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Hide-and-Seek  作者: 稀春
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そして世界は今日も上手に回る

 鏡界に跳んできた時以上に激動だった一日は終わり、まるであの日のことが嘘だったかと思ってしまう程に穏やかな日々が続いている。

 そんな中、一つのイベントが訪れようとしている。


 音楽の授業の発表が近づいていた。


 夏休みを目前に控えてどことなく学園全体が浮かれているような雰囲気がある中、少しだけピリピリした様子の生徒がいたりする。というか、その視線が今まさに輝へと注がれていたりする。

 ウッドベースの陰から半ば睨むようにこちらに目をやる女生徒を意識の外に追い出し、輝は手元に集中することにした。弦を爪弾き、自分の作った曲のフレーズを奏でる。

 各グループも自作の曲を完成させ、後は細かな修正点を探すだけという段階まで進んでいる。いくら四人中三人が楽器の嗜みがある編成だからと言って、のんびりとはしていられない。

 ――って言っても今日は瑞希が休みだからどうしようもないんだけど。

 練習の授業が残り二回となったが、この日は瑞希が欠席だったため、四人で合わせることができない。折角遅刻魔の健が参加しているのに。

 何かあったんだろうか? などと考えていると

「久遠、ここの部分をどう弾いたら良いのかを教えて欲しいのですが」

「ん?」

 和奏が楽譜を手に輝の前に立っていた。

「ああ、ここは――」

 楽譜だけではニュアンスが上手く伝わらない部分もある。ピアノの前まで移動して、一度弾いてみせる。

「なるほど、分かりました。ありがとうございます」

「いや、こっちこそ訊いてくれた方が自分でも再認識できるから助かるよ。

 ……ところで、シータケがどこにいるか知ってるか?」

「椎名さんでしたら先ほど帰られましたよ」

「そうか」

 帰ったのか。どうりで見ないわけだ。

「ちょっと待て……帰っただって?」

「ええ。帰りました」

 なんら感情を込めるわけでもなく、和奏は淡々と言う。

「……あと一週間なんだよなぁ、発表まで」

「間に合うと思いますか?」

「まぁ多分。瑞希も頑張ってるし」

「あなたの演奏も良くなりましたしね」

「……どういうことだ?」

「椎名さんが、つまらないからドラムを叩きたくないなどという大馬鹿なことを言わなくなりました」

「…………なんとも棘のある言い方だこと」

「あの日一度言ったきりです。次の授業では何も言わずに合わせていました。つまり、その間に椎名さんではなく、あなたに何かがあったということでは?」

 見抜かれていた。……健は別に、輝の演奏が気に食わないと言ったわけではないのに。

 でも、事実、輝の演奏に身が入ってなかったのは事実だった。

 あの時は神崎の全てを疑えと言われたことで、軽く疑心暗鬼に陥っていたのだ。

「確かに……何か、あったのかもな」

 そう。何かがあったのだ。

 大きな事件が。

 そして、自分の中でも変化が。

「そう言えば、あんなに息巻いてた瑞希が休むってのは珍しいよな」

「……まぁ欠席は確かに珍しいかもしれません。

 でも、シーカーの仕事がいつ入るのかなんて彼女にだって分からないでしょう?」

「……ああ、それでか」

 些か話題の選択をミスしてしまったようだ。シーカーがいて、たとえ子供と言われる年齢であってもシーカーが平和の維持のために駆り出されるのは、この世界では常識のことだ。

「何とか間に合うということは分かりましたが、完成度はどうでしょうか?」

 今度は和奏が助け舟を出してくれた。自分の表情が変化しない分、人の表情を読み取るのは得意だといつか言っていたっけ。ありがたいことだ。

「九割ってところかな。元々、個性が強いって言うか基本自分勝手な俺らにしては、聴いた人も纏まっていると感じくらいにはできているよ」

「そうですか」

 自身も他人に左右されない性格をしているのを自覚しているのか、和奏は特にそのことには触れずに頷いた。

「それだけに、今日の練習で完璧にしときたかったんだけどな」

 健は帰った。瑞希は欠席。

 恐らく健は全員揃っていないから帰ったのだと思われる。

 瑞希の欠席は一体どういうことだろうか?

「…………」

 結局、数分前に考えていたことに思考が戻ってしまった。気にしすぎだと言ってしまえばその通りだが気になるんだから仕方ない。

「ここのところシーカーの動きが活発になっていると言う噂があるのをご存知ですか?」

「……いや、初耳だ」

「噂では、ハイダーが集まって暮らしている大地区が発見されて、大規模の粛清が予定されているそうです。ここ最近は人手をかき集めているとか」

「…………」

 なんとも他人事では済まない情報を聞いてしまった。

「……集まって暮らしているハイダーってのはどのくらいいるんだ?」

「そこまでは私も。ただ、一般的にはハイダーは小さな集団を組んで、ひっそりと各地で暮らしていると言われていますが、今回発見されたと地区の規模はかなり大きなものだと思います。

 それで、その対応に追われているそうです。

 ……どれだけハイダーを恐れているんでしょうね、私達は。同じ人間だと言うのに」

 顔色を変えることはなく、ただどこか憎々しげに和奏が言い捨てる。

 粛清。それが、即ちハイダーを見つけ次第殺害するということを意味しているのは分かる。

 鏡界ではそういう掟なのだ。

 何の前振りもなく並行世界に跳ばされ、そこでも何とか生きようと、ただ生きようとしている何の罪もない人を殺す。

 ハイダーは脅威だから。

 キャンセルを無効化し、舞煉を以て人を殺す可能性があるから。

 その脅威を、可能性を、摘み取る。

「……クソが」

 自分もその対象であることを忘れ、輝は純粋な激情を覚えた。

 人は自分と違う物を相容れられない。だから差別があるし、迫害がある。

 知識としては知っていたことが、自分や自分と同じ立場の人に降りかかるとは思っていなかった。

 今までそんな物を目の当たりにすることもなく生きてきたから。

 差別も迫害も、誰かに命を狙われることもなく生きてきたから。

 その立場に立たされて初めて気づく。

 理不尽。

 そこにあるのは、ただそれだけだ。

「ともあれ」

 輝の呟きが聞こえたのかどうかは分からないが、和奏は切り替えるようにそう言った。

「瑞希も、暫くは学校に来ることができない日が続くかもしれませんね」

「……そうだな。まぁ、アイツのことだ。本番は必ず来るような気がする」

「それについては同じ意見です。さ、二人だけでも少し合わせてみますか?」

「オーケー。じゃあギター取って来る」


 瑞希はその理不尽さをどう思っているのだろうか?

 そんなことを考えつつ輝はギターを手に取った。

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