雷鳴の響く夜に
「何故だ……何故お前が舞煉を使える」
「答える必要はない」
神崎の問いは輝の返答によってあっさりと切り捨てられた。
――何がどうなっている?
神崎は、目の前の少年が見せる以前とはあまりに違う様子に、少なからず狼狽していた。
人一人を抱えても悠々と走る身体能力の高さ。そして輝は舞煉をほぼ使いこなしている。そして何より以前のどこか迷いがある瞳と違い、今は触れるもの全てを切り裂くような鋭さをたたえている。そのことが神崎の背筋を冷たくさせていた。鏡界に来てからまだそう長くはないハイダーとはとてもじゃないが考えられない。彼の目は修羅場を潜り抜けてきたハイダーのそれだ。
――まさか、俺が嵌められていたのか?
ありえないとは思いつつも、輝が何らかの目的を持って素性を隠して、その上で神崎に接触するように誘導したという可能性も捨てきれない。
神崎は無意識に拳を握りしめた。小さい爆発を起こし、先ほどから神崎の爆撃を避けるばかりの輝を牽制する。
輝も既に承知しているようだが、神崎の能力は端的に言ってしまえば大・小の規模の爆破をコントロールして狙った地点に引き起こすことである。
爆発とは円を描いて広がるものだ。必然、相手の距離が近ければ近いほど自身が巻き添えになる確率が上がり、迂闊に爆破を引き起こせられないという弱点を持つ。
「……くそっ」
対して輝の舞煉は電流が煌めくような膜から察するに恐らくは雷、もしくはそれに準ずるもの。
どういう原理かは分からないが、爆発の衝撃も耐えることができるようだ。万能性は高い。神崎が今まで数度だが対峙したことのあるハイダーの誰よりも強いとすら思う。
つまるところ……明らかに劣勢だった。
――あぶり出すつもりが……とんだ藪をつついてしまったか。
「明日香……」
神崎は愛する人の名前を無意識に呟いた。
組織に下された命令は『逃走を図るようなら殺害も止むなし』。
そうである以上、このまま引き下がるという選択肢は彼にはなかった。
この体が舞煉を使用できるのは、もう“使用権”が鏡界の輝にはないからだ。
最早この身も心も、現界の久遠輝の物。故に、一時的に表に出ている鏡界の輝は舞煉を使える。
――さて、どうするか?
輝は瑞希を脇に抱えながら第二漁港を走り回っていた。先ほどから神崎が時折小さな爆撃をしかけてくるが、それを全て雷の膜で防ぎながらも絶えず思考を巡らし、好機を待っていた。
雷の舞煉。同化を起こした自分達がこの舞煉を手に入れることを知ってはいたが、実際は思い描いていたものと差異はある。完全に使いこなすとまではいかない。
どうやら神崎の爆発による同士討ちを恐れてなのか彼以外の姿は見当たらないのが救いか。大人数で攻め込まれたら…………まあどうにかできないこともないが、色々と面倒だ。
「ちょっと、輝! 逃げてばかりだけど勝つ算段でもあるのっ?」
手の内に収まったお姫様の強気な物言いに、輝はそちらにちらりと目をやり苦笑を零した。
「大丈夫、今は舞煉の試運転をしているだけだ」
「質問の答えになってないわよ。ってか、もう下ろしなさいよ。あたし一人であんなヤツくらい……!」
「今更な話だが、ハイダーの攻撃にキャンセルは発動しないんだ。……死ぬぞ?」
「……くっ。あんたのその顔で言われると本当にムカツクわね」
「……現界の俺ってそんな印象悪いのか?」
「鏡界のまがい物は黙ってなさい」
「はいはい。じゃ、そろそろ反撃と行きますか」
神崎が足を止めたのを見て、輝は言った。
――今が好機。
「……え、ちょっ」
「口は閉じていろよ。舌噛むからな」
「何をするつもり……っ」
尚も言い募る瑞希の口に手を当て塞ぐと、輝は自らの体に意識の全てを向けた。
神経の一つ一つを感じ取るように。
雷の膜のように舞煉を外に放出するのではなく、内側に留めるイメージ。
脳の命令を無理やり遮断する。
体の筋肉を動かすのは
「……っし………」
電気信号。
それを脳ではなく舞煉で作り出す。スピードは本来の数倍、数百倍にも及ぶ。
人間の限界を超えた所業。キャンセルを有さないことを引き換えにしても、強すぎるほどの力。
――暴れろ!
神経が焼き切れそうなほど荒れ狂う。
輝の体が、文字通り光速で駆けた。
一条の光となって神崎に襲い掛かる。
「っ……ぐぁ!!」
それは圧倒的な速さで神崎の肩を掠めて、数十メートル後ろで停止した。
「……ちっ」
輝の初動を見て取った神崎が咄嗟に目の前に小爆発を引き起こしたため、狙いが定めきれなかった。
致命傷を与えられなかったことに輝が舌打ちをする。
「……っ」
瑞希が驚きに言葉を失っているのが目に入るが、輝はそれをさほど気にする様子もなく、高く跳躍をした。神崎を休ませる気など毛頭ない。
「はぁあああああっ!」
気合と共に輝の手のひらから雷の奔流が放たれた。太い電撃が神崎の立つ一帯を焼き払う。それはまるで雷神が裁きを与える一撃のようにすら見えた。
神崎の扱う爆発よりも比べるのが馬鹿らしくなるほどに“重い”。雷は地面を抉り、空気を震わせた。
「……やったの?」
鮮やかに着地する輝の脇で、瑞希がぽつりと言葉を漏らした。
「……いや」
輝は首を横に振り、雷で抉られた地面の向こうを睨みつけた。
「……その能力は反則級だな」
神崎が胸に傷を負いながら、それでも立っていた。
「小爆発で自分の体を吹き飛ばしたのか」
無茶な真似をする。
逃げなければ、楽に死ねたものを。
「……輝?」
輝から不穏な何かを感じ取ったのか、瑞希が輝の目を見つめた。
それすら無視し、鉄は神崎に向かって言い放った。
「あんた、邪魔なんだよ」
まるで、見るに堪えない汚物を見るような目で。
「……自分が何をしたのか分かっているのか?」
「…………」
輝の理性のタガはとっくに外れていた。
――本当なら自分が出てくるような状況があってはならなかったというのに。
「現界の輝の邪魔だけは、誰にもさせねえんだよ!!」
間を置かず輝の体を光が包み始めた。再度の光速での移動に備えて、人間の体の限界を超えた負荷に軋む体に鞭を打つ。
「……喰らえ」
圧倒的な破壊力がこの場を支配する。数多の修羅場を潜り抜けてきた神崎に匹敵する、鏡界の輝の身体力と精神力、そして最強と言って差し支えない能力の舞煉。
ぼろぼろの体の神崎に、最早避ける術はない。
「明日香……」
再び呟いたその名も、今は希望を与えてくれない。
次の瞬間、輝の体が閃き――
――辺り一面が、光に包まれた。
それは輝の舞煉ではなかった。
神崎の舞煉だった。
これまで起こしたなかでも最大級の爆発。
それが意味することはつまり――自爆だった。