序章
変更点
・ストーリー全般
・三人称から一人称
・大まかな設定
「あがっ!」
俺が攻撃したことによって、小太りの汚い不良は、同じくらい汚い路地裏に倒れた。制服には黒と茶色がまざったような色をした泥が付着していて、さらに赤い血が滲んでいた。その汚れまくった制服を脱げば、背中などに青黒い痣が拝見できるだろう。
時間からして、夜空には月がポツンと浮かんでいることだろう。けれどその光はこの路地裏には届かない。建物が月光を邪魔してしまっているのだ。こんな暗くて人気のない場所では、俺の前で地面にキスをしている奴の仲間は来ないだろう。
「おいおいもう終わりか? 他はほとんど片付いたらしいぜ?」
木刀で肩を軽く叩きながら俺は訊いた。別に特に意味があるわけでもない、気分だ。
倒れている豚みたいな中学生は、今日俺らの集団に喧嘩を売ってきた他校の不良だ。少し有名になってきた俺をぶちのめそうとわざわざやってきたらしいが、結果はこの有様。敵の番長は俺が出会い頭に木刀を顔面にめり込ませ、倒れそうになったところをもう一発顔面を殴ってやったらコンクリートとの相乗効果で気絶。まさに瞬殺だった。それを見たこの豚野朗は無様にも逃げた。だからわざわざ追いかけて、こうしてボコしているわけだ。可哀想だとは思うが、全然助けてやろうなどと思わない。
「ぐっ……」
そんな豚は俺の質問には答えず、恨めしげに俺を睨みつけた。どうやらまだやってやる、と
いう意思表示らしい。
「そんな顔するなって。手が鈍るだろ?」
そういって俺は豚の太股に容赦なく木刀を振るった。風を切る短く高い音の後に、何か太い物同士が当たる鈍い音が鳴り響いた。
「ぎっ」
哀れな豚は到底豚とは思えないような声を発した。なるほど、キモイ人間は悲鳴すらもキモイらしい。
「変な悲鳴だな。それっておまえの中学での流行りなのか?」
どうでもいいことを訊きながら俺は木刀を連続で振った。腕、脚、腹、背中、顔、とにかく木刀を思い切り振り下ろす。
「早く降参しろよ、おまえ骨折っちまうぞ?」
倒れている中学生はなんとか防御をしようとしているが、俺からして見れば、醜くうごめいている様子は虫のようにしか見えない。
けれどそんな様子を見てもなお、俺は木刀を振るう。手は一切緩めない、勝ちが決まるまでは木刀を振るう。
そしてついに胸を木刀で殴りつけた結果、ボキッという鈍い音が聞こえた。それと同時に豚から声にならない悲鳴が上がる。しかし俺はそれを愉快とは思わない。ただ無表情に、欠片の慈悲の心も無く見つめる。
「あ~あ、折っちまったよ。いまのは……まあ、どこの骨でもいいや」
いつの間にか木刀が血塗られていた。ベッタリと赤黒い血は、誰の物か言わなくても分かる。新品の木刀だったのにな、と僅かに残念に思いながら木刀を見た。
豚は恐怖することも忘れ、ただただ少しでも痛みを和らげようと努力する。だが、あまりにもダメージを負った四肢はとうとう動かなくなり、息も続かなくなった。そこに仕上げとばかりに俺が一発腹に向かって木刀を振るった。
ピクリとも動かなくなった中学生を見てついに俺は手を止めた。勝ちが決まればそれで終わりだ、何も殺すことはない。バレたら面倒だし、あくまで俺にとっては部活みたいな物だ。ボクシングみたいなもの、殴っても罪にならない部活のようなものだ。
俺は木刀をその場で手放し、ポケットから少し古い携帯電話を取り出す。慣れた手つきでボタンを押し、続けて通話ボタンも押した。
数秒間のコール音の後、誰だ、という不信気味の声が聞こえた。それに対して俺は特に慌てる様子も無く返事をした。
「俺だ……カケルだ」
そう言った瞬間、電話の向こうの対応が変わった。打って変わったとはまさにこのことだろう。どこだ? 敵は倒したか? などと俺を労わるような声になったのだ。
