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ジョセフの誕生日パーティーの日が到来した。
連日お手伝いさんたち総出で準備されたガーデンパーティー。
厳選して来客数が百を超える大規模な催し。わたしは朝からそわそわとしていた。
なんだか皮膚がぴりぴりしてきたよ。これが噂の武者震い?
家族揃って朝食を取っている中、わたしは猫用の味つけされていないオムレツをガツガツ貪り食ってから、すぐに猫ちぐらから例の石を持って再びダイニングへと意気揚々と舞い戻った。
赤ちゃん用の椅子に座って離乳食を食べさせてもらっているルーカスが、ぐずりながらわたしに手を伸ばしているが、ごめん今だけは待ってね。
「ぅぉにぃ、にゃん!」
「わっ、またココがお兄ちゃんって言った!」
美しい所作を習得中のジョセフが、ナイフとフォークを持つ手を止めて驚いてわたしを見下ろす。奥様や旦那様もどうしたのだろうと、わたしの動向を見つめている。
「みゃん!」
ジョセ、誕生日おめでとう!
わたしは恭しく丸い石を差し出した。
誕生日プレゼントだよ!
「もしかして……誕生日プレゼント?」
「にゃん!」
ジョセフはぱっと笑顔になって、椅子から降りると床に置かれたわたしの石を受け取ってくれた。そしてそれをまじまじと眺めてから、興奮して旦那様の元へと駆け寄っていく。
「すごい!! 父上! ココが魔晶石をくれた!」
魔晶石? なにそれ、水晶の一種?
旦那様はジョセフの手に乗る石を摘み上げて検分し、目を見開いてわたしを見た。
だけどすぐにジョセフへと微笑み、大事にしなさい、と彼の手のひらの上へと戻した。
やはりあれは名のある石だった。
わたしはご満悦でゆらゆらとしっぽを揺らす。
ジョセフばかりに構うせいか、ルーカスが本格的にぐずりはじめたので、子供用椅子の肘掛けに器用に登って、にゃん、と鳴く。
最近ルーカスは大泣きをだいぶ卒業して、今度は拗ねたりぐずったりするようになってきた。泣くは泣くんだけどね。
たぶんわたしのことを自分専用のぬいぐるみだと思っていて、誰かに取られるのをすごく嫌がる。これが独占欲か、と思う今日この頃。
ジョセフにプレゼントを贈るという任務も完了したし、今日はルーカスについていてあげるか。
だけど……なんか大事なことを忘れている気もする。
にゃんだっけ?
「ジョセ。今日はあなたと同じ年頃の子たちがお祝いに来てくれるから、みんなと仲良くするのよ?」
「うん、わかってる」
ジョセフは魔晶石に夢中なので、奥様の話を半分聞き流しながら相槌を打っている。
「男の子ばかりではなくて、女の子ともよ?」
「うん。婚約者選びもちゃんとするよ」
婚約者選び!
そうだ、それだ。すっかり忘れていた。
ジョセフを小悪魔たちから守る使命があったのに、忘れていたなんて……。
もう当日だよ。なんの策も練っていない。
肩を落としたわたしをルーカスが撫で撫でして慰めてきた。
そうだよね、まだ遅くないよね?
ふたりでお兄ちゃんを守るんだもんね。
猫の特性を活かして、隠密行動をしよう。
子供相手なら本音をうまく拾えるかもしれない。
わたしは鼻息荒く意気込んだ。
旦那様と奥様は主催者なので、お客様の挨拶回りをしなければならない。主賓ではあるが、ジョセフもふたりについて回っていた。
その間わたしはというと、ルーカスのお守りを任されていた。
猫に赤ちゃんを任せていいの? って思うだろうけど、ちゃんと近くでお手伝いさんたちが見張っている。
ルーカスはすでに、会場である庭に用意された子供用の椅子に着席させられていた。
もちろんルーカスのすぐ横にわたし専用の椅子もあり、ルーカスのものとおんなじ椅子で、仲良く並んで座っている。
はじめはお手伝いさんたちが忙しなく動いていた庭も、次第にお客様で溢れ出す。ジョセフと同じくらいの年頃の子供を連れた大人たちも続々と現れた。
見知らぬ大人と子供の群れに、ルーカスが不安になったのか、ぐずりはじめた。わたしはすかさず、しっぽをゆらゆらとさせて、ルーカスの気を引く。
ほーら、しっぽだよー。掴んでごらんー?
ルーカスはしっぽを掴もうと手を伸ばすので、適度に躱しながら時間を稼ぐ。
挨拶、結構時間かかるな。
ルーカスはわたしのしっぽを掴んで、機嫌を取り戻したのでほっとしていると、招待客の中に仔犬を抱いた女の子がいることに気がついた。
ペット同伴OKなの?
猫がいるのだから、犬がいても全然いいけど。
ころころとした黒い仔犬は、ちょっとだけ目つきが悪い。はじめての場所にかなり警戒しているみたいだった。
女の子はわたしとルーカスを目にすると、こちらに歩いてきた。
ここがペット専用コーナーだと思ったのかもしれない。
女の子は近づいてくると目を見張るほどの美少女だということがわかった。ウェーブがかった豊かな黒髪に、少しきつめの顔立ちをしている。彼女の抱えている仔犬もよく似た顔つきをしているのがおもしろかった。
わたしたちの席の横に、彼女は黙って座る。もちろん仔犬を膝に乗せたまま。
親はどうしたのかと周囲を見渡すが、人が多くてよくわからない。
仔犬はやはり四つ脚仲間だからか、わたしが気になる様子。
じろじろ見られているが、わたしはそれどころではなかった。
遠くに見えるジョセフに、数人の女の子が群がっているのだ。
小娘どもめ、うちのジョセに色目を使って!
ドレスに毛がつくとか言うような女の子はだめだよ!
そう言う子は絶対動物嫌いだから!
ジョセフまでが遠い。しかしルーカスを置いていくわけにもいかない。むしろルーカスをひとりにしたら間違いなく攫われる。
だめだ、そわそわする。
じっとなんか、していられない。
「みゃおん! (ジョセもルカも、わたしが守らないと!)」
「わおん! (シシリアは俺が守らないと!)」
……うん?
なんか、今……わたしの鳴き声にかぶってなんか聞こえた気がする。
きょろきょろと辺りを見渡し――……隣の仔犬と目が合った。
「みゃん(あ、どうも)」
「わぅ(や、こちらこそ)」
……え?
……いやいや、え?
わたしは目を見開いて、同じような表情をする仔犬に、わなわなとしながら前脚を突きつけた。
「(犬がしゃべったー!?)」
「(猫がしゃべったー!?)」
わたしたちはそれぞれ、にゃん! わん! と声を上げてひっくり返った。
四つ脚仲間との衝撃の出会い