***地味眼鏡少女、椿はるか***
ショッピングモールが直ぐそこに見える駅のホームに電車が止まり、多くの乗客が先を争うように降りて来て改札を目指す。
一人の少女が列から離れ、ホームの外壁に設けられたガラス窓に向かう。
黒いセルロイドの眼鏡に、少し長めのおかっぱ頭。
膝丈の濃紺のプリーツスカートに、白のブラウスのボタンは第一ボタン迄留めてある。
窓の傍まで行った少女は背負っていた鞄タイプのリュックを降ろして開くと、中から数枚のティッシュペーパーを取り出し窓の一部を拭き、使用して汚れたティッシュペーパーをスカートのポケットから取り出したビニール袋に仕舞った。
その後鞄から携帯電話を取り出し、不器用な手つきでモールの写真を撮り、撮影した画像をモニターで確認した後に大切そうに携帯電話を元の場所に戻した。
再び鞄を背負い直すと、さっきの群衆の列が嘘のように閑散としたホームをパタパタと改札に向かって歩き出した。
少女の名前は 椿はるか。
鮎原雄介と同じ高校の、同じ文芸部に所属する2年生。
今日は執筆のヒントと称して、大好きなアニメ映画観るために、このショッピングモールにやって来た。
駅の改札を出て映画館のあるモールを目指す。
相変わらず人が多い。
この人の流れを全てこのショッピングモールが呑み込んでしまうと思うと、なにかとんでもないホラー小説が作れそうな気がする。
けれども私はソレを書くことはない。
なぜならホラーは怖くて、映画はもちろんテレビのオカルト特集も観ないし、小説だって読まないから。
歩いているとどこからか飛んで来たチョウチョが私の肩に留まった。
直ぐにまた、どこかに飛んでいくだろうと思って歩いていたけれど、いつまで経っても飛び立たない。
この人の多さに驚いてしまったのかも知れないと思い、人の流れから離れて駐車場の端にある樹の傍まで移動した。
チョウチョは、やはり私の思った通り、安心して再びヒラヒラと樹に上の方に向かって飛び始めた。
“あー、青空が綺麗……”
駐車場の端っこで空を見上げたとき、映画館のあるモールの3階のテラスに見たことのある人物を見つけた。
アレは、このまえ部活をサボった1年生。
名前は、たしか……鮎原祐介くん。
んっ!?
一緒にテラス席に座って楽しそうに話をしている女性は誰??
高校生とは違う大人の女性。
しかも、相当な美人。
“不倫!?”
そう言えば鮎原くんって今のままでもホストクラブでトップを取れそうなイケメンだけど、年頃の男子なのに学校では何故か女子生徒には全く関心が無いようで、そのことで逆に女子から嫌われている。
言ってみれば“可愛さ余って憎さ百倍”って言うヤツ。
その鮎原くんが、年上の女性とデートだなんて……。
前髪パッツンにド近眼なので眼鏡をかけていて話し上手でもなく、まるで絵にかいたような陰キャラそのものなのは自分でも笑えるほど悲しい。
私にとって鮎原くんは、とても気になる存在。
誤解されては困るので予め言っておくが、好きとかそういう問題ではない。
たしかに鮎原くんは可愛い系のイケメンで、性格も穏やかで成績も悪くはないけれど、なにせ噂ではマザコンと言うことらしい。
それが本当かどうかは分からないけれど、私の好みは強くて逞しくてユーモア―があって優しいシュワちゃんみたいな人だから鮎原くんは該当しない。
ではなぜ私は鮎原くんが気になるのか?
残念だけど、それは私自身も実は分かっていない。
なのに、なんだか、気になる。
いや、正直に言えば、“気になって仕方がない!”
不意に訪れた好奇心は、まるで真夏の入道雲のようにムクムクと私の心の中で大きくなっていく。
それに小説のネタにはなりそう。
なんといっても私は文芸部のエースで、3年生が抜けたあと、来年の部長候補の筆頭。
まあ、それについては自分でそう思っているだけなのだけど、そう思わないと良い小説なんて書けっこない。
幸いな事にチケットの予約はしていない。
私は見た目通り存在感のないタイプ……つまり地味メガネに分類されるので探偵の適正はあると思う。
なにせ尾行するには目立たないのが必須条件。
小説のネタ探しに高い当日券を買って映画を観るよりも、現役高校生のツバメが美貌の年上女性とどのような不倫関係にあるのかを探った方が好い小説のネタになりそう。
“今すぐソコに行くから、逃げるんじゃないぞ!”
私はテラス席で楽しそうに笑っている鮎沢くんに、心の中でそう叫びモールの入り口を目指して猛然とダッシュ‼
ガサガサ!
ドタン‼
「痛タタタ……」
駐車場の脇にある街路樹の傍に居ることをスッカリ忘れたまま、直線的にモールの入り口を目指したものだから垣根に弾き返されて尻もちをついてしまう。
イケナイ、私って見かけ通り凄いドジなのを忘れていた……。