***リリス***0520
スカートに付いた埃を払い、モールの入り口では人とぶつからないように用心深くキョロキョロと周囲に気を配りながら中に入る。
私の中で、刑事や探偵の“”と言えば煙草と新聞のイメージが強かったので、一旦駅まで引き返してコンビニエンスストアで新聞を購入したかったのだが、そんなことをしていたら鮎原くんを見失ってしまうのは確実だから我慢した。
煙草の方は未成年なので吸わないし、吸おうとも思わない。
だいいち煙草を吸っても良い場所は、指定の喫煙所だけなので万が一煙草を持っていたとしても張り込み中に煙草を吸うことは出来っこない。
モール内に入って直ぐの所にあるカタログラックから、フロアガイドか大きめのカタログを取るつもりでいたら、読み終わった競馬新聞を突っ込んであったので勝手に譲り受け3階のテラスを目指す。
あんなに慌てて来なくても良かったと後悔するほど、鮎原くんと美貌の年上の女性はマッタリとした時間を楽しんでいた。
テーブルの上にあるポップコーンの容器から、2人が映画を観た後にこの場所に来たことは明白。
私が最初に2人に気付いた時間は11時10分前後だから映画を観終わってここに来るには、低学年向けの機関車〇―マスと官能的な大人の恋を描いた恋愛映画か、ホラー映画の3作しかない。
まさかあの2人が低学年向けの映画を観るとは考えにくいから、恋愛映画かホラー映画の2択であることは明白。
“どっちだ?”
2人に気付かれないように新聞を広げて顔を隠し、ケーキと紅茶をいただきながら考える。
官能的な恋愛映画 vs 話題のホラー映画。
この2つのどちらを観て来たのかと言うことは、2人の関係を推しはかる意味に於いて重要なのではないだろうか……しかし恋愛経験のない私にとってそれを理解するのは難しいので深く考えるのは止めた。
2人の様子を見ていると“不倫”めいた後ろめたさは全くなく、まるで本物の恋人同士か仲の好い従姉弟のように明るくて清々しい。
ひょっとして、不倫のドロドロとした関係と言うのは、小説やドラマの中で意図的に誇張されたモノなのかも知れない。
恋は恋、愛は愛。
たとえそこに何らかの裏切りがあったとしても、その時の当事者同士にとってみれば正に心からとろけてしまうような甘いひと時に違いない。
はたしてアノ美貌の年上女性は、祐介くんをどうしようとしているのだろう?
2階のテラスの着くと、祐介くんと美貌の年上女性が座っているテーブルが見える場所から少し離れた椅子に座る。
なんかイチイチ“美貌の年上女性”という言い回しが面倒になってきた。
スパイとかの物語に付き物なのがコードネーム。
そこで彼女のコードネームを考えた。
サキュバス。
サキュバスは、性行為を通じて男性を誘惑する悪魔だけど、彼女にはそのような印象はなく、サキュバスよりもマリアさまに近いように感じる。
ハーピー。
人間の女性の頭を持った鳥のモンスターであるハーピーは、食糧を見ると意地汚く貪り食う下品で不衛生な怪物だけど、彼女はかなり清潔そうで大食いの印象もない。
ラミア。
上半身が人間で下半身が蛇のラミアは、神と通じたためにその妻によって自身の子供を失い、苦悩のあまり他人の子を殺す女モンスター。
美女には違いないけれど、彼女には悲壮感もなく、どう見ても清々しい。
メドゥーサ。
髪の毛が全て毒蛇で出来ているメドゥーサは、見たものを全て石に変えてしまう醜い姿をしているが、元々は神さまが恋してしまうほどの美貌の持ち主だった。
たしかにアノ人も美貌だけれど、祐介くんは神さまと言う感じはしないのでイメージが湧かない。
リリス。
後にサタンの妻になったリリスは、男児を害する美貌の悪霊。
彼女も今まさに祐介くんをたぶらかしているから、まさにリリスそのもの。
そうだ! 彼女のコードネームはリリスにしよう‼
コードネームが決まると、俄然ヤル気が出て来た。
やはり小説を書くにしてもヤル気にさせてくれるキャラクターは必須。
好いキャラクターは個性が特別強いので物語の世界を自由に切り開いてくれるから作者自身のスランプだって簡単に乗り越えてくれる魔法の力を持っている。
リリスが今後どのように私の好奇心を刺激してくれるのかと思うと本当にワクワクしてきた。