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ジョセフの誕生日プレゼントは、お庭で拾った丸い石に決めた。
ガーランド家のお庭はとても広い。
普段は行かないエリアに忍び込んで、綺麗な青緑色の池のほとりで見つけたのが、この石だ。
まず丸さ。完璧な円を描くこの曲線美。わたしはこれほどまんまるな石を見たことがない。
そしてわたしがぎりぎり口に咥えて運べる大きさ。うっかり飲み込んでしまわないよう、休憩しながら一時間かけて運んだ。起き抜けにわたしがいなかったルーカスにはめちゃくちゃ泣かれた。
そして色。これ大事。
なんとジョセフの髪と同じ色なのだ。
透明度の高い紅水晶のようで、瑞々しい輝きを放っている。
たぶんこれは、名のある石だと思う。
その辺に落ちていていい石じゃない。
ガーランド家の先祖が間違って池に落とした家宝とかだ、きっと。
わたしはご機嫌で猫ちぐらのクッションの底にその石を隠した。
誕生日当日にジョセフをびっくりさせるつもりだ。
プレゼント問題も解決したしと、わたしは足取り軽く奥様におやつをねだりに行った。
「みゃうん」
足元に擦り寄ると、今日もおねだり上手ね、と笑って缶詰を空けてくれた。
あ、新しい缶詰だ。わたしは文字が読めないので、なんて書いてあるかわからない。だけど魚っぽい絵が書いてあるから、魚の缶詰だと思う。
「みゃうろ」
「今日はマグロじゃないの。これは……あれ? なんだったかしら? …………イルカ?」
イルカ!!??
待って待って、イルカって食べれるの!?
ちょっ、黒っ! 缶詰の中の煮魚、黒っ!!
わたし専用の小皿に、缶詰の中の得体の知れない黒い切り身が置かれて戦慄する。
これ、食べれるやつ……? 食べてもお腹壊さない?
おずおず見上げた奥様はわたしの恐怖心に気づくことなく、いつもと違う缶詰だから警戒してるのねー、なんてのんきに納得している。
いい加減、わたしも文字を学ぶべきか。
得体の知れない食べ物を回避するために。
頭をひと撫でして、鼻歌を歌いながら行ってしまった奥様の背中を眺めながら、ひとつため息をついた。
お皿に乗せられた以上、食べるしかない。
念のため前脚の先でつついてみる。触り心地は普通の魚っぽい。黒いけど。
おっかなびっくりひと口かじる。
もぐもぐして、ごっくん。
「……」
うん。イルカじゃなくて、鯨。
鯨の缶詰に疲弊させられたわたしは、八つ当たりで旦那様の仕事部屋を襲撃した。
旦那様の執務机の上まで、お尻をふりふりしてから、勢いをつけて、ジャンプ!
すたん、と軽やかに飛び乗ったわたしは、お仕事中の旦那様の横顔を見上げた。
あ、眼鏡。
書類仕事のときはこうしてたまに眼鏡をかける。旦那様はなにをしてても顔がいいから得だよね。サングラスでも似合いそう。マフィアっぽくて。
旦那様は集中しているのか、ペンを持つ手は止まらないし、眉間にもしわが寄っている。わたしの存在にも気づいていないらしい。
忙しいなら、邪魔したらだめだよね。
わたしはお利口猫ちゃんだから、邪魔していいときとだめなときの判断は的確。今はだめなときだ。
お手伝いしてあげたいけど、わたしはしがない猫でしかない。猫の手でも借りたいというのなら、貸すこともやぶさかではないよ。
でも……と、わたしは自分の肉球をそっと見下ろした。
ペンは持てない、けど、肉球でスタンプなら、なんとかいける。
しっぽはルーカスが嫉妬すると思うから貸せないし。
ちなみにルーカスはジョセフと一緒にお昼寝中。ちゃんと起きる前には帰るつもりだよ。
ふたりの代わりに、わたしが、旦那様を労わないとね。
旦那様、お仕事お疲れ様です。
心の中で感謝して、わたしは旦那様の手元を覗き込んだ。
文字はわからないけど、数字はわかる。帳簿かなにかかな。小さめのそろばんっぽい道具もそばにある。
しかしそろばんの珠って、なんか……こう、ぱちぱちしたくなる。
今は使っていないみたいだから、前脚でちょいちょい珠を動かしてみた。わたしが猫だからなのか、だんだん楽しくなってくる。
ぱち、ぱち。この音がいいよね。ぱち、ぱち……。
「ココ……?」
そろばんを弾く音でようやくわたしの存在に気づいた旦那様は、眼鏡を外してこちらへと目を向けた。
中途半端に浮いた前脚を、そっと戻して澄まし顔。悪いことをしたわけじゃないけど、なんとなく。
「計算機で遊んでいたのか?」
遊んでいたわけじゃ……いえ。はい、そうです。
これはなかなか癖になるおもちゃだった。ぜひわたしにもひとつプレゼントしてほしい。
「ははっ、ココ。これはおもちゃじゃな……」
旦那様の言葉が途切れたので、わたしは小首を傾げた。
そんなわたしの顎を旦那様がくすぐりながら、苦笑する。
「やっぱり、賢過ぎないか?」
あ、計算してたの、バレちゃった?
