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三原色信仰の国を追われた無色の花嫁は、帝国で世界を彩る   作者: りっちょまん


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18.色見本という名の高い壁

ちょうどお昼を過ぎた頃、セシル先輩が戻ってきた。


「わぁ、これは壮観だねぇ。相当頑張った証拠だよ。お疲れ。お腹が空いてると思ったから、厨房で軽く作ってもらってきた。いったん休憩にしよう」


 そう言って、腕に下げたバスケットからはパンのいい匂いがし、ゴクリと喉が鳴った。自分でも気づかないうちに、お腹が空いていたみたい。


「セシル先輩、お気遣いありがとうございます。何枚か試してみましたが、なかなか思ったような成果が出なくて」


 工房内に元から張られたロープでは足りなくて、自分で空いているスペースにどんどん延長してハンカチを干したせいで、洗濯場のような有様で。ハンカチ大の色とりどりの布たちが、誇らしげに干されていた。淡いブルー、鮮やかなブルー、青と緑の中間色のようなブルー、海の色を写したような暗いブルー。全世界の海の見本市に放り込まれたようだった。


 いつのまにか、指先も洗っても落ちないほど青く染まり、新しく買ったワンピースにもところどころシミができてしまった。


「うーん、そうだよねぇ。教授が無理難題押し付けすぎなんだよ。教授に訴えに行ったけど、やっぱり聞いてもらえなかった、っていうか、門前払いみたいな感じ。いつもとちょっと違うんだよなぁ」


 ここに座ろうと、わずかなスペースを見つけたらしいセシル先輩が、丸椅子を二つずりずり引きずって、私を隣に呼んでくれた。作業台の上は染料だらけで、椅子しか使えない。


「そうですか。難しいとは思っていましたが、やっぱり難しいです。そろそろあれが乾いてくるころなので、色見本と突き合わせで確認しようと思っています」


 あむあむとセシル先輩が持ってきた卵サンドを頬張りながら、次はどうしようと思案する。


(――あ、これ柔らかい白パンでビックリしたけど、分厚いふるふるの厚焼き卵が甘くて美味しいわ)


 疲れた体に、その甘さがしみわたり嬉しかった。ぴりっとするソースがアクセントになっていて、甘さを引き立てている。バスケットの中に入れていたのか、セシル先輩がお茶も入れてくれて、ほっと一息つくことができた。とろりとした琥珀色の液体が、カップに踊っている。


「どうする? 諦めて辞める? 王宮だったら君を雇ってくれると思うよ。たぶん」


「いえ、もう少しやってみます。卵サンドありがとうございました」


 はしたないかもしれないけれど、ぱぱっと食べ終えると作業に戻った。


 乾いた布を色見本と突き合わせると、やはり既存の色ばかりを作ってしまっていた。染料の配合違いまで細かく見本があり。こんなに沢山の布があるのに、新しい色はできなかった。先ほどまでは美しく見えていた膨大な色見本が、越えようのない大きな壁に見えてきた。


「やっぱダメだった?」


 丸椅子の上で、面白そうな顔をして私の作業をだるそうに見ていた彼は、最後の布を確認した後に、あからさまにガッカリした私に声をかけた。


「そう、ですね。ダメでした」


 もう十五時のお茶の時間はとっくに過ぎている。晩餐まであと二時間ほどしかなかった。


(――もう、これでダメだとあとはアレしかないかも)


「でも、もう少し頑張りますから。セシル先輩、すみません、また一人にさせていただけますか?」


「うん。わかったよー。晩餐前にまた見に来るけど。ダメで元々だから頑張りすぎないようにね。次の職場はこっちでちゃんと紹介するからさ」


 ひらひらと手を振りながら、セシル先輩が工房を後にした。


「もう少しで日も落ちてしまうわ」


 セシル先輩が本当にいないことを確認して、窓際に寄った。本当は使いたくはなかったけれど。ここにい続けたいなら、背に腹は代えられなかった。

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