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Hide-and-Seek  作者: 稀春
12/28

空は気まぐれ

 一週間後の音楽の授業、宣言通り輝は楽譜を作ってきていた。

「楽器がなかったからデモ音源も何もなくて悪いんだけど」

 と、前置きをして輝はギターを弾き始める。


「――――――」


 演奏を終え、小さく息を吐く。

「……これって、何かのパクリとかじゃないわよね?」

 瑞希が戸惑いがちに言った。

「まさか。作曲、久遠輝だ」

 肩を竦めてそう言い、輝は各パートの注意点を健と和奏に説明した。

 それを終えると今度は瑞希に向き直る。

「瑞希は楽器買ったんだっけ?」

「ええ、まあ一応」

「じゃあ、俺が教えるよ。二人は個人で練習できるよな?」

 和奏と健は頷くと、時折手や足を動かしながら楽譜を食い入るように見つめ始める。楽器に触る前に曲のイメージを掴む作業だ。

 輝はさして気にも留めず、二人から離れた場所に移動した。

「どうした? 瑞希?」

 促され、瑞希はベースの入ったケースを抱えながら輝のもとに向かう。

「あんた、本当に音楽の経験あったのね」

「向こうでそれなりにな。鏡界の久遠輝はそうでもなかったみたいで、家に楽器の一つもなかったけど。

 ま、そんなわけでちょっとズルかもしれないけど、これは向こうで作った曲」

「ふーん。何、曲なんて作って、プロでも目指していたの?」

「いや、目指していたって言うか、プロだった」

「はいぃ?」

 瑞希はあやうくベースを取り落しそうになった。

「プロだった、ってあんた……」

「そこそこ売れてたんだぜ? この不況の中でもCD出せばとりあえず生活に困らない金を稼げるくらいには」

「……確かに、素人が作る曲にしてはあまりに“整いすぎている”上に、ギターもやたら上手だと思ったけど……本業だったとは。……何か、あんたには驚かされてばかりだわ」

 瑞希が額に手を当て、首を振った。顔を上げる。

「もしかして進学しなかったのって、それが理由?」

「ああ、そうそう。鏡界に来て勉強面でこんなに苦労するはめになるなら、向こうでも行っとけば良かったな」

「忙しかったらそんなことも言ってられないでしょ」

「まあ、そうなんだけど。そのプロって言うか、音楽で飯を食っていた時代ってのは学園で言うならば一年の時だけなんだ。実際、二年生になる頃にはただのフリーターだったから」

「じゃあ、音楽はやめたってこと?」

「ああ、色々あってな。そう言えば、シータケも当時は俺と一緒にバンドを組んでいたんだ。小さい体のくせにパワフルに、そしてリ正確なリズムで演奏をするドラマーだった。つまり、あいつも現界ではプロのミュージシャンってことだな」

「……椎名とあんたにそんな繋がりがあったのね。って言うか、そんな連中と一緒にやるからにはあたしも下手な演奏できないじゃない」

「ま、あくまで現界での話だからあまり気にしなくても良いさ。時間はあるし、できるだけルート音だけで演奏できるようにしといたから、大丈夫だろ。さ、練習するか」

 ムスッとした調子で言う瑞希を窘め、輝は授業時間一杯まで瑞希にベースの基礎を叩き込んだ。



「そんなことがあったんすか……」

 放課後、瑞希に教則本を買って渡そうと思っていた輝は、バイトに向かう深有と偶然出会い本屋までの道を共にしていた。その際に近況を聞かれたので音楽の授業について軽く事情を話したところ、その反応だった。

「華秋先輩に椎名先輩、凪流先輩に久遠先輩とは……また豪華なメンバーが揃いましたねえ」

「豪華ってほどでもないと思うが……」

「こう言っちゃなんですが、よく纏まっていますよね……揉めたりしないんすか?」

「いーや、とりあえず今は、班のメンバーをあらかじめ指定されているグループワークみたいな感じだからな。みんな必要以上には干渉せず自分勝手にやってるさ」

「纏まっては、いないんですね」

「無理に気を遣うよりは数倍居心地が良いだろ」

「なるほど、それは分かるような気がします。知らない人ばかりの班で、上辺だけの態度で付き合うのも疲れますし。逆に無駄に知り合いばかりいて、班の中でまた区切りを作ってその仲間内でだけ馴れ合うのも何か違いますしね」

