【閑話】 第一皇子の暗躍
「ガスパール教授、また新人をいびって退職に追い込んだんだって? 王宮内でも話題になっているよ」
「これはこれは第一皇子殿下。このようなむさくるしいところへおいでいただき、わざわざそのようなお言葉をおっしゃらずとも。お暇なのですかな」
グレンを伴い、アポも取らずに研究室内に押しかけた私に、精一杯の嫌味を言っているつもりなのだろう。
「暇なわけないでしょう。何がそんなに気に食わないのかな。まったくいい加減にしてもらいたいんだけど。それでね、代わりの人材についての話なんだけどさ」
「皇子殿下の人の見る目のなさには、辟易しておりますよ。この前の者などは、やれ手が汚れる、水が冷たい、匂いがきついなど、初日から文句ばかり垂れよって。何の役にも立たないものは要りませぬ」
「それはそうでしょう。未婚のご令嬢が結婚前に腰掛で来てるんだから。適当に書き取りさせたり、誰でもできるような雑用とか掃除でもやらせておいてって言ったのに。現場作業やらせたら、そりゃ音をあげるよ。で、無色の乙女の事は知ってるでしょ。ここに入れてもいいよね」
「む、無色の乙女?」
途端にげじげじ眉毛が跳ね上がり、デスクにバンっと手をつき、机から身を乗り出さんばかりに距離を詰めてくる。
「ちょっと、興奮しすぎでしょ、教授。顔が怖いし近いよ」
グレンが教授の体を押しとどめてくれたが、どうも興奮しているらしくて、上の空だ。
「まさかワシがお目にかかれる日が来るとは。無色の乙女だと。色彩を自在に操り、光に触れることのできる稀有な人。この年で現れるなど、ワシはどうしたら。いや……」
ブツブツ言いながらなにやら考え出してしまった。
「聞いてるの? 教授。その子、迎え入れるから、部屋の準備しておいてね。どうも元貴族らしいけど、訳アリみたいだよ」
「かしこまりました。しかし、いくら皇子殿下のお言葉とはいえ、鵜呑みにするわけには……。一つ試験をさせていただいてもよろしいですかな。もしや皇子殿下の思い違い、ということもありますまいが、銀目、ということもあるでしょうからな」
「ふぅん。疑ってるんだ。別にいいけど、彼女は本物だよ。彼女が合格したら、一つ貸しだからね。よく覚えておいて」
クククと笑うと、背後のグレンが困ったような顔をしてため息をついた。
「そうそう教授。部屋は、ゲストウィングじゃなくて、庭園内にあるパビリオーネを丸々一つあげてね。あのグリーンのとこ」
「あそこを与えるのですか? いや、流石にやりすぎなのでは……」
「いいんだよ、この私の管轄で何をどうしようと構わないはずでしょ。使用人は私のところから派遣するし。警備もグレンの直属をつけるから、問題ないし。部屋の鍵だけあけておいてねってこと。よろしくね」
庭園の奥、林を抜けた先にそれはあった。
白大理石のアーチを飾るのは、年月を経て美しい青緑を帯びた銅の屋根。古き別邸を思わせるそのパビリオーネは、差し込む陽光をステンドグラスで緑の霧へと変え、訪れる者を深い静寂で包み込んでいる。
あの最もお気に入りの場所を、彼女にあげたかった。
「それから、わかっていると思うけど、セシルのことはきっちり制御してよね」
そう言い残すと、研究室を後にした。
さぁ、彼女のために急ピッチで整えなければ。




