↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

もう少しこのままで

作者: kennyok20
掲載日:2026/09/29

卒業の日のドラマチックな告白で始まった恋は、伝説みたいには続かなかった。


二年続いたが、結局、喧嘩ばかりで別れてしまった。まあ愛想を尽かされたのだと思っている。


高校を卒業してから、その街に帰るのは四年ぶりだったが、すぐにまた、今夜の電車で帰るつもりだった。


俺は駅前のバスロータリーのあたりをゆっくり歩いていた。地元の友人と会う予定がなくなって、時間を持て余してもいた。携帯が鳴った。


高校の同級生からだった。別れた彼女の友達でもある。名前は知っていた。


「今日、会えませんか」


用件は書いていなかった。

詩織のことかと思った。

それなら、そう書けばいい。


※


指定されたのは、駅から少し歩いたところにあるカフェだった。

白い窓枠に囲まれたガラス張りの店で、中には背の高い観葉植物が見えた。


窓際の席にいた。頬杖をついて外を眺めていて、まだこちらに気づいていない。


小柄で、ベレー帽をかぶっている。


「美樹原さん?」


表情がほどけて、小さく手を振った。


「変わらないね。すぐにわかった」


彼女は、小ぶりな焦茶のバッグをどけて斜め隣を空けた。


店員さんが水を運んできて、それぞれ飲み物の注文をとる。


「ムク、元気?」


可愛がっていた犬の名前をだす。

彼女と目が合った。


「ムクのことね。もう十二歳。寝てることが多くなったかな」


軽く頬杖をついた。


「わたしのこと、ムクだけ?」


彼女のベレー帽を指す。


「これ? 好きだから」


帽子の縁に指をかけた。


「いまさら、もう似合わないかな?」


白いベレー帽に、淡い色のジャケット。その下は膝の隠れる白いワンピースだ。

焦茶のロングブーツを履いていた。


「いや」


俺は言葉を探す。


「……昔を思い出しただけ」

彼女は頷いた。


「ああ、高校生のころから、わたしはこんな感じの帽子が好きだったし、あなたは…」


高校生のころから。


俺は低い声になった。


「あいつとは連絡はないよ」


「そう」

「今も会うの?」


彼女は、少し考えた。


「今日話せるのは、わたしのことだけかも」


俺は、高校時代の美樹原の印象を思い出そうとしていた。


急な雨が降ったとき、一本の傘で一緒に帰ったことがあったような。


彼女が傘の下で何を話したかは、今はひとつも思い出せない。


彼女はゆずシトラスティーのストローを回す。


「彼氏もいたけど」


一瞬、意外だと思ったのが顔に出たらしい。


「卒業してから」


彼女は苦笑した。


「別れちゃった。うまくいかなくて」


ストローに口をつける。


「面倒くさい女なんだ、多分わたし」


口を挟もうとしたが、彼女は話したいようだった。


「自分から会いたいとか、あんまり言えないくせにね」


ストローの袋を指先で折りながら言った。


「会いに来てくれないと、すごく嫌になるとかね」


俺は頷いて言った。

「学校帰りに好きな子を待ち伏せるとか」


「べべつにそんなことはしてないけどわたし」


目を泳がせた。


日は傾き始めていた。俺たちはカフェを出た。


「お土産、この先にいろいろ売ってるところあるよ」


指さす先にカラフルなお城のような建物があった。観光客にも人気のテーマパーク型ショッピングセンターだった。


一階で菓子やなんかを見た。


「三階まであるよ」


彼女はエレベーターに乗り込み、ボタンを押した。


三階に上がると、カフェコーナーの一角を指で示した。足湯がある。


「これ知ってたの?」


「うん? 入っていかない?」


彼女はベンチに座った。


ロングブーツのファスナーを下ろして脱ぐ。


靴下も脱ぎ、くるくると丸めてブーツに入れる。


焦茶の革バッグをベンチの端に置いた。

その横にブーツを揃えた。


白い足が床につかないように、彼女はつま先を少し浮かせた。


それから白いワンピースの裾を、膝の上までたくし上げる。


「……入らないの?」


「あ、入る」


自分のつま先ばかりを見つめながら、俺は足先を湯に浸した。


話さない。


身体を起こす。小さな竹垣の向こうに、夕闇へ溶けていく街並みが見えた。


湯の中で白い足先が近くにある。


どうかすると触れそうなほど。


彼女はときどき足先を動かす。水面が揺れる。その揺れがこちらまで来る。


「わたしと二人でいるの、変な感じする?」


「……なんで?」


「だって、昔はなかったから」


俺も足先を湯の中で揺らした。


「美樹原は?」


「思ってたより、しないかな」


「こういうの、あいつに言う?」


彼女が一瞬、びくっとしたように見えた。

表情は穏やかなままだった。


「どうして?」


彼女はしばらく揺れる水面を見ていた。


「詩織とわたしって、中学生のときからずっと仲が良かった」


俺に目だけを向けた。


「でもね、あなたのいいところ、詩織にはじめに教えたの、わたしなんだから」


「……どういう意味?」


彼女は足を少し湯の中で動かした。


「そのままの意味だよ」


湯の中で、足を組み替えた。


水面が揺れて、俺の足首まで届いた。


携帯はカバンのポケットにあったが、それももう別によかった。


電車は、一本遅らせてもいい時間だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。