***祐介と母***
僕の名前は鮎原祐介。
どこにでもいる普通の高校1年生。
彼女いない歴は16年にもなるけれど、特に彼女が欲しいとは思わない。
親友の正人は彼女となる女性を探すことに躍起になっているみたいで、そのことは僕も何とか応援してあげたいと思っている。
だけど、そうそう魅力的な女性は見当たらない。
いったい、この世の中のカップルは、どうして結ばれているのだろう?
“妥協?”
そんなことで彼女が出来たとしても、長く続くわけはない。
今日もまた、お昼休みがきてしまった。
カバンからお弁当箱を取り出すところを、何人かの女子が見るともなく見ている気配がする。
「やだ、今日はイチゴ模様よ」
「昨日は、サクラだったよね」
「女子?」
女子たちの、あるグループがヒソヒソと祐介の話を始めた。
「あの布、お母さんが選んでいるんだって」
「うそ、マジ!?」
「鮎原くんのお母さんって、どんな人なの?」
「同じ中学の子に聞いたんだけど、すっごい美人で可愛いタイプらしいよ」
「あっ、その人知ってる。個別懇談のとき見かけた。栗毛に染めた髪の長い人でしょう!?」
「私も見た! あの人、お母さんだったんだ。私はてっきり誰かのお姉さんだと思っていたわ」
「私なんか、その人と鮎原くんが街で手を繋いで歩いている所を見たよ。彼女だとばかり思っていたけど、お母さんだったのね……」
「ふつう高1の男子が、お母さんなんかと手を繋いで街を歩く?」
「わたし、お父さんと手を繋いで歩けって言われたら、死んだ方がマシ!」
「ふつう、死ぬよね」
「マザコンなの?」
「いやいや、完全にマザコンでしょう?」
「ひょっとして、ふたりはもうイケナイ関係だったりして」
「キャーッ‼」
“引くわー!”
女子たちの囁く声が部分的にホンの少しだけ聞こえてくる。
彼女たちはワザと、そうなるように話しているのだ。
でも僕は、かまわない。
誰がどう思おうとも、このお弁当はその包みも含めて、忙しいなか僕のために母さんが作ってくれているのだから。
女子たちの噂話なんて気にせずにお弁当を開くとご飯の上には、ほうれん草の胡麻和え、そぼろ玉子、にんじんのシリシリが緑・黄・赤と白いご飯を隠すように盛り付けてあった。
おかずの部分には蛸さんウィンナーにカーネルコーン、ブロッコリーにミニハンバーグとポテトサラダ。
どれも手抜きなしの、手作りだ。
「うわぁ~今日も美味しそうだなぁ祐介の弁当」
正人が羨ましそうに覗き込む。
「いいなぁ、俺なんてコレだぜ」
見せられた正人の弁当だって、そんなに悪いとは思えなかった。
シャケの切り身に小さな揚げ物、肉団子にミニトマト、ご飯には綺麗なふりかけが掛かっている。
コレのどこに不満があるのか分からなくて正人に聞くと、トマトとふりかけ以外は全部冷凍食品だと言われたが僕にはイマイチぴんとこなくて応える代わりに愛想笑いで済ませた。
正人のお母さんも、僕の母さんも朝の忙しいなかでもチャンと朝ご飯とお弁当の支度を忘れてはいない。
僕は正人にも、そのことに気付いてあげるべきなのだと思ったが、それを彼に伝えるべきか迷ってしまい結局は言い出せなかった。