そんな声に、俺はわずかに顔を報告した。
「ああ、終わった。これで、俺らの勝利だ」
六月十五日午後十時二十六分、俺たちの勝利だった。
「ギャハハ、カケル君サイコー! いきなり敵の番長倒してやんの!」
夜中なのにうるせえよ、と俺は内心でボーと呼ばれるピンク髪に突っ込んだ。俺は夜に弱い、今も何回か欠伸をしている。目尻には少し涙も溜まっていた。そろそろ寝る頃だろう。右手に持つ木刀がとてつもなく重い。
ボーの身長は俺と同じくらいの百六十五センチくらいだろうか。とはいってもボーはこの頃急に伸びているのですぐに俺を抜き去ってしまうだろう。
「うるさいよ、ボー。夜くらい静かにしてよ」
俺の代わりに身長百四十五と小柄な少年。髪はボーみたいにピンクではなく、俺みたいに茶髪でもなく、黒髪だ。しかしその髪型はアフロと身長とのギャップが激しいものだ。通称ネズ、俺のグループでもいくらかまともな人間。たまにその身長の低さから女の子に間違えられて、ブチ切れるのを除けばだが──何故か小学生と間違えられても切れないのは疑問だ。
俺らは今家に帰るところだ。俺が勝利を告げて、各自解散となり、俺ら三人は近くにいたので一緒に帰ろうということになった。ようは夜道を一人で帰るのは絵的に悲しいから一緒に帰って悲しくならないようにしようぜってことだ。
「けど凄かったんだぜ!? 本当に一瞬で──」
「ボー、黙れ。俺は眠いんだ」
リーダーの俺がそういうと、ボーは渋々といった感じに静かになる。あまり自分の武勇伝を言われるのは俺は好きじゃない。というか聞きたくない。面白くも何ともないし、自分以外が大笑いしているのは疎外感を覚えるからだ。
「今日は楽勝だったね、もっとかかると思ってたよ」
ネズも一応は今日の勝利は喜ばしいことだったらしく、口元が緩んでいた。それもそうだろう、集団対集団で戦うのは結構珍しい。というか不良の喧嘩というのは町をふらっと歩いていたら気に食わない奴がいて、それで敵もこちらを気に食わないと思って、喧嘩……というケースがほとんどだ。あちらからおまえらをぶっ飛ばすとまで電話で言われて──どうやって調べたかは分からない──喧嘩をするのは宝くじが当たるくらい稀なことだ。
始まって一時間くらいで終わったのだから快勝といったところだろう。こちらの負傷者は一人もいないというのだからまた凄い。
「ま、俺らが強すぎたってことだな」
「敵が弱すぎたんだよバカ」
ボーの発言を俺はご丁寧に訂正してやった。あまり浮かれるものではない。いつ足元すくわれるか分かったもんではないのだ。普段から気を引き締めておくのは当然のことだろう。
「明日から土日だけど、どうするのリーダー? みんなから何通かメール着てるよ」
俺らのグループは合計十六人という不良にしては少し多いくらいの人数だ。全員が全員それなりの事情を持ってこのグループに入っており、日夜喧嘩に明け暮れている。
「休み、各自で自由行動」
俺は事務的にネズに答えた。ネズはそれを聞くと携帯を操作して業務連絡を済ませる。
「えぇ~。もしないのかよ、カケル」
「だから自由行動だっていったろ? 勝手に行動していいって」
俺は不満ありげなボーに対して冷たく言い放つ。ボーは少し上下関係を考えなさ過ぎる。俺はリーダーでボーは平だ。俺のほうが格は上だ。もっとも、俺らのグループは全員中学二年生で、ほぼ上下関係はないのだが。
「何か用事でもあるの?」
「いや、ただみんな疲れてるだろ? あんまし喧嘩ばっかしやってても疲れるだけだし、付き合っている奴らとかもいるんだろ?」
「おぉ、優しいねカケルは。俺がリーダーなら毎日喧嘩だな」
その言葉に俺とネズは半ば呆れる形で苦笑した。ボーらしいといえばボーらしい。
