12.ロミアーナへようこそ、ルナリス様
(——でもしょうがないわ。私でも見ちゃうもの。それにしても、ラントレって、なかなか呼ばれ慣れないから自分じゃないみたい)
「私は職業紹介所の所長の、オーウェン・リード。オーウェンとお呼びください。それで、早速本題なのですが、こちらに記載の内容について確認をさせていただきたく……」
執務をするための部屋というような、無駄のないスッキリとした応接室だった。
ソファに腰をおろすと、オーウェンさんが先ほどのスキルシートをピラッと出した。
「ここの言語、算術、特技、その他についての記載なのですが、簡単なテストなどさせていただいても構わないでしょうか。お気を悪くされたら申し訳ないのですが、稀に嘘を書いて、より条件のよい職に付こうとするものもいるもので」
大汗をかいているこの方が、失礼な人とは思わなかった。
(——この方は、ご自分の仕事をしているだけよ)
「もちろん構いません。馬術も刺繍も、ダンスもすべてテストしてくださいませ」
その場で静かにカーテシーを披露した。
オーウェンさんが引き攣ったような気がした。
(——もしかして、たどたどしくて見ていられなかったのかもしれないわ。もっと頑張らなくては)
その後、大陸共用語、カラーリス王国でも使われているカラレス語、東隣の国のドローア語、西隣の国のアズマ語の単語と、文章読解、会話のテストをした。
続けて、出された刺繍とまったく同じものを作り、紹介所の馬を借りて、外の噴水広場を横乗りで一周してみせた。
「春の妖精か」
一瞬聞こえたような気がしたけれど、誰が言ったのかはわからなかった。
オーウェンさん相手にワルツを披露してみたけれど、先ほどと同じようにオーウェンさんが引き攣ったように感じた。
(——よっぽど私のダンスが下手だったみたい。エマさんが真っ青な顔で私を見ているわ。やっぱり、ひどいかしら。先生方がいなくなってからは独学だったもの。最低だったのかもしれないわ。どうしよう)
その後は算術のテストを受けたけれど、簡単すぎて、ひっかけ問題を疑ってしまった。
「あら、Q2のこの算術の問題は、問題文のとらえ方で、答えが二パターン出るようになっております。これでは、問題としては不適格なのではないでしょうか。また、こちらのQ8は、前提として0以下のマイナスにはならないとあるのに、計算してみると-35となってしまいます。こちらは前提条件があることで矛盾が生まれてしまいます。いかがしたらよいでしょうか」
「なんと、少々拝見させてください。——貴女のおっしゃる通りですな。申し訳ないことです。いやしかし、これは、どうしたことだ!」
タオルのハンカチがビショビショになってしまいそうなくらい、汗をかいているオーウェンさんが、肩でハアハアと息をしている。
「ラントレさん、ラントレさん! もう結構、十分、十二分に貴女の能力は確認させていただきました! このような場所に貴女のような才女がいらっしゃるなんて、夢にも思いませんでした」
訳が分からなくて、私は首を傾げてしまった。
(——才女? 誰のことを言っているの)
「ラントレさん、いえ、ラントレ様、疑って申し訳ございませんでした。貴女は申し分のない能力をお持ちのようです。ようこそ、ロミアーナへ。ルナリス様。貴女のような聡明な女性を迎えられて、この街は幸運です」
オーウェンさんは立ち上がって、握手をしてくれた。
私のことを認めてくれたの? 嬉しくて、胸の内が温かなもので満たされていく。エマさんは深々とお辞儀をしてくれた。
「ところで、このような知識はどこで身につけられたのですか。平民にはなかなか難しいことかと存じますが」
ソファに掛けなおしたところで、オーウェンさんから質問された。
「あ、それは……少々訳があるのです」
「あ、いやいや、でしたら結構ですよ。帝国では、過去のことは伺わないのがマナーですので。失礼いたしました。つい、興味が」
(——セレニータ帝国って、寛大なのね。カラーリス王国だったら徹底的に追及されているわ)
汗をふきふきしているオーウェンさんが、エマさんと少し会話したあと、こちらに向き直った。
「ラントレ様は、もう十分な知識もマナーもお持ちですので、ぜひお勤め先を紹介したいところなのですが、今抱えている案件ですと、少々もったいないかと。明日またお越しいただけるなら、ふさわしい案件を探しておきます。よろしいですかな。登録カードも明日、お渡しさせていただきます」
「お手を煩わせてしまい、申し訳ございません。明日、また本日と同じくらいの時間にお伺いさせていただきます。ありがたく存じます」
カーテシーをして、失礼させていただいた。
(——あんまり遠慮するのもよくないことだと、アンさんが言っていたもの。明日には職が見つかるかもしれないのね)
浮かれる気持ちを顔に出さないように気を付けながら、弾むように帰路についた。




