***ホラー映画の特訓***
土曜日の前日の晩に、家を出発するのは朝の8時だと言われて驚いた。
なんでそんなに早く出るのかと聞くと、映画も観に行きたいと言われた。
「映画なんて友達と行けばいいじゃないか」
「それが……駄目なの」
「なんで?」
「だって、コレだもの……」
オズオズとしながら母がバッグから取り出したのは、今人気のホラー映画のチラシ。
「なんでホラー映画なの!??」
「だって、好きな俳優さんが出ているし、テレビで今年一番の話題作だって言っていたから……」
「ホラー映画、大の苦手だよね!?」
「うん……で、でも、好き嫌いは克服しなきゃいけないでしょう?」
母が言い訳に困った幼児のように、首をうなだれたまま弁解した。
母は、ホラー映画が大の苦手だ。
しかも今回観る予定の物は、ホラー映画の第一人者と称される大物監督が手掛けた話題作だから、怖くないはずがない。
「予告編は、もう見たの?」
僕の質問に焦った母が、激しく手を左右に振る。
怖がり屋の母が予備知識もないまま、映画館の巨大なスクリーンと音響効果で演出される壮大な迫力に耐えられるとは思えない。
母はホラー映画が苦手で、テレビでも殆ど見たことが無い。
それに感動屋で、大の泣き虫。
お正月は全国高校サッカー、ニューイヤー駅伝、箱根駅伝、春高バレーを観ては泣いていた。
それに、割とパニック係数も高い。
中学の時キャンプでバンガローを借りたとき、夜にゴキブリが入って来た時なんか本物のホラー映画かと思うような素晴らし悲鳴を上げて、近くのバンガローに泊まっていた人たちが何事かと思って集まって来たくらい。
映画の最中に悲鳴を上げられても困るけれど、何よりも苦手を克服する為だと言っていたけれど、せっかく好きな俳優さん見たさに思い切った母に映画館で恥をかかせるわけにはいかないと思い僕はある作戦を考えた。
「チョッと待ってて」
母にリビングに居るように言い残し僕は自室に向かい、押し入れの中にあるはずのアル物をさがし、そして見つけ出すことに成功した。
アル物とは去年友達とハロウィンパーティーに行ったときに作ったマスクで、殆ど真っ白なんだけど、コレが意外に怖いとウケた。
久し振りに着けて鏡で見ると、なんだかそれ程でもない。
こういったモノは雰囲気が肝心なのだと思い、部屋を暗くしてホラー系BGMを掛けてからもう一度鏡を覗くと、それらしく見えるから不思議だ。
やはり雰囲気が一番大切なんだ。
BGMの音楽を流したまま、部屋のドアを閉めずに階段をユックリと降りる。
ワザと足音がするように。
「祐くん、何していたの?」
リビングに居る母の声は、既に不安を隠せないように聞こえる。
返事の代わりにマスク越しにフーフーと唸るように息を吐く。
リビングの引き戸に手を掛けて、ユックリと引く。
「祐くん……」
恐る恐る様子を窺うように近付いてきた母に、マスクを着けた顔を見せてウヲォ~と低い声を上げてゾンビが襲い掛かる時のように手を広げた。
「キャーッ!祐くん‼」
「……」
怖がり屋の母はビックリして僕に助けを求め、なんとお化けに変装している僕に抱き着いて来た。
「チョ、チョッと、お化けに抱き着いてどうすんの??」
「お化けは怖いけれど、でも祐ちゃんなら助けてくれるでしょう?」
「ま、まあ……」
なんかトンチンカンな母の言葉に一理あるような無いような不思議な気分。
でも、涙を浮かべた母の真剣な眼差しに捉えられると、守ってあげなければならないと思いマスクを取った。
「もう大丈夫だよ」
母の華奢な肩を掴んで離そうとしたが、ナカナカ離れてくれない。
「どうしたの母さん」
「怖すぎて、膝の力が抜けちゃったから、もう少しこのまま居させて」
「分かった」
怖がりの母を本気で怖がらせてしまった事を悔やみ、母の膝が落ち着くまでそのままでいさせてあげた。