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 解せん。


 ルーカスがベビーベッドにくくりつけられた毛玉しっぽを掴んでお昼寝しているのを見ながら、もう一度言った。解せん。


 それはわたしでありわたしではない。


 寝たのを見計らって旦那様と奥様のふたりがかりでそっとしっぽの入れ替えをしたのはついさっきのこと。


 今のところルーカスは気づかず眠ったまま。


「一時凌ぎにはなったかしら?」


「起きてからもこれで対応できるか、様子見だな」


 わたしは自分のしっぽをちらりと見下ろして、いじけてぱふんと床を打った。


 だけど考えようによっては自由時間が増えたわけで、わたしは気持ちを切り替えてジョセフの元へと特攻をかけた。


「みゃおん!」


 ジョセ、遊んで!


「ココ!? ルカはいいの?」


 ルーカスはわたしの偽物に釣られて寝てるから、ジョセフに遊んでもらわないと寂しくて拗ねる。


「だめだよココ、僕、勉強しないと」


 えー……と思ったけど、勉強してるなら仕方ない。


 ジョセフの勉強机の上で寝そべって見守ることにした。もちろんテキストに乗らない配慮をして。


 自習なんてえらいね、ジョセ!


 前脚をぺろぺろ毛繕いし、ついでに肉球まで丁寧に綺麗にしてから、わたしはジョセフのテキストに目をやった。


 うーん、なになに? え、文字いっぱいで難しそう……さっぱりわからにゃい。


 というかわたし、この世界の字って読めないんだよね……。


 なんとなく魔術系のテキストかな、とは思ってるけど。


 だけどこのくらいの年の子がする勉強って、てっきり算数とか読み書きだと思ってたけど、がっつり魔術関係の勉強なんだね。わたしではお手上げだ。


 万歳ポーズで転がっていると、ジョセフがため息をついた。


「ココはいいなぁ、勉強しなくてよくて」


「みゃん?」


 ジョセ、勉強嫌い? わたしも嫌いだよ。だから勉強しないでいいだけで猫最高。


 でもジョセは勉強しないと。ガーランド家ってそこそこの貴族でしょう? お馬鹿さんだと舐められるからね。


 舐めても舐められるな。


 舐め猫からの助言だよ。


「なんかココって、たまにお姉さんぶった澄まし顔をするけど、僕の方が年上だからね?」


 いやいや、わたしの精神年齢余裕で旦那様を超えてるからね?


 猫歴は一年にも満たないけどさ。


 わたしが邪魔してしまったせいか、ジョセフがペンを置いて頬杖をついてしまった。


「ルカがすごい魔力を持って生まれただろう? せめて勉強ではお兄ちゃんらしいところを見せようと思ったんだよね。父上は僕に家督を譲るって言ってるけど、周りが賛成してくれるかわからないし……」


 そんなの子供が考えることじゃないよ?


 それに周りがなんて言おうと、旦那様が意見を翻すとは思えない。


 この国、長子相続なのかな?


 長子がどうしようもないろくでなしならわかるけど、魔力のことでジョセフが得るべき権利を手放す必要はないと思う。


 ルーカスもジョセフのことお兄ちゃんとしてめちゃくちゃガン見してるから、これから先、仲良のいい兄弟としてやっていける可能性大だよ。気にしなくていいよ、そんな有象無象の戯言なんて。


 兄弟なんだから、手を取り合って生きていけばいいんだよ。いがみ合う必要なんてないない。


 余計なことを言ってくるやつがいたら、わたしが必殺猫パンチをお見舞いしてやるからね。


 というか、そういうやつらがジョセやルカに接触しないよう、わたしも咬み猫としてがんばらなねば!


