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 子供の成長はびっくりするぐらい早い。


 本当に突然ルーカスが寝返りを打てるようになった。


 予兆とかなかったよ?


 なんか体がゆらゆらしてるなと思ってたら、急に背中からのしかかられて、わたしはなにが起きたのかわからず潰された。潰れ猫だ。


 そんなこんなで、わたしはたまに下敷きにされつつ、彼の成長を一番近くで見守っている。


「ルーカ! こっちだよ、こっちおいでー」


 現在絶賛ハイハイの練習中!


 うつ伏せで手足をじたばたさせるルーカスは、手を打って呼ぶお兄ちゃんの方へと行こうと絨毯と格闘しているが、残念ながらお腹で進むのは不可能だ。


 手足が無常に宙をかく。


 水中じゃないんだから、こうやって、左右の手を交互に出していかないと。


 右前脚を顔まで掲げ見せてから下ろして一歩前進、次に左前脚を顔まで掲げ、また一歩前進。そしてまた右前脚。


「みゃん、みゃん、みゃん」


 こうやって歩くんだよ。


 四つ脚の先輩であるわたしがハイハイ指導をする傍らで、旦那様が萌えを暴発させて膝をついた。旦那様、相変わらず猫好きだよね。


 奥様は奥様で、この一瞬を切り取ろうと、ぎこちない動きでシャッターを切りまくっている。


 そう、カメラ!


 魔力で動くカメラがあるんだよ。すごくない?


 白黒写真なんだけど、家族の記録を残すために買った骨董品みたいなカメラ。金色で見た目がかっこいい。


 だけどお高い品なのか、それとも魔力がいっぱい必要だからか、あまり普及はしていないらしい。


 電話とかも普通にあるよ。黒電話。黒くないけどね。金色。ちゃんとおしゃべりできるらしいけど、やっぱり電話自体の数が少ないからか、滅多に鳴らないインテリアになっている。壁のチンベルの方が便利だしね。


 もちろん車もあるよ。めちゃくちゃクラシックカーで、これは本当に富裕層しか使っていないらしい。


 遠方への移動にはトロッコ列車を使うんだって。いつか乗ってみたい!


 おっと、話が逸れた。


 ルーカスがわたしの真似をして右手を掲げて、ペチンと絨毯についた。だけどそこから、体が上手に持ち上がらない。


 ハイハイ習得までには、まだもう少し時間が必要かもしれない。


 ジョセフがわたしの指導に合わせて手を打つ。


「右、左、右」


「みゃん、みゃん、みゃん」


「あぅ、あぅ、あー」


 わたしたちのやり取りを見守っていた旦那様がぽつりとつぶやいた。


「……ここは天国だろうか?」


 幸いにも旦那様の残念な発言はわたしの耳にしか届かなかった。父親としての尊厳と、世間に浸透したクールなイメージが崩れず、ほっとした。


 もちろんわたしは気遣い猫ちゃんだから、聞かなかったことにしてあげたよ。


「みんな、ハイハイの練習はそこまでにして、おやつにしましょうか?」


 わーい! お魚ビスケット!


 わたしは持ち前の俊敏さを生かして一番に奥様の元へと駆けつけたが、ルーカスが泣いたので仕方なくジョセフに一番を譲ることにして引き返した。


 ほら、しっぽだよ。


 わたしのしっぽの魅惑に取り憑かれたルーカスが先端を掴む。


 夜中の睡眠時に限り、毛玉しっぽが現役で活躍中だけど、ルーカスはわたしのしっぽが一番のお気に入り。


 さすがに自分が寝ているときに寝返りで潰されたくはないから、夜間は毛玉頼りだよ。


 奥様ー、おやつください!


 わたしがルーカスにしっぽを掴まれながら前脚を合わせてちょうだいちょうだいをしていると、奥様は相好を崩しながらカメラを構えた。


 いや、写真じゃなくて。


 連写しなくていいから!


 お魚ビスケットくださいー!





 我々の指導の甲斐あり、ルーカスが無事ハイハイを習得した。


 よたよたと這うルーカスに、わたしは魅惑のしっぽを揺らめかせながら前を進む。


 とことこ。てちてち。


「みゃうん?」


 さあ、お勉強部屋のジョセフに特攻をかけようか?


 振り返って目が合ったルーカスは、うー、と返事をした。よしよし。


 ジョセフが勉強部屋にこもって一時間。そろそろ飽きて来た頃合いだから、癒し猫としてしっかり活躍しないとね。


 とことこ。てちてち。


 ルカもジョセに遊んでほしいよね?


