【Hide&Seek】 (1)
アメリカのとある地下施設。
近代的だとか、システマチックという言葉を使えば聞こえはいいが、正常な人間の感覚から導き出されるだろう表現は「殺風景」がもっとも適しているだろう正方形の小さな部屋。
四隅の天井付近に長方形の監視カメラ。
同じく中央に半円形の黒い全方位型監視カメラが設置されている。
それら監視カメラだけは例外的に白ではないが、それすら溶け込むほど目の痛むような一面の白い壁と床に覆われた窓ひとつ無い、出入りのためのドアと部屋中央に置かれた同じく白いテーブルと簡素な事務椅子がふたつの空間。
その椅子のひとつに痩せた白衣の男が座っている。
多少、強すぎる感のある天井から照らす二対の蛍光灯の光が部屋の白さをいっそう際立たせる中、男は身じろぎひとつすらせずに軽く机へうつむいたまま、静かに瞑目し、何かを待ち続けていた。
と、時間感覚すら危くなるそこへ、急にドアを開けてひとりの女性が入ってきた。
「大変お待たせしましたクライスト博士」
紫色の小さなフレームの眼鏡に、赤毛というには鮮やか過ぎ、ブロンドというには少々暗い、背中ほどの長さの髪をポニーテールで纏めた紫のスーツ姿の女性が、発した言葉に反してひどく冷たい表情でクライストと呼んだ男を見つめる。
「なあに、科学者にとって思索の時間はいくらあっても足りないものさ。むしろ早いと思ったほどだよ」
白衣の男は女性の言葉に対し小さく首を傾げると、伸びるに任せて肩先まで広がったプラチナブロンドの巻き毛を指で弄りながら、銀縁の小さな眼鏡を通し、優しげな視線と笑みを女性に送った。
「ところでカーラ君。そちらで考えると言っていた独自の対策とやらだが、いい加減でまとまったのかい?」
カーラと呼ばれた女性はその言葉に一瞬眉をひそめると、右手に抱えたいくつかのファイルを無意識に背後へ回す。
「……貴方にそれを報告する義務はありません。それと、私を気安くファーストネームで呼ぶのは止めていただけますか」
「ふむ……私はむしろファーストネームのクレメンスで呼んでほしいところだけどね。自分で言うのもなんだが、クライスト(Kreist)っていうのはどうにも気持ちが悪い。綴りこそ違うが、私にクライスト(Christ……救い主)ってのいうは荷が重過ぎるよ」
「でしょうね。貴方にはせいぜい(Satan……サタン)がお似合いです」
「おや、君もようやくユーモアが身についてきたね。これはうれしい」
真に、心からの喜びをもってそう言うクレメンスに、込み上げる怒りを抑えながら、カーラは続ける。
「そんな無駄話、今はどうでもいいんです。大体、貴方は今の状況をちゃんと理解しているんですか。今回貴方がしたことは下手をすれば……いえ、まともに考えれば明らかに国家反逆罪を問われるほどのことなんですよ」
「君をラストネームで呼ぶとなると、ベックフォードか……いただけないね。せっかくの君のチャーミングな印象にふさわしくない」
「ちゃんと聞いてるんですかクレメンス博士!」
「ほお、うれしいね。やっとファーストネームで呼んでくれたか。予想以上の進歩だ。これだから人とのコミュニケーションは楽しくてたまらない」
「またふざけて……まともに話をする気があるんですか貴方は!」
「そうだ、ベックフォードだから(ベッキー)はどうだい。なんとも愛らしい。君にはこのほうがよく似合うと思うんだが、どうだろうね」
途端に、今まで冷静だったカーラは持参した書類を右手と一緒にテーブルの上へと叩きつけると、必然的に前へ乗り出した姿勢でクレメンスを睨みつけた。
「もうこれ以上、貴方のおふざけに付き合わされて無為な時間を浪費させられるのはうんざりです。さあ、ご希望の資料一式。これで約束通り、(あれ)についての説明はしていただけるんでしょうね!」
「おお、怖い怖い」
わざとらしく背を反らし、目をむいて驚いた風を見せる。
が、すぐにテーブルに置かれた資料に視線を移すと、再び口元に不敵な笑いを浮かべて言葉を発した。
「やっぱりね。結局は私に頼らなければ君たちは何も出来ないってわけだ。いや、想像通りとはいえ、なんとも愉快だ」
「その不愉快な無駄口はいい加減にして、さっさと説明を始めてください。(あれ)を野放しにしておくのはもはやこれ以上許されないんです!」
「分かってるよ。だから最初から私に直接頼めば済んだのさ。それを、変なプライドで固辞したりするからこんな面倒な回り道をする羽目になる。始めから私は協力的だったというのに」
「自分でことを起こしておいてよくもそんな……」
「それはそれ、これはこれだよ。元々私は事態の収拾も含めて行動していた。それを変に邪魔立てしたのはそちらのほうだろう。ま、今さらお互いに愚痴は無しだ。早々に話をまとめようじゃないか」
「こちらもそれが望みです。さあ、急いでいただきますよ」
言いつつ、ようやくカーラは椅子に腰掛けた。
「その言葉、そっくりそのままお返しさせてもらうよ、ベッキー。私のほうは最初から急いでいたんだからね」
薄ら笑いで返された言葉に再度怒りが込み上げたが、そんな感情を噛み殺し、カーラは向き合って座ったクレメンスに無言で燃えるような瞳をさらした。