***羽田の2人***
「はあ……行っちゃったね」
「うん」
10時50分羽田発のユナイテッド航空7942便で父は旅立った。
搭乗口で別れたあと展望デッキに上がり、父を乗せた飛行機がグングンと高度を上げて空の彼方に消えて行くまで母と2人で見送った。
日本からアラスカのアンカレッジまでの直通便は無いから、父を乗せた飛行機は12時間45分も空を飛びワシントン・ダレス国際空港に到着し、そこから違う飛行機に乗り換えて更に8時間近くも掛けて飛びようやくアンカレッジ国際空港に到着する。
総フライト時間は21時間あまり。
しかもワシントン・ダレス国際空港での乗り換え待ち時間は7時間を超える。
行くだけでも大変な仕事。
見送った後の母の脱力感は、父の苦労をおもんぱかっての事だろう。
昨日は鮎原くんに驚かされて1日を潰してしまい、今日は朝から気分転換にノートパソコンを持ち込んで羽田国際線ターミナルの展望デッキで創作活動に勤しんでいた。
こんな場所では集中できないだろうと誰もが思うのでしょうが、私は自室に居るよりこういった公共の場に居る方が集中できるタイプなのです。
なにしろサボっていると周りから丸分かりですし、余計な人から話しかけられるリスクも高まります。
鬼のように執筆に集中していれば、人から話しかけられる事もありません。
それに狭い部屋の中では疲れた目を癒すために、遠くを見ることは出来ませんが、ここは外ですから遠くを見ることもでき……!?
ちょうど目が疲れたので遠くを見ようとしたとき、展望デッキの向こう側に昨日のリリスと一緒に居る鮎原くんが居るのを見つけてしまった。
“今日も、デートなの……も、もしかして、昨日からズット一緒なの!??”
ハッキリと覚えているわけではないけれど、リリスの方は明らかに昨日モールで見かけたときと服装が違うけれど、鮎沢くんのほうは何だか昨日と似たような気がする。
鮎沢くんの服装が昨日と同じだとすれば、コレが意味するものは“お泊り”に他ならない。
つまり鮎沢くんは昨夜リリスのアパートに泊まったのだ。
うわぁ~私より1歳年下のくせに、なんというマセガキ!
噂によると鮎沢くんはマザコンだと聞いていたけれど、全然マザコンじゃないじゃない!
リュックからバードウォッチング用に買った16倍・防振双眼鏡を取り出して覗く。
ココからだと角度の関係で鮎原くんの表情は見えないけれど、リリスの表情はチャンと見える。
やはりリリスは美人だ。
年齢が上と言うこともあって、可愛い容姿の中にもシッカリしたお姉さんっぽさが漂う。
こういう雰囲気が、年下の男性を虜にさせるのか……。
私とは容姿が異なるので、それが参考になるのかどうかは分からないけれど、鮎沢くんが年上の女性に興味がることだけはハッキリと分かる。
“1つ違いだけれど、私も年上……”
なんだか胸の奥が熱くなり頬が勝手に火照る。
“いったい私は何を期待しているのだろう”
双眼鏡のレンズ越しに見えるリリスの表情は、昨日と違って何だか少し疲れているようにも見える。
“そりゃあ疲れるわよ。1晩中一緒だったんだから……”
そう思った途端、火照った頬にマグマが噴き出したような強烈な熱さを感じ、恥ずかしさで顔を伏せる。
私ったら、いったい何を考えているのだろう……“
自責の念に駆られて持っていた双眼鏡を机の上に置き、何だか周りの人たちが私を見ているような気がして、広げていたノートパソコンも閉じて双眼鏡と一緒にリュックに仕舞い帰り支度を始める。
もう止そう。
他人のプライバシーを覗くようなことは、私には似合わない。
私は、私なりのペースで生きて行く。
帰り支度を終えて席を立ったとき最後にもう一度リリスと鮎原くんの居た方を見ると、もう2人はそこに居なかった。
少し冷たい海風が私の心を抜けて行ったのはコノ場所のせいばかりでは無いような気がして、2人の居た場所をしばらく見つめていた。
するとその瞬間、恨めしいほど仲の好い鮎原くんとリリスの幻影が現れた。
私が見ていることに気付いたリリスが、こっちを向いてニッコリと優しく微笑む。
今までの人生で見たこともない美しい微笑み。
しかし気を許した瞬間その微笑みは投げられたナイフのように私の胸に突き刺さり、血を流すことも激しい痛みをともなうこともなく、心の奥深く取り除くことが出来ない位置に“しこり”として残っていた。
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