「みゃーん?」


「うーあ」


 だよね。うんうん。お兄ちゃん子だよね、きみ。


 会話が成立しているかはわたしにもわからないけど、目的地は一緒。ジョセフを訪ねて三千里。


 そんなわけでひとりと一匹で旅に出たわたしたちは、通りがかった部屋から聞こえた旦那様と奥様の声に揃って足を止めた。


 おあつらえ向きにドアがちょっとだけ開いていて、わたしは顔だけ覗かせる。ふたりはなにやらテーブルに置かれた紙を向い合って見ながら話している。


「まあ、こんなに? 招待状、足りるかしら?」


「外せないところ以外は次回に見送ればいい。いきなり大勢と会っても、きっとジョセの印象に残らないだろう」


「そうね……。ジョセと気が合ういい子がいるといいけど……」


「まだ正式に決定するわけじゃないから、そこまで気負う必要もないだろう。ジョセも今度の誕生日パーティーが自分の婚約者選びも兼ねているときちんと理解しているし、気負わず、数年かけてじっくり選べばいいと言ってある」


 にゃ、にゃんですと!?


 婚約者選び!?


 ちょっと早過ぎないかと思うけど、貴族のお家では普通のことかもしれない。


 ジョセフはガーランド家の後継だし、ちゃんとふさわしい嫁を選ばないといけないのかも。


「みゃうん……」


「うー……」


 だけどさ、それとわたしたちの感情は別じゃん?


 ジョセフの婚約者探しはまあ仕方ないとしても、ジョセフの婚約者がわたしたちと遊んでくれる子なのかが問題だよ。


 たとえば猫嫌いの子とかだったら……困る。めちゃくちゃ困る。


 ジョセフが選ぶのならきっと猫好きの子を選んでくれると思うけど、ガーランド家よりも格上の家から無理矢理婚約させられたりしたら……。


 これはいかん!


 わたしがジョセフを魔の手から守るよ!


「にゃ!」


 ルカ、ふたりで手を合わせてお兄ちゃんを守るよ!


 早速作戦会議だ。ルカ参謀ついて参れ!


「うーあ!」


 ひとりと一匹、来た道を引き返した。短い旅だった。





 まずどんな子ならぎりぎり許せるか、そのボーダーラインを決めるべきだと思うんだよね。


 最低でも動物が好きな子じゃないと。


 あと、ルーカスとも仲良くできる子。


 あ、でもでも、ルーカスに色目は使わない子。これ大事。兄妹で女の子の取り合いとか、そんな修羅場はいらないよ。


 ちゃんとジョセフを愛してくれる子でないと。


 理想はやっぱり旦那様と奥様の、仲良し夫婦。たまに一緒にお風呂に入ってることを、わたしは知っている。二日に一回は寝室が立ち入り禁止になっていることも。


 わたしは純粋猫ちゃんだから、寝室で行われていることに言及したりしない。きっとふたりでオクラホマダンスでも踊っているのだろう。


 そんなことよりも、ジョセだよ、ジョセ!


 カッと目を見開くと、ルーカスが目をぱちくりとさせた。旦那様に瓜ふたつなこの子は、ぱっちり二重のジョセフよりは切長の涼しげな目元をしている。将来有望な美形兄弟だ。


 となるとだよ? その辺の女性陣が放っておかないわけじゃないですか。


 ジョセフなんて跡取りだよ跡取り。顔よし性格よし家柄よしの完璧王子様だよ。絶対変な女がうじゃうじゃ寄って来る。それこそ旦那様みたいに。


 旦那様は家族以外には冷たいので、ある程度追い払うことができているけど、ジョセフは心根が優しくて押しが弱い。


 肉食女子に襲われて、なし崩し的に結婚させられそうな未来が見えるよ。


 だから幼いうちから婚約者を決めておくというのは道理に適ってはいるけど……。


 ジョセフが好きになった子と結ばれるのが一番だけど、人間なんてみんな腹黒い生き物だから心配しかない。


「だぅ」


 ちょこんと座ったルーカスが自分の足の間を手で叩く。


 え、そこに座れって?


 仕方ないなぁと、ルーカスの足の間にわたしはちんまりと収まった。頭や背中をうりうり撫で繰り回されながら考える。


 あ、耳は引っ張っちゃだめだよ? 食べるのもだめ。


 ルーカスに、にゃ、と言い聞かせてから、考える。考える猫。


 誕生日プレゼントも考えなきゃだし、考えることがいっぱいだよ。


 とりあえず、ルカ?


 わたしの頭によだれを垂らすのは、やめよっか?




わたしの目の黒いうちはジョセに婚約者なんて認めない! …………はっ! わたしの目、青だった……。


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