***いざ映画鑑賞***
シアターの中に入ると、さすがに話題作なだけあって沢山の人が入っていた。
僕はポップコーンとドリンクを乗せたトレーを持って、母をエスコートするように座席に向かった。
椅子に座る母に、大丈夫かと聞くと、大丈夫だと笑顔で応えられ少し安心する。
あとは上映中の迫力に母が耐えられるかどうか。
もし万が一駄目だった場合に備えて、途中退席しやすいように通路側の席を取ってある。
上映予定作品の予告編や、コマーシャルに続いて観賞上の注意事項が流れ、いよいよ映画本編の始まりが近い事を予感させる。
それまでポップコーンを摘まんでいた母の手がピタッと止まるのが見えた。
まるで病院で注射器を持った先生の前で固まってしまう子供みたいだけど、僕はそのことを可笑しいとは一つも思わない。
母は好きな俳優さんの作品だから勇気を出して苦手なホラー映画に挑戦するために、こうしてやって来たのだ。
僕は、その事の方が重要だと思う。
スクリーンのカーテンが上映サイズに広げられると、小さく点けられていたライトの明かりが落ちて場内が暗くなる。
さっきと同じ位置に止まったまま動かない母の手に、そっと自分の手を被せ「大丈夫!」と小さな声で応援すると、母は言葉を返す代わりに僕の手を確りと握った。
さすがにホラーに特化した一流の監督やスタッフが制作に携わった話題作だけあって、見応えは十分あった。
観客を驚かす効果音や映像が出るたびに、母の体がピクンピクンと揺れるのが愛らしくもあり、可哀そうにも思った。
映画の開始と同時に母に握られた僕の手は、遂に映画が終わるまで僕の元に戻って来ることはなかった。
けれども僕はソレが嫌ではなく、怖い場面で母に強く握られるたびに僕も“頑張れ!”と強く握り返すことでお互いの意思を伝えあい、母がこうして頑張れたのかも知れないと思うと誇りにさえ感じる。
たった一つの手が、お互いの心を繋ぎ、勇気を与えることが出来るなんて素晴らしい。
親子であっても、そのことは重要な事。
いや家族だからこそ、重要なことだと僕は思う。
そう素直に思えるよう育ててくれた両親に感謝したい。
「ありがとう」
エンドロールが終わり、劇場の照明が明るくなると母が僕に言った。
「面白かった?」
「うん。怖かったけれど、祐くんのおかげで楽しむことが出来たわ」
ホラー映画の恐怖で、心が委縮してしまったのか、あの華やかな母がおしとやかに言った。
「ポップコーン、余っちゃったね」
「ゴメンね」
そう。
ポップコーンを食べたくても、お互いがそのポップコーンの前で手を握ったままだったので食べることができなかったのだ。
「捨てる?」
映画館を出る所にあったゴミ箱の前で立ち止まり母に尋ねると「まさか」と笑われた。
そうして映画館を出た僕たちはフードコートで、新たに珈琲を購入してポップコーンの箱を抱えたまま外のテラス席に向かった。
まだお昼前の11時前だから空いていたので、一番外に近いほうに席を取る。
3階だから眺めが良くて、心地好い風が映画館と言う狭い空間に長くいて緊張した体を穏やかに解してくれる。
「祐くんが一緒に来てくれて本当に良かったわ。ありがとうね」
背伸びをした後に母がそう言ってくれた。
「いや僕は手を貸してあげただけだから。父さんと比べれば大したことは出来なかったけれど」
「その手に、勇気をもらったわ」
母が、映画館で食べ残ったポップコーンを摘まみ、続いて僕も摘まむ。
映画を観ている時に怯えていた母の白くて華奢な手が日に当たり活き活きと輝いていた。
祐介には言わなかったけれど、確かにパパは新婚当時も今も変わらないほど優しい。
けれども私は祐くんが居てくれたから映画を最後まで楽しむことができた。
ポップコーンを摘まむ祐くんの手を見ながら、私はそのことを誇らしく思った。
だって祐くんは私が産んだ子供だし、そういう子に育てた自負があるばかりか、チャンとそのように育ってくれたのだから余計に嬉しい。
明日、新しい登場人物が出たいと申しますので、火曜日の6時に紹介いたしますm(_ _"m)