俺らは大抵何かを抱えて不良になった。親の不仲や、友達が出来なかったり、学校で落ちこぼれたり、そんな色々な事情があって溜まったストレスを、俺らは喧嘩などで発散しているわけだ。
だが、多分俺以外の奴らは理解していないだろう。暴力で心の寂しさを紛らわし、人を痛みつけることで擬似的な快感を得る、そうして日々を乗り越えていくことしか出来ない。俺らはそうやって行くことでしか生きて行けない。悲しいが、事実だ。
もし俺が、そのことに気付かなければもっと楽に生きていくことが出来ただろうが、生憎自分のことには敏感だ。気付いてしまえばもう手遅れ、心の寂しさをもろに感じて生きていかなければならない。本当に自分にはうんざりする。
だけどそれを間違ってもみんなに言ってはいけないだろう、それを言ってしまえば、今までギリギリで保ててきた境界線を越えてしまうだろう。そうすれば自殺や殺害や麻薬などにも手を出しかねない。幸い俺が止めているから煙草や酒に手を出している奴はいない(もっとも、俺といる間だけしか分からないが)。まだ『暴力だけ』で生きていけるのだ。
「ってか付き合ってる奴は別に気にしなくてよくね?」
「どうせ誘っても半分は来ないよ、誘うだけ無駄。しつこく誘った場合最悪敵になる可能性もある」
もっとも、それは端的すぎる。しかし敵にはならなくても俺とはもう関わらなくなってしまうかもしれない。
「リーダーは少し周りに気を遣いすぎだよ。別にみんなそんな簡単に離れないって」
「用心には用心を、ってことだよ」
その言葉を聞いてネズは不審そうに見つめるが、俺は平静を装った。ネズはその小柄な体格から、実戦にはあまり向いていない。だから参謀役として働いてもらっている。俺と同じくらいには頭も働く。バレてしまうかもしれない。
「……もしかして女でも出来たの?」
──的外れだった。
ネズの発言に思わず俺はコイツのことが相当なアホだと思ってしまった。
「な、何!? カケル、それは本当か!?」
「あ~、だからリーダーは付き合っている奴に気を遣ったんだ。……おめでとう」
やはり不良、馬鹿だった。たしかに話の流れからしてそう考えるのは妥当といえば妥当だ。けれど、だからといって……仮にも女子との会話だけは全て無視する俺が付き合えると思っているのだろうか?
「なんだよカケル、そういうことなら最初からそう言えよ! おまえが女嫌いだと思ってたから俺らはけなしちまったじゃねえか!」
「別に俺は付き合ってもいねえよ。けなしても構わねえよ」
「ふぅん……じゃあ何なの?」
なるほど、これで俺がその質問を拒めば俺が付き合っていると学校中にバラす魂胆か。さすがネズというべきなのかもしれない。参謀役は伊達じゃない。ボーは本気で信じているらしいが。
変な噂を流されたくないので、仕方なく俺はその質問に答えた。
「簡単に言うと、昔の知り合いと会うんだよ。ちょっと話がしたいって言われてな」
けれどこれは大嘘だ。俺は知人が少なく、友達と呼べるものはほとんどいない。関わりといったら、俺が束ねている集団の不良のみだ。そんな奴が、旧知の友達などいるはずがなかった。
「ま、まさかそいつはおん──」
「男だ」
俺はボーの発言をすぐに訂正する。ボーは何でもかんでも鵜呑みにしやすい。前にサンタには黒いサンタっていうのがいて、そいつは悪さをしている奴をクリスマスの日にボッコボコにするんだよ、とドイツの迷信を教えた。するとボーはそれから嘘だと教えるまで喧嘩をやめてしまったのだ。あの時は本当に焦った。なんせ外国に行って懺悔をするとか言い出すのだから。
ちなみに、黒いサンタはドイツにはいるらしい。ドイツ生まれの人間は悪さをしたらボッコボコだ。
「なんだよ、違ったのか。せっかくカケルの弱みを握ったと思ったのに……」
今度コイツには噂を流したら寿命が一年分減るんだと教えてやろう。
