31.黒い旗を掲げて
「MRM……?」
(MRM? なんのことかわからないわ。ロミアーナ? ミラネッタ? いいえ、たぶん全然違うのよ)
「ベルナール、何か思い当たる? 私には今のところさっぱりだわ」
「いくつか思い浮かんだが、おそらく違う。そろそろ半刻が経つ。一度殿下に報告に戻ろう。殿下なら、MRMの意味がわかるかもしれない」
ベルナールの言葉に頷いて返すと、私たちは急ぎ殿下の元へと駈け出した。
◇
「このガラスは間違いない、ルナリス嬢のものだ。……しかし、MRM?」
コスタンツァとベルナールの報告を聞いたが、肝心な『MRM』がわからない。
「お前たちは心当たりはないのか? 普段、彼女からこんな略称のなにかを見聞きしていないのか」
「残念ながら、私たちには何も」
「……いや、残念だが私もだ。少し考える。引き続き捜索に当たれ」
報告に来た二人を再度送り出し、MRMについて考える。
色の名前か? 出身地に関することか。いや、もしかしたら染色剤のことか。
落ち着きなく部屋の中をウロウロと歩き回っていると、捜索隊を指揮していたはずのグレンが戻ってきた。
「グレン、何か見つけたか」
「街道沿いに、この革ひもが落ちているのを騎士が発見いたしました。リマントンのほうへ続く街道です」
それは、あのガラスを包んでいた革ひもの切れ端であった。
「グレン、よくやった。やはりリマントンか。私も今から出るぞ。ついて来い」
「い、殿下、お待ちください! ……ん、モントローズ侯爵がどうしたんです?」
紙に乱暴に、MRMから思いつく様々なスペルを書きなぐったメモ。それにグレンが気が付いた。
「モントローズ侯爵?」
急になんだと思い、不機嫌な声が出る。
「MRMって、モントローズ侯爵のことじゃないんですか? 侯爵は『Marquis』と書きますし、MR=モントローズですよね?」
グレンに言われ、雷に打たれたような衝撃が走った。
なぜ気づかなかった。
いや、待て。元婚約者なら、アドリアン……『ADA』と書いただろう。
『MRM』。つまり、侯爵自身の指示で彼女をさらったということか!!!!
カッと頭に血が上り、追いすがるグレンの制止を振り切ると、執務室から飛び出した。
(——モントローズ侯爵。貴様、地獄に叩き落としてやる)
慌てた様子の騎士が乗る馬を奪い取り、早駆けを始めた。
後ろから誰がどうついてこようが、知ったことではない。
少し進むと、どこからか並走してきたコスタンツァとベルナールに、MRMがモントローズ侯爵であることを伝えた。
心得たとばかりに頷く彼らは、あっという間に闇夜に紛れて散っていった。
彼らには、彼らにしかわからない道がある。きっと、先回りして足止めするはずだ。
「殿下、お待ちください! ……いえ、もう待たなくていいです。無事に帰ったら、コスタンツァ様とベルナール殿について説明してもらいますから! 今は、ルナリス嬢奪還に集中しましょう!」
護衛騎士の中でトップの実力は伊達ではないのか、必死の形相でグレンが追いついてきた。
(——あーあ。これ、見つかっちゃったなー)
縦長の隊列を組み、国防の危機である『黒い旗』を掲げた一行は、一路リマントンへと駆ける。




