ぼくの名前は(異世界の)猫じゃらし
目が覚めた。
知らない場所だった。
空は青い。
雲がある。
風が吹いている。
そして。
ぼくは。
「……」
動けなかった。
いや。
正確には。
動こうとしても。
動けない。
手がない。
足もない。
というか。
体が。
ない。
「え?」
どういうこと?
ぼくは。
必死に自分を確認した。
すると。
視界の下に。
細長い葉っぱが見えた。
「……草?」
草だった。
ぼくは。
草だった。
「え?」
もう一度言う。
ぼくは。
草だった。
「いやいやいやいや」
転生って。
もっとこう。
あるでしょ?
剣士とか。
魔法使いとか。
貴族とか。
せめて。
人間とか。
「なんで草?」
しかも。
ただの草。
辺りを見回す。
森。
草。
木。
石。
そして。
遠くに。
なんかいる。
「……あれ?」
四本足。
大きい。
耳がある。
尻尾もある。
猫。
いや。
猫?
大きい。
めちゃくちゃ大きい。
「……え?」
ぼくより。
明らかに。
何百倍も大きい。
そもそも。
ぼくは草なので。
比較する意味も分からない。
猫っぽい何かが。
こちらを見た。
目が合った。
終わった。
異世界に転生して。
五分。
ぼくの異世界生活。
終了。
「……」
猫っぽい何かが。
近付いてくる。
ゆっくり。
一歩。
また一歩。
そして。
ぼくの目の前で。
止まった。
「にゃ?」
「……」
なんだ。
その。
かわいい声。
いや。
かわいいとか言っている場合ではない。
体は。
軽自動車くらいある。
たぶん。
猫じゃない。
いや。
猫かもしれない。
分からない。
「……」
「にゃ」
猫っぽい何かが。
ぼくを見る。
ぼくも。
猫っぽい何かを見る。
沈黙。
そして。
風が吹いた。
ぼくが。
ゆらゆらと揺れた。
右。
左。
右。
左。
「……」
猫っぽい何かの耳が。
ぴくっ。
動いた。
「……あ」
嫌な予感。
右。
左。
右。
左。
ぴくっ。
ぴくっ。
ぴくっ。
「やめて」
ぼくは。
風にお願いした。
止まって。
お願い。
今だけ。
風が。
さらに吹いた。
ゆらゆらゆらゆら。
「にゃっ」
ぱしっ。
「うわああああああああああ!?」
猫っぽい何かが。
ぼくに。
猫パンチ。
いや。
猫パンチというには。
威力がおかしい。
地面が。
へこんだ。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!?」
でも。
ぼくは死ななかった。
というか。
痛くない。
草だから。
いや。
草って。
痛みあるの?
知らない。
「にゃ!」
ぱしっ。
地面がへこむ。
「にゃにゃ!」
ぱしっ。
またへこむ。
「やめろおおおおおおおお!」
ぼくは。
異世界に転生して。
最初にしたことが。
巨大猫との。
命がけの遊びだった。
*
「……なるほど」
その日の夕方。
ぼくは。
重大な事実を知った。
ぼくを見つけた。
冒険者らしき人たちが。
叫んだからだ。
「こ、これは……!」
「なんだ?」
「伝説の植物……!」
「なに?」
「《ネコジャラシ》だ!!」
「……」
ぼくは。
猫じゃらしだった。
「え?」
猫じゃらし。
そのまんまだった。
「伝説の猫系魔物を魅了する植物……!」
「……」
「古代より、猫の魔獣たちは、この植物を巡って争い……!」
「……」
「一説によれば、魔王すら膝をついたという……!」
「それはない」
絶対にない。
たぶん。
盛られている。
だって。
ぼく。
さっきから。
巨大猫に。
ぱしぱしされていただけだ。
「こいつを持ち帰れば……!」
冒険者が。
ぼくに近付いた。
「莫大な報酬が……!」
その瞬間。
「にゃああああああああああああああ!!」
森が。
揺れた。
「な、なんだ!?」
「ま、魔物!?」
巨大猫。
いや。
さっきの猫っぽい何かが。
ぼくの前に立った。
毛を逆立てる。
「にゃあああああ!!」
「ひぃっ!?」
冒険者たちは。
一瞬で逃げた。
「……」
ぼく。
助けられた?
「にゃ」
巨大猫が。
ぼくを見る。
「……ありがとう?」
「にゃ」
そして。
前足が上がる。
「……待って」
ぱしっ。
「ぎゃああああああああああ!?」
地面がへこんだ。
「にゃ!」
「遊ぶなああああああああああ!」
*
それから。
ぼくは。
異世界で暮らすことになった。
伝説の植物。
《ネコジャラシ》。
猫系魔物を魅了する。
古代から伝わる。
最強の植物。
らしい。
でも。
ぼくから言わせてもらえば。
「ただの猫じゃらしじゃない?」
そう。
ぼくは。
猫じゃらし。
そして。
今日も。
猫に見つかる。
「にゃ?」
「……来た」
一匹。
二匹。
三匹。
十匹。
「増えてない?」
森の奥から。
猫が出てくる。
大きい猫。
小さい猫。
翼の生えた猫。
角の生えた猫。
火を吹く猫。
「いや、火はダメでしょ」
「にゃ!」
全員。
ぼくを見る。
「……」
嫌な予感しかしない。
風が吹く。
ぼくが揺れる。
右。
左。
右。
左。
全員の耳が。
ぴくっ。
「待って」
全員の目が。
きらっ。
「待って待って待って」
前足が。
一斉に上がる。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ぼくの名前は。
猫じゃらし。
異世界では。
なぜか。
伝説らしい。
でも。
ぼくにとっては。
そんなこと。
どうでもいい。
ただ。
一つだけ。
言いたい。
「猫、多すぎ!!」
今日も。
ぼくは。
猫に振り回されている。




