【閑話】 第一皇子は彼女を蔑むすべてを許さない
ようやくグレンから報告が上がってきた。
隣国の元公爵令嬢で、色なしと呼ばれて蔑まれ、婚約者は妹を選び、成人の儀の当日に追い出された。そして逃げるように夜行馬車で我が国へ……。
報告書を読み進める内に、体の内に怒りの感情がふつふつと湧きおこり、我慢できずにマホガニーで出来た美しいデスクを拳で叩きつけてしまった。
ずきんずきんと脈打つように痛みが走るが、彼女の痛みはこんなものではなかったはずだ。
(——あの異常な自己肯定感の低さと、皇族を思わせるような完璧な所作は、そういうことか)
「殿下、手を見せてください」
「そんなに大したことはないさ。それよりもグレン、続きを」
公爵家の元使用人や出入りの業者の話を聞くと、胸が悪くなるようなムカムカとした気持ちになった。
「潰しちゃうか、そんな公爵家。いらないだろ、グレン」
「そんな物騒なことを言うもんじゃないですよ。いらないのは間違いないですけど、隣国の仮にも公爵家ですよ。……いらないのは間違いないですけどね」
「お前のほうがバッサリ切ってるじゃないか」
「まぁ。私だって、調べてる途中から胸糞悪くなりましたからね。こんなあくどい貴族家がいるとは思っていませんでした。三原色信仰もここまで行くと邪宗ですな。潰してしまいましょうか、いりませんでしょう、こんな宗教」
めったなことで言葉を荒げないグレンが、本当に怒っているようだ。目が釣りあがって、鼻息が荒い。
「グレン、お前こそ物騒な事言うな。……だが、ものすごく都合がいい方向に考えると、この邪宗があったから、このくそ公爵家があったから、ルナリス嬢は我が国に来たわけだ」
だから、我が国としては万々歳とも言える。
ただし、長年虐待されて育ったルナリス嬢の事を思えば、そんなことは口が裂けても言えない。そう考えるだけで人でなしだな。
己がルナリス嬢の立場であったなら、と考えると、胸が苦しくなる。
研究所で出会ってから、時間があれば彼女の力の訓練を見守ってきた。
過去の記録を読んで、イメージを伝えることは出来ても、実際に力を使うのは彼女だ。
プレッシャーにならない程度に、と思うが、額に汗を浮かべながら、力のコントロールに勤しむ彼女を見ているのは、とても楽しい。
『無色の乙女』と聞いたら自分を特別な人間と思い、堕落していく者も過去にはいた。
けれど、彼女は努力を惜しまない。
今までの境遇のことも考え、ゆっくりやっていけばいいと思うのだが、彼女は何かに追い立てられるように、無茶な事ばかりをしようとするから、目が離せなかった。
護衛につけた中で比較的、彼女と打ち解けているライト卿とハルト卿にもそれとなく聞き出すように伝えたものの、彼女は肝心なところで口を閉ざしてしまうそう。
何にそんなに追いつめられているのか想像もつかず、メイという彼女の友人との茶会のセッティングをするのが精一杯だった。
「今日は楽しめたらいいんだが。また後で彼女を迎えにいくぞ」
ここ数日、彼女の顔に濃く出ている不安の色が消えている事を祈っていた。




