17.たったひとつの「新しい色」を求めて
「教授!? 新しい色をそんな短時間になんて無理です! わかっているはずじゃないですか!」
セシル先輩が思わずといった感じで教授に詰め寄るが、教授はにやりと笑った。
「なに、この小娘がワシの思った通りの人物なら、染められる。できなかったら、それまでだ」
そう言った教授は、作業用ガウンを羽織ると研究室から出て行った。
とんでもないことになってしまった。新しい色なんて、難しすぎる難題だわ。臍を噛んでいると、セシル先輩が憐憫をこめた目で見つめてくる。
「かわいそうだけど、もう諦めたほうがいいかもしれないよ。僕から教授に話をしてみるけど、ああなったら頑として譲らないと思う」
「いえ、やるだけやってみます。工房を教えていただけませんか」
「お、思ってたより根性があるんだね。あ、ごめんね、砕けた話し方になって。これのほうが楽だから、こうさせてくれる? 工房はこっちだよ」
研究室を出ると、一つ階下の突き当りの部屋に連れていってもらった。
白亜の壁に縁取られたその部屋は、まるで巨大なプリズムの中にいるようだった。窓から降り注ぐ光は、棚に並んだ何百もの色糸の瓶を透過し、床の上に鮮やかな色彩の絨毯を敷き詰めている。
壁に貼られたり棚に納められた色見本の紙は、風が吹くたびに蝶の羽のように微かに震え、部屋中に閉じ込められた色の香りを運んできた。
「すごい色見本ですね。まるで全ての色があるみたいです」
「教授が熱心だからね。だいたいの色見本はここにあると思うよ」
「そうですよね。これだけたくさんありますもの。こちらの大釜や材料は使ってもよいでしょうか」
天井からつるされた植物や、棚にしまわれた鉱物、乾かした虫の粉末や、市販の染色剤を見ながらセシル先輩に訊ねてみた。大釜からは湯気が立ち昇り、ツンとした薬品の匂いもどこからか漂っている。
「さっき教授が言っていた通り、ここにあるものは何をどう使っても構わないよ。後でレシピさえ教えてくれればOKさ」
「わかりました。では、少し一人で作業しても構いませんか? 新しい色は難題なので、少し静かに考えて見たいのです。失敗したらと思うと怖いですけど」
わかったと言うと、セシル先輩は工房から出て行った。
さて、まだお昼前とはいえ、新しい色は難題過ぎる。
(──けれど、やるしかない)
色見本には、様々な色が載っている。赤は赤でもカーネリアン、チェリーレッド、ファイヤーレッド、ワインレッドなど、たくさんある。パラパラめくるだけでもクラクラするような色の奔流だった。
「よし、とりあえずやってみよう」
パンと頬を叩いて気合を入れると、まず染料を決めないといけない。
鉱物の棚には、淡紫水晶、鱗片雲母、白磁石など。薬草はヌマハッカ、ミヤマビロード、カバイロクサなどなど。イバラコブシ、ネナシカイガラ、クサレカメムシなんていうマイナーな虫もいた。
まず大鍋にお湯を沸かすことにする。水は工房内の洗い場に絶え間なく流れていて、贅沢に使えるのが有難い。
(──色の系統をどうするか考えないとだけど、やっぱり青系かな。さっき色見本を見たときに、青系統が少なかった。ここに光明があるかもしれないわ)
「そしたら、ミヤマビロードを煮だして、そこに淡紫水晶を砕いて粉末にしたものを混ぜる。定着材は、染めたあとにいくつか試してみよう」
ほかにいくつか思い当たる組み合わせを作り、盥に水を張った中に一つずつ溶かしこんでいく。先ほどの研究室内でハンカチサイズの布をたくさんいただいていたから、ドンドン使わせていただくことにした。
盥の中で布を揉みこむ作業が一番つらい。冷たい水の中で何枚も布を揉みあらいしては搾り、揉みあらいしては搾る。染料によってはしばらく浸してから洗う場合もある。
定着材はリュミオン粉、アルメナ屑、鮮色塩、アルム石を使うことにして、同じように砕いて水に溶かしこみ、火にかけた。どの材料の定着液に付けるかによって、色鮮やかになったり、くすませたり、ただ色を定着させるだけのものもある。
ハンカチを一枚ずつ丁寧に付けて、しばらく煮込み、取り出してまた搾って広げてみる。まだどんな色になるかはわからない。お日様の力で変化する場合があるからだ。工房内にピーンと張られたロープに、染料毎に一枚ずつ干しておく。
(──乾いたら完成だけれど、それまでぼうっとしているわけにもいかないわ。まだまだ試さないと)
冷たい水や煮立ったお湯で痛む指先をこすりながら、次の染料作りにとりかかった。




