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Hide-and-Seek  作者: 稀春
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歯車がずれる

 それはいつの日か約束されていた状況なのかもしれない。


 小さな嘘を吐いて生きていくのは簡単だ。誰も気に留めないような。それが嘘であろうと、嘘でなかろうと、周りからしてみれば真実はどちらでも良いような嘘ならば。

 でも、決して看過することができない大きな嘘を隠し通すのは、とても難しい。例えばアパートの隣人が潜伏している犯罪者だと分かったら、誰もが警察に連絡するだろう。つまりはそういうこと。

 ――だから、


「輝、逃げてください……!」


 こんな日が、いつか来ることは、分かっていた。輝は大きな嘘を吐いていたのだ。

 でも、その時はまだ今じゃないと思って、状況に甘えていたのだとこんな状況に陥ってようやく気付かされる。嘘を吐いている時はこのまま隠し通せるんじゃないか、と理屈抜きに思ってしまうのだ。……少し考えれば無理もいいところだと気付けたはずなのに。

 輝は地面を蹴って反転した。この場にいる味方はたった一人だけだった。彼女の声に押し出されるままに走り出す。

「……逃がすものか……逃げられるわけがない――」

 背後から別の声が嘲笑うかのように聞こえてきた。逃げられるわけがない、と。どこまで行こうとこの世界に居場所などない、と。

 何故なら久遠輝は


「――ハイダーが!」


 故意に人を傷つけることのできない世界で、唯一人を傷つけることができる……異例で、異端な存在だったから。

「…………」

 一体、いつから歯車がずれてしまったのだろう。

 追手から逃れるため死にもの狂いで走りながら、輝は思考を過去へと向けた。

 それが現実からの逃避だとも知らずに。ただ、何を間違えてしまったのかを知りたくて。



「おろ、先輩じゃないっすか? どもっす」

 その日は教育の場において、ありとあらゆる人に与えられる安息の日。つまるところ休日だった。

 深有と会ったのは、輝が気分転換に散歩に出て割と直ぐのことだ。

「おっす……って、何をしてるんだ?」

「交通量調査っす」

「交通量調査……ねえ」

 言われてみれば深有は簡素な椅子に腰かけ、カウンターを手にしている。

「でも、この辺全っ然人も車も通らないので暇してるとこっす」

「良かったら話し相手にでもなろうか。別に大して話題を持っているわけでもないけど」

「おお、ホントっすか。是非とも。あ、予備の椅子があったような……、とこれだ。どぞ」

「さんきゅ。ところで、本屋でバイトしてるんじゃなかったっけか?」

「まあ、こっちのは副業みたいなもんです。手が空いた時は短期のバイトもたまーにやるんすよ」

「……バイトに副業とかあるのか」

 そもそも学業と音楽の両立は無理だと悟って学業を捨てた自分からしてみれば、学園生でいくつかのバイトをしているというのが驚きだった。

 ――何か金銭的な事情を抱えているんだろうか?

「ん、どうしたっすっか?」

 思わずまじまじと見つめていてしまったらしい。

 白地のシャツに灰色のニットチュニック、黒のショートパンツを身に纏い、微かに香水のような香りもする――そんな普通の女の子にしか見えない深有からは、金銭的な苦労感は感じ取れないというのが輝の正直な感想だった。

「……ああ、そういうことっすか。別にお金には困っていないですよ。両親ともに健在の一般中流家庭っす」

 輝の不躾な視線の意味を悟ったのか、だがそれを咎めることもなく深有はさらりと答えた。

「ただ単にこれは…………そうっすね、なんて言ったらいいのか」

 深有は空を仰ぎながら、椅子に手を当てて、地面から浮かせた足パタパタと振る。

「本当の自分が見えなくて。だから、何かを掴もうとしているのかもしれません」

 自分のことを推量の形で言う深有。

 そこからは何か彼女が心の深くに抱えているものが見て取れるような気がしたが、輝が踏み込むべきか悩んでいる内に深有は調子を切り替えたように言った。

「ま、結局は暇つぶしみたいなもんっすね」

「……そか」

「……すみません、引きましたか?」

「いや、良いんじゃねえの? この年で色々行動できるってのは素直に凄いと思うぞ」

「ですかね」

「ですよ」

「……自分、変っすかね?」

「何を突然……まあ、否定はできないけど」

 ――主にその喋り方とか。

「えへへ。そうっすか、変っすか」

 文字面だけ取ると悪人が笑っているようにすら感じてしまうが、その時の深有はまるで自分が変だと言われたことが嬉しくてたまらないような様子だった。

 無邪気な笑みに思わず目を奪われる。

「……なんだかなあ」

 呟きが漏れて、交通量を調査するまでもないような道路のアスファルトに落ちた。

 その後、深有と数分の雑談を交わした後、輝は彼女と別れ、そのまま足を駅の方まで伸ばしてみることにした。


 ――思い返せば、その時既に輝の周りには異変が訪れていたのだ。

 ただ、気づかなかっただけで。少しずつ歯車は軋み始めていた。

 そして、その軋みが悲鳴に変わるのはもっと後のことになる。

 そう、それはきっとあの時……

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