カンジキウサギの逃亡という事態そのものがまず想定外だった。さらに現在の事態になってから今日まででまだ四日しか経過していない。悪いが、君のような特殊な人員を使う状況まで想定した作戦の立案が無かったのは致し方無かったのだと納得してもらうしかない」

この説明にさも不信も露わな顔をするレイチェルへ、フランシスは付け加え、


「さらに言うなら、今回君の起用を強く後押ししたのは他でもないクレメンス博士だ。もっと早く彼から意見を聞いていれば、君を念頭に置いた作戦の立案もあったろうが、何事も後手に回ってしまったのが実際だよ。おかげで君らにはひどく負担をかけることになったが、こちらももうぎりぎりだということを分かって欲しい」

分かりやすく渋い顔をしてそう言うフランシスに、レイチェルはしばらく黙ってから答える。


すでに表情はこの施設へ来た時の、無感情な中に影を帯びたそれに戻っていた。


「……計画本部の無能さと、あのクソ博士の手の上で踊らされてたって事実だけは理解出来ました。まあ作戦はこちらで勝手に立てていいっていうのは本音ではありがたいですよ。元々、人の立てた作戦に従って動くのはあまり好きではありませんしね」

再びレイチェルの雰囲気が険悪になってきたことを察知してか、ヒューはタイミングを計ってふたりの話へ割り込む。


「あーっと……作戦の立案はこっちに丸投げってのは承知しましたけど、装備のほうはどうなってんです?」

「今、装備課のものがこちらの施設へ向かってる。もうしばらくかかるだろうから、その間にカンジキウサギへの対策を詰めていてくれ」

そう言い終え、フランシスはまたドアの中へ戻っていく。と、


「(もう向かいました)か……まるでピザ屋の配達ね……」

冷笑して、そうつぶやくレイチェルの声がフランシスに聞こえていたかまでは定かでないが、ヒューの表情をさらに暗くするには、その行為は十分な威力を発揮した。


再び重く不快な空気が辺りを包むのかと、嘆息を漏らしそうになる。


が、援軍は思いもしない場所から威力を発揮した。

暗雲でも纏ったようなレイチェルを正視に耐えず、ヒューがいたずらに視線を天井へと巡らせていると、突然、吹き出すような笑い声が間近で鳴り響いた。


何事が起きたのかと、ふと横を見たヒューは、今まさに起きた事態と原因の両方を同時に目にする。


隣に座っていた黒髪の少女が、先ほどまで自分の頭と同じくらいの大きなガラス瓶に半分程度は詰まっていたジェリービーンズを食べ尽くし、なおも名残惜しそうに空の瓶を抱えたまま、じっと瓶の中を覗き込んでいた。


「……分かったわよおチビちゃん。ちょっと待ってなさい」

腹から込み上げてくる笑いを堪えつつ、震え声でレイチェルはそう言い、三度目の簡易食堂へ足を運ぶ。


姿が完全に食堂内に消えてからも、レイチェルの含み笑いがわずかに口から漏れだす音が聞こえてくる。


ここまでで、ヒューはレイチェルについて重要な性格的特徴をひとつ見出した。

それは、件の脳への処置が関係しているのか、それとも生来のものなのかは判別出来ないが、極めてはっきりとした特徴。


レイチェルは物事を好き嫌いで極端に扱い分けている。


無論、理性が働いていないというわけではなく、それなりの思慮分別が出来ることを前提としての単なる特徴である。


しかし、同時に至極重要でもある。


今後の彼女とのコミュニケーションに際し、これは大きな役割を果たす要素だ。

そう思うと、意外な流れから大きな獲物を手に入れた喜びからか、ヒューもレイチェルの笑いに釣られるように自然と口元が緩む。


と、レイチェルはすぐに食堂から戻ってきた。


手には一口サイズのチョコが詰められた大袋。

下手な枕よりも大きい。


「はい、大事に食べてね。このペースでお菓子消費されたんじゃ、最後はスティックシュガーくらいしか渡せなくなっちゃうわ」

笑ってそう言いながら少女の抱える空瓶を引き取り、代わりに口を開けた袋を手渡す。


「心配いらねぇよ。最悪、俺がひとっ走りお使いに出るからさ」

「へえ、意外に気が利くのね坊や」

「雑用を嫌う奴は総じて仕事が出来ない。こりゃ俺の持論だよ」

「ま、仕事の出来る出来ないは別にして、殊勝な考えなのは確かね。嫌いじゃないわ」

ヒューにとって十分に好ましいレイチェルの返答が戻ってきたところで、皿に満たしたミルクを綺麗に飲み終えた猫がレイチェルの右足に顔を擦り付ける。


ひどく分かりやすいおかわりの催促に、ふたりして苦笑が漏れた。


「はいはい、少し待ってちょうだい。まったく……これじゃあ、まるで私が雑用係ね。坊や、次からはちゃんとあんたが仕事しなさいよ」

「安心しなって。これでも気が利くって、さっきも言ってくれたろ?」

ごく自然にヒューはテーブルの上に置かれたミルクのボトルを取り、レイチェルに差し出す。


同じくそれを待ち構えていたようにレイチェルはボトルを受け取ると、再び小さな皿をミルクで満たした。


一転して和やかとすら感じる空気になったこの状況に、さしものレイチェルも拒絶することを前提としているような雰囲気を緩め始め、ヒューのもっとも望むところであったコミュニケーションの土台はほぼ整った感がある。


