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ぼくの名前は(異世界の)猫じゃらし

作者: 夜乃氷空
掲載日:2026/09/04

 目が覚めた。


 知らない場所だった。


 空は青い。


 雲がある。


 風が吹いている。


 そして。


 ぼくは。


「……」


 動けなかった。


 いや。


 正確には。


 動こうとしても。


 動けない。


 手がない。


 足もない。


 というか。


 体が。


 ない。


「え?」


 どういうこと?


 ぼくは。


 必死に自分を確認した。


 すると。


 視界の下に。


 細長い葉っぱが見えた。


「……草?」


 草だった。


 ぼくは。


 草だった。


「え?」


 もう一度言う。


 ぼくは。


 草だった。


「いやいやいやいや」


 転生って。


 もっとこう。


 あるでしょ?


 剣士とか。


 魔法使いとか。


 貴族とか。


 せめて。


 人間とか。


「なんで草?」


 しかも。


 ただの草。


 辺りを見回す。


 森。


 草。


 木。


 石。


 そして。


 遠くに。


 なんかいる。


「……あれ?」


 四本足。


 大きい。


 耳がある。


 尻尾もある。


 猫。


 いや。


 猫?


 大きい。


 めちゃくちゃ大きい。


「……え?」


 ぼくより。


 明らかに。


 何百倍も大きい。


 そもそも。


 ぼくは草なので。


 比較する意味も分からない。


 猫っぽい何かが。


 こちらを見た。


 目が合った。


 終わった。


 異世界に転生して。


 五分。


 ぼくの異世界生活。


 終了。


「……」


 猫っぽい何かが。


 近付いてくる。


 ゆっくり。


 一歩。


 また一歩。


 そして。


 ぼくの目の前で。


 止まった。


「にゃ?」


「……」


 なんだ。


 その。


 かわいい声。


 いや。


 かわいいとか言っている場合ではない。


 体は。


 軽自動車くらいある。


 たぶん。


 猫じゃない。


 いや。


 猫かもしれない。


 分からない。


「……」


「にゃ」


 猫っぽい何かが。


 ぼくを見る。


 ぼくも。


 猫っぽい何かを見る。


 沈黙。


 そして。


 風が吹いた。


 ぼくが。


 ゆらゆらと揺れた。


 右。


 左。


 右。


 左。


「……」


 猫っぽい何かの耳が。


 ぴくっ。


 動いた。


「……あ」


 嫌な予感。


 右。


 左。


 右。


 左。


 ぴくっ。


 ぴくっ。


 ぴくっ。


「やめて」


 ぼくは。


 風にお願いした。


 止まって。


 お願い。


 今だけ。


 風が。


 さらに吹いた。


 ゆらゆらゆらゆら。


「にゃっ」


 ぱしっ。


「うわああああああああああ!?」


 猫っぽい何かが。


 ぼくに。


 猫パンチ。


 いや。


 猫パンチというには。


 威力がおかしい。


 地面が。


 へこんだ。


「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!?」


 でも。


 ぼくは死ななかった。


 というか。


 痛くない。


 草だから。


 いや。


 草って。


 痛みあるの?


 知らない。


「にゃ!」


 ぱしっ。


 地面がへこむ。


「にゃにゃ!」


 ぱしっ。


 またへこむ。


「やめろおおおおおおおお!」


 ぼくは。


 異世界に転生して。


 最初にしたことが。


 巨大猫との。


 命がけの遊びだった。


 *


「……なるほど」


 その日の夕方。


 ぼくは。


 重大な事実を知った。


 ぼくを見つけた。


 冒険者らしき人たちが。


 叫んだからだ。


「こ、これは……!」


「なんだ?」


「伝説の植物……!」


「なに?」


「《ネコジャラシ》だ!!」


「……」


 ぼくは。


 猫じゃらしだった。


「え?」


 猫じゃらし。


 そのまんまだった。


「伝説の猫系魔物を魅了する植物……!」


「……」


「古代より、猫の魔獣たちは、この植物を巡って争い……!」


「……」


「一説によれば、魔王すら膝をついたという……!」


「それはない」


 絶対にない。


 たぶん。


 盛られている。


 だって。


 ぼく。


 さっきから。


 巨大猫に。


 ぱしぱしされていただけだ。


「こいつを持ち帰れば……!」


 冒険者が。


 ぼくに近付いた。


「莫大な報酬が……!」


 その瞬間。


「にゃああああああああああああああ!!」


 森が。


 揺れた。


「な、なんだ!?」


「ま、魔物!?」


 巨大猫。


 いや。


 さっきの猫っぽい何かが。


 ぼくの前に立った。


 毛を逆立てる。


「にゃあああああ!!」


「ひぃっ!?」


 冒険者たちは。


 一瞬で逃げた。


「……」


 ぼく。


 助けられた?


「にゃ」


 巨大猫が。


 ぼくを見る。


「……ありがとう?」


「にゃ」


 そして。


 前足が上がる。


「……待って」


 ぱしっ。


「ぎゃああああああああああ!?」


 地面がへこんだ。


「にゃ!」


「遊ぶなああああああああああ!」


 *


 それから。


 ぼくは。


 異世界で暮らすことになった。


 伝説の植物。


 《ネコジャラシ》。


 猫系魔物を魅了する。


 古代から伝わる。


 最強の植物。


 らしい。


 でも。


 ぼくから言わせてもらえば。


「ただの猫じゃらしじゃない?」


 そう。


 ぼくは。


 猫じゃらし。


 そして。


 今日も。


 猫に見つかる。


「にゃ?」


「……来た」


 一匹。


 二匹。


 三匹。


 十匹。


「増えてない?」


 森の奥から。


 猫が出てくる。


 大きい猫。


 小さい猫。


 翼の生えた猫。


 角の生えた猫。


 火を吹く猫。


「いや、火はダメでしょ」


「にゃ!」


 全員。


 ぼくを見る。


「……」


 嫌な予感しかしない。


 風が吹く。


 ぼくが揺れる。


 右。


 左。


 右。


 左。


 全員の耳が。


 ぴくっ。


「待って」


 全員の目が。


 きらっ。


「待って待って待って」


 前足が。


 一斉に上がる。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 ぼくの名前は。


 猫じゃらし。


 異世界では。


 なぜか。


 伝説らしい。


 でも。


 ぼくにとっては。


 そんなこと。


 どうでもいい。


 ただ。


 一つだけ。


 言いたい。


「猫、多すぎ!!」


 今日も。


 ぼくは。


 猫に振り回されている。

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