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Hide-and-Seek  作者: 稀春
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それはきっと人の弱さ故にある感情

 翌日。再び通学路に神崎が現れた。

「……あのですね、鏡界の俺は一応学園生なのであまり遅刻はしたくないんですよ」

 輝が頭を掻きながら言うと、神崎は肩を揺らしながら笑った。

「いや、すまん。凪流瑞希と確実に鉢合わせにならないという時間があまりないものでな」

「……まあ良いですけど」

 とは言え昨日の遅刻で瑞希にお説教を受けた記憶はそう忘れられそうにもない。あらかじめ、彼女には先に行ってくれと言う内容のメールを送っておくことにする。

「では、昨日と同じ店で良いか?」

「デートじゃないんですから、二日連続で同じ店に行ったって不満には思いませんよ」

「ほう、お前は恋愛が得意なのか? その年にしては女心が分かっているような口の利き方だが」

「んなことはありません」

「おいおい、そりゃあダメだな。若い内に色々経験しといた方が良いぞ。片思いなんてのは俺からしてみれば全くの無駄だ。失恋して得る物ってのもある」

「失恋前提ですか。……そう言うおっさんはさぞ失恋の経験がおありなんでしょうね」

 おっさんの部分を強調する。

「いや、ない」

 神崎は真顔で答えた。

「うわ、今、カチーンときた」

「……こう見えても俺は既婚者でな。妻とはお前くらいの年の頃からずっと一緒だ」

「それはそれで……あまり参考にならなさそうですね」

 輝くらいの年で、思い出作りのためだか何だか知らないが付き合っているようなカップルは、大抵が進学などのちょっとした環境の変化で別れるというのが一般的だと聞いたことがある。一途に思い合うことができるのは素直に凄いことだと思うが、一般的な例とは言い難かった。

「ま、生涯ただ一人を愛するってのもまた得る物が色々とあるもんだ。

……さて、そろそろ向かうとするか、若人よ」

 少し神崎に対する評価を改めた輝は、彼と共に朝日が照らす道を歩き始めた。



「で、ハイダーの立場の危うさの認識と心の整理は付いたか?」

 注文した物が届くと、神崎はそう切り出した。

「はい」

 輝は頷く。

「それじゃ昨日言えなかった本題だ。まずは一つ聞かせてもらいたい。

 現界に戻りたくないか?」


「……! まさか、戻る方法があるんですか?」

「いやいや、そんなのがあれば俺はもう鏡界にはいねえよ。

 よって、お前の質問の答えはノーだ。――現時点では、な」

「……将来的には、戻る手段があるかもしれないんですね」

「ああ、そうだ。それで、俺の質問に答えてもらっていないんだが?」

「…………」

 現界に戻りたいのか。

 瑞希に聞かれた時には、現界に戻る手段があるのなら探したいと言った。だが、自分が鏡界に跳んだ意味も知りたいから、まだ戻りたいかどうかの判断はできない、と。

「……分かりません。戻りたくないと言えば嘘になりますが、今すぐにとは思わないです。もしかしたら俺がこの世界に跳んで来たのには何か意味があるのかもしれないから、それを見つけるまでは」

 輝の言葉に神崎が信じられないといった風に首を振った。

「おいおい、思ってもいないことを言うのはやめにしないか?」

「思ってもいないことなんかじゃ――」

「それはてめえの口実だろ。自分を騙して割り切ることは大切だが、だからと言って物事から目を逸らして良いわけじゃない。

 お前は何だ……アイデンティティがないと生きられないのか? 俺らのしていることは、今まで違う人生を送ってきたもう一人の自分と入れ替わって、そいつの生活を奪い取ることなんだぜ?」

「だとしても、俺は――」

「青いなぁ。青い。世間ってもんを知らなさすぎるよ、お前は」

「……子ども扱いしないでください。このまま惰性で生きるのがいけないことくらい、俺にだって分かっています」

「いや、甘いな。その程度の覚悟じゃ鏡界では生きて行けない」

「その未来を決めるのは俺であって、あなたじゃない」

「……まっ、そりゃそうだな」

 それ以上食い下がることはなく、神崎は一息入れるようにカップに口をつけた。

「やめだ。お前がイエスと答えたのなら話をするつもりだったが、そんな曖昧な精神の持ち主には興味がない」

 そして、話を締め括るようにこう言った。


「その根拠のない自信は、いざとなれば凪流瑞希が助けてくれるからだ、という妄信に過ぎないんじゃないか?」


「――――――」

「違和感どころの騒ぎじゃない。全てが少しずつズレていて、結果的に何もかもが破たんしている生活で、理解者がいることはさぞかし頼もしいことだろうな?」

 ねっとりとした、蔑むような口調で神崎が言う。サングラスに隠された瞳に輝は恐怖を覚えた。

 神崎の言うことは正しい。理解者なんている方がおかしいのだ。鏡界の住民からしてみれば、ハイダーは並行世界から跳んで来た異端者であり、自分の命を脅かす存在に過ぎない。

 避けて当然。ましてや、匿おうとなどと思うはずがない。

 自分は恵まれている。

 そして甘えている。

 輝は返す言葉など持ち合わせていなかった。何故ならば、瑞希の存在が輝の心の支えになっているのは間違いなかったからだ。


「最後にハイダーの先輩からの忠告だ。

 シーカーはいつだって俺達の命を狙っている。凪流瑞希が何を考えているのか俺には皆目見当もつかないが、もしお前の正体を誰かに言い触らそうとしたのなら、彼女を殺してでも生き延びろ。殺しはこの世界で唯一ハイダーにのみ許された権利だ。使うことを躊躇うと、殺されるという代償を持った俺たちには相応の痛みが返って来ることを常に頭に入れておけ。

 誰が敵か、じゃない。全てを疑い、全てが敵だと思え」


 神崎は言い終えると席を立ち、去って行った。

 輝は、昨日は目を向ける余裕すらなかった神崎の後ろ姿を無言で見送ることしかできなかった。

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