【閑話】 緑の淑女の使用人達は浮足立つ
「ね、あのお嬢様みた?」
「みたみた! おキレイな方よね。私、あんな月の精みたいな方、初めて見たわ」
年若い使用人の間で、昨夜のお嬢様の話が飛び交っていた。それも無理はない。
緑の淑女は、歴代の王妃様が、ご結婚前の教育のためにお住まいになる建物だ。
「ようやくあの第一皇子殿下が落ち着かれるのだわ」とか、気が早い者は「いつ婚約式をあげられるの」など、そこかしこで話している。
声を潜めているつもりでも、天井の高い部屋では反響して内容が筒抜けである。
「自分の仕える主について、どのような立場で話しているのです。そろそろ口を閉じなさい。次に見つけた時は、罰を与えます」
注意されたメイドはビクッと肩をすくませ、そそくさと立ち去って行った。けれど、また別の場所でコソコソと話を再開するのは目に見えている。
「どうにかなりませんか、コスタンツァ。私も注意するのに少々疲れてしまいましたよ」
「申し訳ございません、ベルナール様。けれど、わたくしも少々期待しているのは確かなことですわ」
コスタンツァはふふ、と微笑んだ。
「突然、殿下が緑の淑女に少女を迎え入れたいとおっしゃられた時は、それはもう肝が冷えましたが。どんな方が来るかと戦々恐々としていましたが、とても素敵なお嬢様でしたね。
少々、何か抱えてらっしゃるのは間違いないでしょうけれど、マナーにしても、十分な教養を身に着けておられるようですわ。
昨日からの振る舞いは、高位貴族のそれに違いありませんもの。平民のようにふるまっているのは、なにか訳があるのですわ」
「コスタンツァまで何を言い出すのです。我々は主である方を断じる資格を持っておりませんよ」
「でもベルナール様、貴方だって、薄々気づいているでしょう。殿下がお嬢様を見る目に、単なる保護者以上の感情が芽生え始めていることに。気づいていないとは、言わせませんわ」
腰に手を当て、横目で睨む彼女には、嘘はつけない。
「ぐっ……ええ、私も気づいておりました。けれど、お嬢様のほうには、まだ知人に対する感謝以上の感情はないでしょう。
我々が騒いでは、うまくいくものもうまくいかなくなってしまう。それは貴女もよくわかるでしょう。ですから、余計な噂や揶揄がお二人の耳に入らぬよう、引き締めて徹底しなければ。
コスタンツァ、よいですね?」
「ええ、それには異論はございませんわ。……とはいえ、早くお二人のお子様を拝見したいものですね、ベルナール様」
(コスタンツァ……?)
口には出さなかったが、侍女頭まで浮足立っている分、自分がしっかりしなければならん。
ベルナールは固い決意を胸に、その場を後にした。




