***迷探偵?椿はるか***
「そろそろ行こうか」
「そうね」
2人が席を立とうとしたとき祐介くん顔が私の方に向き、それにつられるようにリリスもまた私の方を向く。
慌てて新聞で顔を隠し、新聞の影からリリスたちの様子を窺う。
立ち上がったリリスの姿を見て、あらためて驚いた。
鮎原くんに比べると背は低いけれど、リリスは日本人成人女性の平均身長(159.5cm)よりは随分背が高い。
それにも増して、8.5頭身くらいありそうな小顔に、スラリと伸びた手足はまるでモデル並み……ひょっとしたら本物のモデル? それとも本物のリリスなの??
「あれっ!?」
「どうしたの祐くん、お友だち?」
母が僕の視線を追って言った。
「ああ、同じ文芸部の2年生の先輩」
「名前は?」
「あー……たしか椿さん」
「面白そうな子ね。赤鉛筆で印の入った競馬新聞にフルーツケーキだなんて」
「そうかなぁ、無口だから話した事ないけど」
「なんで話さないの?」
「だって椿さんって、あんな眼鏡かけていて典型的な陰キャラだから……」
「意外に話し易そうな気がするけれど……なんなら私が話しかけてみようか?」
「やめてよ。僕はあまり人と接点を持ちたくないんだ!」
「どうして?」
「とくに僕の周りにいる女子たちは、母さんと違って噂話ばっかりしているから。 嫌なんだ、そういうのって」
「そっか」
そう言って母はクスッと小さく笑った。
新聞に隠れたとき、重大な事に気がついた。
妄想に浸っている間、せっかく買って来たケーキに殆ど手を付けていなかったのだ。
早く追わなければ見失ってしまうけれど食べずに捨てて行くのはもったいないから、まるでお茶漬けを食べるようにケーキをかきこんで2人の様子を見ると、ちょうど通りに出る角を曲がるところだった。
“急がなくては‼”
慌ててトレーの回収コーナーに向かった時、足が空いている他所の椅子を蹴飛ばしてしまい、その拍子に私自身もバランスを崩して転倒してしまった。
ガガガと言う蹴飛ばされた椅子が移動する音。
パタンと言うトレーが床を叩く音。
そしてキャッ!と言う小さな私の悲鳴。
「だ、大丈夫ですか!?」
近くにいた人たちが気遣って声を掛けてくれた。
「だ、大丈夫です。お騒がせして申し訳ありません!」
私は恥ずかしさのあまり、肝心な“ありがとう”の言葉も忘れて慌ててその場を駆けだしていた。
おまけに通路を曲がる時に壁に肩をぶつけてしまい、弾みでクルリと回ってスカートがひらりと広がり、周囲の人たちに注目されてしまった。
“マズイマズイ! 目立たずに尾行しなくては、良い探偵にはなれない!”
「あら、あの椿さん私たちの後をついて来てるよ」
「えっ、どこ!?」
「いいから、いいから」
母は後ろを振り返ろうとする僕を制止して、アクセサリーショップに入りネックレスを買った。
鮎原くんとリリスがアクセサリーショップに入った。
“何を買うの? もしかして婚約指輪??”
いや、婚約指輪を買うならアクセサリーショップではなくてジュエリーショップのはず。
私はアクセサリーショップの斜め向かいにあるレディースファッションのお店から様子をうかがう。
誰か知らない二十歳前後の女性が、私のスカートを指さして笑いながら通り過ぎて行った。
この濃紺のプリーツスカートは中学の時の制服のスカートだけど、アンタの穿いている破れて穴の開いたヨレヨレのジーンズに比べれば随分マシよ! よくもまあ、そんなみっともない格好で外に出られるものだと呆れる。
“新しいモノを買うお金がないの??”
しかし不思議なことに、このショッピングモールを歩く人たちの目は、破れたジーンズを穿く女性よりも私の方に厳しい目を向けているように思えるのは何故だろう……。