「グループワーク、ってのも考え物だよな。将来役に立つんだかなんだか知らないけど、好きなようにやらしてもらいたいって俺は思う」

「自分はまあ、色んな人の性格とか、この人はこう考えているんだなってのを知る機会と思って割り切ってますがね」

「確かにそれが一番かな。ま、それはさて置き、暫くは個人練習だ。今くらいの纏まり具合でちょうど良いさ」

「そうですか。頑張ってください。陰ながら応援してます」

「ああ。……ん、あれは……」

 とその時、視界に見知った人影が映り、輝は足を止めた。

「シータケ……あいつ何してやがるんだ……」

 健が道端で座り込み地面を見つめていた。端から見ると、不審者の一歩手前だ。

 輝は健の傍に寄り、声をかける。

「シータケ、おい何やってるんだ?」

「…………」

「おーい、シータケ」

「……反応しないっすね。って言うか何を見ているんでしょうか?」

 付いてきた深有が健の目線の先を覗き込んで、そう言った。

「放っておいても良いんだけど、雨が降りそうだし注意しとくか」

 健の性格からして雨が降ったくらいでは観察を止めないだろう。そう思い、輝はポケットを探った。

「お、ついに出ましたね、最終兵器」

「……飴玉が兵器になった戦争を逆に見てみたいとすら思う」

「はい? 戦争なんてあるわけないじゃないですか」

「……そう言えばそうだった」

 危ないところだった。うっかりしているとここが戦争のない世界だということを忘れてしまいそうだ。

 輝は飴玉を取り出し、半開きになっていた健の口に放り込んだ。

「……はぅあ!」

 素っ頓狂な声を上げて、健の体がピクリと小さく跳ねた。

「輝じゃん。いきなりどうしたの? ううん、それはどうでも良いや。この味な~に?」

「期間限定、さくらんぼ味だ」

「ちょっと酸っぱいかも~」

「でも好きだろ?」

「うん~。今はこんな気分」

「で、何してたんだ?」

「ん~、アリを見てた」

「そうか。俺も日頃からアリはなかなかデキるヤツだと思っているぞ。何せ、俺よりもよっぽど働いている。

 まあ、熱中するのは良いけど、雨が降りそうだからキリの良いところで帰れよ」

「分かっら~。ほうする~」

 飴を舐めながら舌足らずな調子で、健が言った。

 輝もそれ以上何かを言う気はないらしく、それきり別れそうな空気になった時、

「あの。椎名先輩」

「ん~?」

 再びアリに目を向けようとした健に、深有が声をかけていた。

「初めまして。自分、萩原深有って言います」

「ふ~ん。そ」

 健は深有の瞳をまじまじと見つめた後、興味なさげに顔を逸らしアリへと目線を戻した。

「あの……」

「…………」

「あのー、椎名先輩?」

「深有、やめとけ。残念ながら、シータケとお前は合わないみたいだ」

「……でもっ。できればお話をしたいといいますか、ええとですね……!」

 淡泊な性格だと思っていた深有が、何故だか今回はやや混乱気味に食い下がる。その熱意に押され、輝は仲介を試みることにした。

「あー、シータケ」

「何~?」

 輝の言葉にはしっかりと反応する健に、深有が何とも言えない表情を浮かべた。

「自己紹介した相手にはなるべく返事をした方が良いと思うぞ」

「ん~、その子に興味ないし、別にどうでも良い」

「……すまん、やっぱ無理かも」

 輝の言葉に、深有が体を乗り出す。

「どこが、どこがいけないんですか、椎名先輩? 自分が久遠先輩みたいじゃないからですか? 言ってくれれば自分は……」

「うーん、その子、人の調子を窺っているみたいで嫌い」

「……っ!」

 初対面の相手に容赦のない言葉。その上、あくまで輝を介しての会話。つまり、健には深有を相手にする気がさらさらないということだ。

「はい、そこまでだ。シータケはアリの観察に戻ってくれ。深有はもう行くぞ。バイトがあるんだろ」

「ん~」

「……そうでした」

 両者が答える。輝と深有はその場を後にした。

「……何か、お恥ずかしいところをお見せしてすみません」

「気にするな。俺は気にしてない」

 そう答えながらも、深有は人の調子を窺っている、という健の言葉が結構的を射ているかもしれないと輝はぼんやりと考えていた。

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