14.あの時のハンカチと、今も襟元で輝く蜂蜜色
≪月桂樹の輪、それは、セレニータ帝国が誇る、一大ショッピングモールである。二階建ての重厚な石造りの入り口の上部に、見事な月桂樹の輪のレリーフが彫られ、このお店の商品は、すべてこのお店の保証付き。一階が食品店舗、二階が日用品売り場や商談室、三階以上が倉庫や使用人の住居、地下がワインや保存食の冷暗倉庫。文字が読めないお客のために、通訳まで完備している。道路に面した大きな窓で、最近の流行や、話題の商品が一目でわかる。≫
初めて訪れたルナリスは、一階入口横にある説明文を読んでいた。
「こんなお店は初めてだわ……」
カラーリス王国には、個人商店が多く、このような巨大なお店は初めてで、入った時にどうしたらいいかわからず、案内文を見つけるまでは、ウロウロと彷徨ってしまった。
一階のとある天井からは乾燥させたハーブや塩蔵の肉、大きなチーズが吊るされている。ある場所では大きな樽には穀物や塩が並び、量り売りされているようだ。そこかしこからはスパイスの刺激的な香りと、焼き立てパンの匂いが混じり合い、食欲がそそられる。
(――お、おいしそう、でも今日は日用品を買いに来たから、二階に用があるのよね)
後ろ髪を引かれる思いで、一階を後にし、二階の日用品売り場へとやってきた。一部高級品の取り扱いもあるらしかった。二階は床に絨毯が敷かれているせいか、少し静かに思えた。木製の重厚な棚に、色とりどりの織物が反物で積み上げられていたり、既製品も。仕立屋が常駐しており、その場でオーダーもできるとのこと。
(――本当にここに来れば何でもそろうのだわ)
見上げてみると、吹き抜けの天井から巨大な鉄製のシャンデリアが下がり、蜜蝋のキャンドルがパチパチと音を立てていた。光の粒子が踊り、弾け、たゆたう光の束が見えた。
「こんなの初めてだわ。どうやってキャンドルを付けているのかしら」
思わず見入ってしまった。
(――いけないいけない。とりあえず、仕事用のドレスを購入しなくては。そうそう、このブーツもいい加減卒業ね)
作業用のガウンだけは支給されるものの、その他は自分で揃えなくてはいけないそう。仮にも学園で働くのだから、それなりに用意しなければいけなかった。けれど、あまり華美ではなく、自分で脱ぎ着できなくては……それに洗濯も自分ですることを考えれば、自然と選択肢は狭まるわ。
「リネンしかないわね」
庶民服と蔑まれることもあるけれど、きめ細やかに織られたリネンは、独特の光沢があって美しい。簡単に染めることもできるし、なにより丈夫で暖か、お財布にも優しかった。
リネン、反物は数多あれど、既製服は探してもなかなか出てこない。
(――えー困ったわ。どうしましょう。探し方の問題かしら)
これでもない、あれでもないとブツブツ言っていると、後ろから人の気配を感じた。
「お客様、何かお困りでしょうか」
それは、夜行馬車で私にハンカチをくださった、あのおばさまだった。
「あ、あの時の!」
「ルナです。覚えていらっしゃいますか」
ほぼ同時に言ってしまって、お互いによく聞き取れなかったけれど、おばさまが私を覚えていることはなんとなくわかった。
「その節は大変お世話になりました」
「いいのよ、私なんかこんな素敵なネックレスもいただいたんだもの。ほら、今もつけてるのよ」
そう言って、襟元からあの時のネックレスを見せてくれた。おばさまの指先で、編み込まれた蜂蜜色の色ガラスが、控えめに輝いていた。まだ大事にしてくれているんだ、そう思ったら、陽だまりにいるかのように心がポカポカとし、とても嬉しさが込み上げてきた。
「まだつけてくださってるんですね。ありがとうございます」
ふふ、と笑ったおばさまは、マーサだと名乗った。