わたしは秘儀、おばかな猫のポーズでごまかした。
優しい旦那様は騙されてくれた。
サービスで、普段は奥様にしかしないありがとうのポーズで陥落させておいた。
ふふ。手抜かりはない。
猫好きの旦那様は一生わたしには勝てないと思う。
ルーカスが起きる前に、わたしは昼寝をしている兄弟の元へと移動。
日差しのあたたかい庭に面した掃き出し窓のそばで、タオルケットをお腹にかけて眠るジョセフとルーカスはかわいいの一言に尽きた。
奥様、今こそシャッターチャンスだよ。
なんで肝心なときにいないかな。もう撮ったあとなのかな?
わたしはふたりの間に入り込むと丸くなる。
ひなたぼっこ最高。
ぬくぬくしていると、ルーカスがゆっくり目を開けた。起きて最初にわたしの姿が見えたからか、安心したように小さな手でわたしの体を抱き寄せる。
いつもはしっぽを掴んでくるのに、今日はぬいぐるみにするようにぎゅっとされた。
子供に手加減を求めても無駄なのはわかっているけど、わたし繊細猫ちゃんだから、優しく扱ってね?
「あーう」
「みゃーう」
「だう」
「みゃう」
会話ごっこをしていると、ジョセフが目を擦りながらこちらを向いた。
ごめん、起こしちゃった。
それでもジョセフはお兄ちゃんなので、わたしたちに怒ったりはしない。
「ルカ、ココはぬいぐるみじゃないよ。こうやって、よしよし、ってしてあげないと」
無抵抗で絞め技をかけられていたわたしは救出されて、ジョセフは猫の撫で方のお手本を見せる。
ありがとうジョセ、助かった。
「ううー」
お気に入りの猫を奪われてルーカスは不満そうに唸ったけど、お兄ちゃん子なのでジョセフを真似てわたしをぺちぺちと撫でた。
おおう、お尻を軽く叩かれると、なんかしっぽが勝手にぴんとなってしまうんだよ。
「ココは女の子だから、優しくしないとだめだぞ?」
「こーこ」
にゃんと!?
ルーカスがしゃべった!?
「今、ココって言った!? ココって言ったよね、ルカ!?」
ジョセフが興奮してルーカスを抱き上げる。
「ルカもう一回! ココだよ、コーコ」
「うぁう」
「ああー……だめかぁー……」
ルーカスはもう意味のわからない赤ちゃん言葉に戻ってしまい、ジョセフは落胆する。
だけどルーカスがはじめて話した言葉はわたしの名前。偶然でも、これはもはや揺るぎない事実。
簡単で呼びやすい名前でよかったよ。奥様ありがとう。赤ちゃんでも呼べる名前にしてくれて。
わたしは感動のまま鳴いた。
「みゃうろ」
間違えた。イルカショックのせいで、つい。
「あ、またココのマグロが出た」
ジョセフの中で、わたしのマグロへの感動が激減している。調子に乗ってマグロマグロ言い過ぎた。反省。
ジョセフの膝の上で抱っこされているルーカスが、わたしのしっぽを探しながら不思議そうに言った。
「みゃーろ?」
「ルカがマグロって言った!!」
前々から思ってたけど……ジョセフの判定はあま過ぎると思う。
「ルカ、マグロ。お魚」
マグロを教えてどうする。
それはわたしの専売特許だよ。
「まーう?」
「そうそう。早くルカとお話しできるようになるといいなぁ」
そうだね。
ルーカスの成長も楽しみだけど、わたしはジョセフの成長も楽しみにしてるよ。
【好物】マグロ>お魚ビスケット>>鯨>>>>イルカ【論外】