「それにしても、なんとも気色悪いわね。私の覚えてるCIAは、もう少し殺伐としているというか、緊張感があったように思ったんだけど……」

「その点は同感だな。今どき、ハイスクールだってここよりは緊張感があるぜ」

「本当ね。対テロ・センターの秘密支部施設なんていくつもあるけど、まさかその中でも部長自らがいる施設が一番のんびりしてるだなんて、呆れるの通り越してちょっと面白いわ」

すでにこの時点で、ヒューはカンジキウサギへの対策を思案は二の次として、レイチェルとの信頼関係を築くことに全神経を集中していた。


それゆえ、一見意味の無いこうした会話のひとつひとつがヒューにとっての作戦とも言えた。


実際問題、四日間を費やしてCIAが完全に作戦失敗したものを、付け焼刃の対策などでどうこう出来るとは考えにくい。


となれば、要点は作戦そのものではない。

チームワークこそが最大にして最高の作戦。


そうした信念のためか、ヒューは余計にレイチェルとの会話を重視し、いつになるやら分からない装備課の到着までの時間を最大限利用しようと、言葉を交わし続けた。


「で、まあ……あんまり聞かれたくないかもしれねぇけど、CIAを干されてた三年間てのは一体、何して過ごしてたんだ?」

内心でぎりぎりのラインの質問をわざとレイチェルへぶつける。


せっかく上向きかけてきた彼女の機嫌を損ねかねない危険な質問であることは自覚していた。


だが、あえて深い話題へと飛び込まなければ、レイチェルとの関係性はあくまで表面的なものに留まってしまう。

それではいざという時のコンビネーションは期待出来ない。


お互いの腹をさらけ出して、始めて生まれるのが真のコンビネーション。

そして、信念に近いこうしたヒューの思考は、運良く成功と言える結果を生む。


「……アメリカ中のカジノを巡ってたわ」

「カジノ……?」

「私の能力、使い方を変えれば、カジノでいくらでも稼げるからね。暇つぶしと生活費を稼ぐのと、一石二鳥ってわけよ」

「はー……ギャンブルで好きなだけ稼げるってか。ちょっとばかしうらやましいな」

「クラップスなら百パーセントの確率で出したい出目を出せるわよ。ルーレットは自分で玉を投げ入れるわけじゃあないから、多少難度は上がるけど、基本的にイカサマでもされない限りはこれも百パーセント的中させられるわ。ただ、さすがに1目賭けで当て続けるなんていうのはまずいから、その辺は目立たず、欲張らずってね」


人の過去を聞き出すのは、ある種の試金石と言える。


程度の差は様々だが、少なくとも信頼関係の構築出来ていない人間に、ぺらぺらと自分の過去を話す人間はいない。


ヒューはこの時点で自分の確信が揺るぎないものに変わったと感じた。

ボーダーラインは越えた。


あとは適切な対応を重ね、少しずつレイチェルとの意思疎通の精度を高めてゆくだけ。

ひとつの山を越えた安心感から、ヒューは無意識に小さく溜め息をつく。


「……ところで」

またもふいに真剣な顔つきをしたかと思うと、レイチェルはふと袋入りチョコに夢中の少女へちらりと目を向け、テーブルにミルクのボトルを置くと、屈んだ姿勢を起こし、背を伸ばしながら言った。


「気になるのは、このおチビちゃんね」

言われて、ヒューも同感の念からうなずく。


それが同感で無いことにすぐさま気づかされるとも知らずに。


「まあ、こんな足手まといを現場に連れてけってのは、確かに考えもんだわな」

「違うわよ。クレメンスの話と、この子の様子を総合して思うに、恐らくこの子の能力は私なんかとは比べ物にならないほど高いはず。そういう意味よ」

「……こんなチビがか?」

「ええ、少なくともクレメンスが言っていた数字にもし間違いが無いとすれば……」

腰に当てた右手をそのままに、頬に左手の指を当て、リズムでもとるようにパタパタとはためかし、露の間、思考を巡らしたレイチェルは一言。


「銃を鼻先で撃たれても軽く避けられるわね」


暗算の答えでも言うように、さらりととんでもない予測を口にするレイチェルに、答えの内容を含めて驚きと疑いの眼差しをヒューは向けたが、当のレイチェルの表情からは答えの真意は読み取れそうに無い。


「もちろん、身体能力もそれに伴って高いことが前提よ。こればっかりはおチビちゃんが実際に動くのを見るまでは分からないわ」


そう言ってレイチェルは再び少女を見つめた。



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