16.頑固な総監と無理難題
「この小娘が次の臨時職員とは。帝国には碌な人材がいないと見える」
初日で、工芸総監から浴びせられた一言に、背中が泡立つ思いだった。
朝一に迎えに来た馬車に、買い込んだ荷物や実家から持ってきたカバンを乗せ、学園へと向かった。着いたのは、アルビオン皇立学園のエストレラ分院兼研究所だった。
アルビオン皇立学園の華やかな本校舎とは対照的に、街の端にひっそりと佇む石造りの建物。蔦が絡まる古い外壁は、ここが流行を追う場所ではなく、長い時間をかけて知識を積み上げてきた場所であることを物語っている。
「ここが今日から私の居場所になるのね」
パンと頬を叩き、気合をいれた。
門をくぐり、馬車から降りると、茶色の髪を振り乱した若い男性が走り出て来た。
「お待たせしました。今日から、ここに、はぁ、お勤めの、ふうはぁ、ルナ・ラントンさん、でしょうか」
肩で大きく息をし、ずり落ちた縁なし眼鏡をグイっとあげながら、青年が話しかけて来た。
「俺は、いや、私は、セシル、と言います。ラントンさん、の、2年先輩になります、ね」
「大丈夫ですか。ルナ・ラントンと申します。本日からどうぞよろしくお願いいたします。セシル先輩」
紹介状代わりの登録証を見せると、彼は大きくうなずいた。
柔らかなアンバーの瞳に、髪の毛はあまり手入れしていないらしくボサボサ。
(――作業用のガウンの袖口にシミがあって、親しみやすいかも)
「ふう、お見苦しくてすみません、ラントンさん。やっと落ち着きました。では、この後は工芸総監にお会いしていただきます。荷物はメイドが荷ほどきしてくれますので、大丈夫です。その後は、各施設をご案内します。昼食後、ガウンを試着いただきますね。サイズ確認は大事ですから。それから、明日の朝までは自由にしてくださって構いません。お仕事は明日からとりかかっていただきます。――まぁ、工芸総監のお眼鏡にかなえば、なんですけど」
最後の方の言葉はぼそぼそとした声でよく聞こえなかったが、とりあえず今日の予定はわかった。
荷物をメイド長に預け、すぐ工芸総監の元に案内してもらうことになった。
分院の最上階にある研究室は、まるで魔法使いの隠れ家のよう。壁一面の本棚には、なにかわからない古い図面や、様々な色の糸が詰め込まれた小瓶が並んでいる。工芸総監の大きなデスクは書類の山で埋もれていた。
同じ部屋に作業台が二つ。一つはセシル先輩のもので、もう一つは私のものらしい。天窓から光が差し込み、キラキラと輝いていた。
「も、申し訳ございません。ルナ・ラントンと申します。至らないことが多々あるかと存じますが、ど、どうぞよろしくお願いいたします」
ガスパール・シュタイン教授。
やや長めの黒髪をオールバックに撫でつけ、黒い瞳の五十代くらい。背は高いものの、ふくよかな体形をしており、しわのついたシャツにベストを着ており、お腹のボタンがややきつそうに見える。黒縁眼鏡にげじげじ眉毛をして、気難しそうに口を曲げていた。
開口一番に投げかけられた言葉に、次に何をいうべきか、固まってしまった。ガスパール教授は、私を上から下まで無遠慮に眺めている。一瞬、私の瞳をみて表情が変わったように見えたけれど。
(――色なしって思われた? 紺色のドレスがいけなかったかしら、このまま追い出されたらどうしよう)
恐ろしくて膝が震えそうだった。
「教授、そんなこと言っちゃダメじゃないですか。せっっっかく久しぶりにここに来てくれたんですから。もっと優しくしてくださらないと。そんな風だからすぐに辞められちゃうんでしょ」
セシル先輩がはー、とため息を付きながら、教授に向かって気安い言葉遣いで話しかけた。
「セシル、ワシに向かってなんと生意気な。思ったことを口に出しただけじゃろ。それに、こんなかわいらしい娘さんじゃ、長くは続くまいて」
かわいらしい娘さん?
こてりと首を傾げて、私のことだと気づいて、顔が真っ赤になってしまった。
(――ううん、今はそれよりも、この追い出されそうな状況をなんとかしなくちゃ)
「あの、私、なんでもやります。算術でも書き取りでも、小間使いでも。馬にも乗れます、染色もできますし、手先も器用です」
「ほう、染色とな」
ガスパール教授の目がきらりと光った。
なに、どうしたの。セシル先輩があちゃーと言いたげな顔で頭をかいている。
「よし、じゃあテストしよう。この布でも糸でも、服でもどれを使ってもいい。染色剤も材料も欲しいだけくれてやる。どんなことをしてもいい、新しい色に染めてみろ。今日の晩餐までに染められたら、お前さんをここにおいてやる」