 ジョセフの腕にぽすぽすと肉球で触れると、猫の額をちょいちょいと撫でられた。


「慰めてるのか? 僕がお兄ちゃんだって言ってるのに」


 ジョセフの手にじゃれついて爪を引っ込めた脚でキックキーックってしていると、ルーカスの悲愴感たっぷりな壮絶な泣き声が屋敷中に轟いた。


 驚いてふたり揃ってちょっと体がびょんって浮いた。


「うわっ、ルカが泣いてる!」


 慌てたジョセフに抱っこされて、ルーカスの元へと向かう。


 旦那様と奥様が、わたしを見てほっとした顔をしたのをわたしは見逃さなかった。


 ほらぁ、あんな子供騙しじゃ一時間も持たなかったじゃん。


「ルカー? ココ連れてきたよ、ココだよ」


 ベビーベッドにそっと置かれたわたしは、大泣きするルーカスにするりとしっぽを差し出した。ルーカスは小さい手でしっかりとわたしのしっぽを握りしめると、だんだん泣く声が弱くなっていく。


 本当にわたしのしっぽ、万能薬だね。泣く子も黙る美麗しっぽとはわたしのしっぽのことだよ。


 ルーカスはぽろぽろと目から涙をこぼしながらも、自分にお気に入りの猫を届けてくれたジョセフをしっかりと見上げて、ちょっとだけ笑った。


「あぅあ」


「ルカが笑った! しかも今、お兄ちゃんって言った!」


 さすがにお兄ちゃんとは聞こえなかったけど、ジョセフにはそう聞こえたらしい。子供の感性ってすごい。


 興奮するジョセフを旦那様が抱き上げた。その顔はとても優しい。眼福です。


「よかったな、ジョセ」


「うん! ルカはちゃんと僕のことをお兄ちゃんだって思ってくれてる。……ココは弟扱いしてくるけど」


「あら、そうなの、ココ?」


 どちらかと言えばわたしはみんなを守る立場だからね。身を挺してでも家族を守る、それがわたしの存在意義。いわば盾猫だよ。


 だけどジョセフの自尊心をいたずらに傷つけたいわけじゃないからね、ちゃんとあまえることも忘れない。わたしって本当にお利口猫ちゃんだ。


 お口を整えて、いざ!


「ぅぉにぃー、にゃん」


「お兄ちゃんって言った!?」


 がんばったよ、わたし。猫の限界を突破した。


「にゃん」


「ココもう一回!」


「みゃうろ」


「ああー……マグロになった……」


 なんだろうね、マグロが一番言いやすいんだよ。ごめんよ。


 そのやり取りをのほほんと見ていた奥様とは反対に、旦那様はちょっと神妙なお顔をしている。


「前々から思っていたが……ココは賢過ぎないか?」


 はい、親ばかならぬ猫ばか発言いただきましたー。


 それ外で言ったらだめだよ。絶対みんな変な目になるよ。ただの飼い猫自慢にしか聞こえないから。


 まあ、だけど旦那様が言いたいのはそういうことじゃないんだろうけど。


「ココは最初からお利口さんよねぇ?」


 ありがとう、奥様。ずっとそのままでいてね。


「いや、そうではない。ココは、こちらの話していることを察しているというより、理解できている気がする」


 できてますね、遺憾ながら。


 だけど、中身が元人間なのがバレたらどうなる?


 この人たちのことは信用しているから研究施設に連れて行かれることはないだろうけど、気持ち悪いと思われたらショックで寝込む。猫寝込む。


「ココはわかってると思うよ? ココの大好物は?」


「みゃうろ」


「ほらね?」


 ジョセフが胸を張る。


 それくらいならよそ様の猫でも教えればできる範囲だよ。自慢できるほどのことじゃない。


「ココが僕たちの話をわかってるとだめなの?」


 もしかしてココが捨てられるのでは、とジョセフが不安そうな顔をする。なぜかしっぽを握るルーカスの手の力も強まった気がする。


「だめではない。ただ……目をつけられて狙われる可能性がますます高くなるな、と危惧しただけだ。ココは家族なんだから、手放しはしない」


 ありがとう、旦那様!


 わたしは本当に飼い主様に恵まれたよ。


「そうだわ。ココには人前では、おばかな猫のふりをしてもらうとかどうかしら?」


 奥様って、たまにおもしろいこと言うよね。


 ちなみに、おばかな猫ってどんな猫?


「みゃん?」


「いや、逆に怪しまれるだろう」


 とりあえず、やばいってならったらわたしだって上手に躱せるよ?


 ころんとお腹を見せて全身を縦方向に伸ばし、尖塔のポーズ!


「あっ、ココがおばかな猫のふりしてる!」


 えっ、これ、おばかな猫なの……?


 愕然とするわたしに気づかず、とりあえずココは自分で危険を回避できるだろうという結論に落ち着いた。



マグロはうまい(ココ談)

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