ネズはというと、まあそんなところだろうなと思っていたらしい。これで騙されてくれれば──
「なるほど、リーダーは同性愛の趣味があったのか」
コイツ本当に死んじまえ。
「な、カケルそんな趣味を……!?」
「さすがにこれはヤバイね。うん、しょうがない。僕達だけの秘密にしておいて上げるよ」
「……ネズ、明日気をつけろよ? 玄関のドアを開けたら木刀の一撃がおまえの顔面を直撃するからよ」
俺の声が震えていた。というか俺の体全体が震えていた。頬もこれでもかというくらい引き攣っている。
本能が囁く、ネズを殺せと。理性は言う、両手両足骨折だけに済ませろと。
対して変わらないからぶっ殺そうかなと一瞬本気で考えてしまう。
「え? いいよ別に。同性愛の趣味を持つ友達を紹介してくれなくても」
「誰が同性愛の趣味を持ってるって言った! てめぇら俺をどんな風に見てるんだ!」
「「ムッツリ」」
なるほど、やはり土日は集合させよう。多分全員俺の趣味をそう思っているはずだ。そう思えないように俺がぶちのめしてやろう。うん、絶対に。
「同性愛じゃなかったか……」
あってたまるか、そんなこと。俺が世界で唯一許せない趣味が同性愛だ。
「えっ、違ったのか?」
ボー、おまえも明日気をつけろよ? おまえはそのドピンク髪が赤く染まるまで殴ってやるよ。
なんてコントみたいなことを言っている間に十字路に差し掛かってしまった。左に行けばボーの家、右に行けばネズの家、真っ直ぐ行けば俺の家に行くことが出来る。
残念だ、ここでこの二人と永遠の別れをしたいと思っていたのに……。
「しょうがねえ、最後まで聞きたかったけど、またなあ~」
「同性愛が趣味になったら、教えてね~」
そういって二人は十字路をそれぞれの方向に曲がって消えてしまった。それは十数メートルまでいくと、黒いシルエットになり、もっと進むと、暗闇へと、変わってしまった。
「……俺も帰るか」
冷静に考えてみればこんなことで熱くなっているほうが馬鹿なのだ。俺はつまり遊ばれたのだ(ボーは分からないが)。けれどやはりというか遊ばれるのはいい気分ではない。あとでキッチリと落とし前をつけるべきだろう。
とはいっても時間が時間だ。帰らないわけには行かない。一応両親はいるし、腐っても親なので息子が帰ってこなかったら警察にも通報してしまうだろう。それで遅くまで外出していた理由が友達をボコすためだといわれたら俺は数日間の間警察署に通わなければ行けなくなるかもしれない。そうなれば、高校進学も少々厳しくなってくるだろう。嘘をつけばいいと思うかもしれないが、そこは仲良くなった警察官の方々には通じない。
もっとも、俺だってこんな生活を送っているのだから高校なんて少々無理があるとは思っている。何せ俺はこの町の警察署のブラックリストに登録されているほどの馬鹿だ。真面目に勉強した所で少し無理があるだろう。
俺にとっての喧嘩とは『部活』だ。楽しいからやる、ただそれだけだ。そこら辺はゲームや、スポーツなどに似ているかもしれない。だから別に悪いとは思っていない。
だが世間はそれを認めてくれない。悲しいことだ。ボクシングは認めてくれないというのになんで喧嘩は……とは思わずにはいられない。
ともかく俺は不良という点では一般的な中学生には変わりない。それは断言できる。普通に授業を受け、普通に昼食を食べ、酒や煙草には一切手を出さない。そんな中学生だ。
だから一応は高校に行きたい。この不景気、中卒では暮らしていけないのは誰でも分かっている。
もっとも。土日を空けたのはただ単に寝たいからというのはここだけの話だ。
月光に照らされていた道が、急に暗くなってしまった。慌てて空を見る。どうやら雲が月を隠してしまった。今日は一日中晴れている予報だったが、どうやらその予報は外れたらしい。これは雨だな、と思い俺は足を速めた。




