***おべんとうコロコロ①***
〽キーンコンカーンコーン♪
学校のチャイムが昼休憩を告げると、今まで静まり返っていた各教室が若々しい生徒たちのエネルギーが音として噴き出した。
2年A組。
「あれ、はるかは?」
「あれっ、さっきまで自分の机に居たよ。なんか用だったの?」
「うん。さっきの古文で分からないところがあったから聞こうと思ったんだけど……」
「仕方ないよ、はるかって地味っぽく見せているけれど、結構自由奔放だから」
「だね」
クラスメートから“自由奔放”と言われた当の本人は、お弁当の包みを大事そうに両手で抱えたまま渡り廊下から階段を降りて中庭に向かっていた。
宇宙まで透けてしまいそうな深い碧空と雪山の稜線を伝って降りて来たばかりの澄みきった心地好い風、穏やかな笑顔を見せる太陽の温かさと生命の息吹を光に変えて輝く若葉、そして晴々とした私の心。
こんなにも条件に恵まれた日なんて滅多にない。
自然のめぐみ……。
中庭にある木陰の芝生にハンカチを敷き、腰を下ろす。
先ずは水筒のお茶を一杯口に含むと、いつもと同じ水筒のお茶が、まるで高い山の湧き水のように冷たく喉を流れ落ちて行く。
目を瞑ると、ここはもう学校の中庭ではなく、カッコウの住む高原。
目の前には澄んだ湖に水鳥たちが遊び、白樺の森の奥からはカッコウの鳴き声が聞こえ、高い空にトンビが悠々と円を引く。
足元に咲くシロツメクサと遊ぶチョウチョ……学校に居ながら、絵のような景色に酔いしれる。
感慨に浸りながら目を開けて、お弁当の包みを解く。
「おい、祐介。コッチコッチ!」
どこからか聞き覚えのある声が、知っている人の名前を呼んだ。
あの声はポンコツ山田。
そして呼んだ名前は、鮎原くん。
声の方に顔を向けると、男子の2人組がコッチに近付いてくる。
“えっ!? いったい、私に何の用??”
「ちぇっ、特等席はメガネ先輩に取られちまっている。あっち行こうぜ」
ポンコツ山田のヤツ、私が聞こえないとでも思っているの?
私は“メガネ先輩”ではなく、“ツバキ先輩”だ。
それにメガネを掛けている生徒は、私以外にも沢山居る。
その一人一人にいちいちメガネ先輩とか、メガネ後輩とか、メガネ同級生とか、メガネ図書委員とか、メガネ日直とか、とかとか言うつもりなの?
まったくデリカシーに欠けるヤツだとは思っていたけれど、ボキャブラリーも乏しいとは……。
私は滅多に腹が立つことはないけれどポンコツ山田の無神経ぶりが目に余り、睨みつけようとしたとき隣に居る鮎原くんと目が合ってしまい慌てて目を伏せた。
目が合った瞬間、私の中に居る太鼓打ちが大太鼓を力任せにドンと鳴らし、飛び上がるほどビックリした。
“何よコレ!?”
冷静さを保つため驚いたことなど知らない素振りでお弁当箱に手を掛けてみたけれど、大太鼓に続いて数人の小太鼓打ちが次々に囃し立てるように連打を奏でる。
頬が焼けるように熱い。
小太鼓の連打はドンドン早くなり、それに合わせて大太鼓もリズムを取り、私の胸の中はまるで和太鼓祭り。
この状態からもしもサブちゃんが登場したらどうなるの?
答えは“祭り”だよね。
余計なことを心配して、更にドツボにハマる。
こんなにドキドキするのは、2日連続で鮎原くんがリリスと一緒に居たところを目撃したからなのだろうか?
それとも他の理由が……。
他の理由を考えようとすると、触れてはならない何かを警告するように更に心臓の鼓動が大きくなっていく。
“いったい私の中で、何が起きていると言うの!??”
ドキドキしながら考え事をしていたら、お箸で摘まんでいたミニトマトがポトリと地面に落ちた。