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 なーんて、のんきに構えていた時期もありました。


「うわっ、ココ、凶悪犯みたいな顔してる」


「ルカったら、ココに触れていないと凄まじい夜泣きをするのよねぇ……」  


 ええ、ええ。新米ママ並みに夜泣きに苦しめられてるよ。


 夜泣きというか、日中もがんがん泣くんだよね。日課のお散歩どころか、のんびりおトイレすらできない状況。


 猫になってまで寝不足に苦しめられるとは思わなかったよ。


 猫にもプライベートが必要だと思う。


 当のルーカスはというと、今は授乳中。おっぱいを飲みながらも、わたしの背中の毛を掴んでいる。


 赤ちゃんだから痛くはないんだけど、皮膚がみょーんと伸びてはいる。皮膚のたるみと脱毛が心配なお年頃……。


 奥様がルーカスの背中をとんとんして、けふ、とゲップをさせると、それを見計らったようにジョセフが両手を伸ばした。


「僕もルカを抱っこしたい!」


「気をつけてね、ルカの手がココから離れないように、そっとよ?」


 いやいや、気をつけるポイントが独特すぎるよ。


 もっとほかにあるじゃん。しっかりと頭を支えてね、だとか、落とさないようにね、とか。


 ジョセフの腕の中に収まったルーカスは、自分の兄だと認識しているのか、じいっと同じアイスブルーの瞳を見つめている。


「ルカ、お兄ちゃんだよー?」


 にこにこしながらあやすジョセフを、ルーカスは相変わらずおとなしくじっと食い入るように見つめている。


 めっちゃ見るな、この子。


 ルーカスはわたしのこともよくじっと見てくることがある。


 なんか背中がもぞもぞするな、と思って振り返ると、ルーカスと目が合うことが多々あった。びっくりして、そろりと一歩横にずれても、その目が追いかけて来るのはちょっと怖い。今はなるべく気にしないように努めている。


 わたしのほかに動物なんて見たことがないから、もふもふしたわたしがものめずらしいのかな。


 ルーカスはベビーベッドの柵越しに、旦那様や奥様のことも見ていることもあるので、たぶん自分の家族を認識しているんだと思うんだよね。お手伝いさんたちのことはたまにしか見ないもん。


「ルカといつも一緒にいる猫は、ココだよ。コーコ」


 まだしゃべれないと思うけど、ジョセフがお兄ちゃんとしてルーカスに言葉を教えようとしている姿はかわいいしかない。


「早く一緒に遊べるといいなぁ。ルカとココと、おにごっことか、かくれんぼとか」


「お勉強もしないと、アルに怒られるわよ?」


「えぇー……? でも、父上怒ると怖いからなぁ……」


 完全同意。


 だけど旦那様は家族には本気で怒らないと思うよ。


「ちゃんとお勉強して、弟にそれを教えてあげるのもお兄ちゃんのお仕事でしょう? ルカはこれから特に魔力の制御に苦労すると思うから、頼りにしているわよ、お兄ちゃん」


「それって、必要? ココからずっと離れないのではだめなの?」


「……さすがにそれは、ココがかわいそうよ……」


「あ、眉間にしわが寄って、ココがますます凶悪犯顔に……」


 もうマグロでは騙されないよ?


 わたしのご機嫌を取るように毎回ご飯にマグロが添えられてるけど、わたしだっていい加減、蝶々を追いかけ回したり、庭で日向ぼっこしたり、鍋の中で丸くなってお手伝いさんたちをびっくりさせたりしたいんだから。


 しっぽをぱふんと打つと、狙いすましたようにルーカスが掴む先をしっぽへと変更した。


 そのまましっぽの先を口に入れそうになったので、さすがに奥様がやめさせる。口の中毛まみれになるからね、絶対やめなよ?


 あーあ。早くルカと意思疎通できるようになるといいのに。


 魔力の制御とやらができるようになれば、わたしは自由の身だ。ルーカスだっていつまでも猫を連れ歩くわけにもいかないしね。


 わたしに構ってくれるのも子供のうちだけかもしれないから、あんまり早く成長されるのもそれはそれで寂しいんだけどね。


 わたしはジョセやルカの成人までは余裕で生きるつもりだし、ふたりの子供が産まれるくらいまではがんばって生きるつもりだよ!


 猫の寿命って、長いと三十年くらいあるでしょう?


 わたしは定期的に健康診断してるし、健康そのもの。


 睡眠不足も今のうちだけだもんね。しばしの我慢我慢。





 ルーカスがぐっすり眠っている間に、わたしはベビーベッドを抜け出して短い夜のお散歩に出かけていた。


 最近はどの程度の熟睡状態なら、問題なく抜け出せるかわかるようになってきた。


 しっぽをピンと立てて、廊下をとととっと進む。


 運動不足なせいか、やたら走ったり跳ねたりしたくて仕方ない。


 棚やカーテンレールの上に飛び乗ったり、庭の木で爪研ぎをしたり、やりたい放題暴れ尽くす。カーペットにごろんごろんして背中を擦りつけていると、なんか小腹がすいてきたから、キッチンに侵入して棚に隠されているおやつを漁った。


 お魚ビスケット、うまー。


 わたしは元人間なせいか、あんまりキャットフード好きじゃないんだよね。


 カリカリのフードより缶詰のフードの方がまだ食事感があるけど、やっぱり焼き魚とかお菓子が好き。


 最近のお気に入りのおやつを貪り食う。


「うみゃい、うみゃい」


「盗み食いか、ココ」


 急に明かりが灯って、ハッとして戸口を見やると、夜着姿の旦那様が立っていた。


 目が合って、やばい、と思ってすすすっと斜め下に逸らした。しかしそこにはわたしが食べ散らかしたお魚ビスケットの残骸が!


 ま、まずい、物的証拠が足下に。


 ゆっくーりと、わたしは残骸の上に寝そべった。うまい具合にお腹の下に隠せたと思う。


 なにごともなかったかのような顔でスフィンクスの真似をしていると、旦那様が噴き出した。ちらっと見ると肩を震わせ笑っている。


「ココっ、それは無理があるだろうっ……」


 いやいや、上手に隠せてるじゃん。


 わたしはお利口猫ちゃんだから、盗み食いなんてはしたない真似はしないよ。


 お魚ビスケットがここにあったから食べただけで、盗んだわけじゃない。そもそもお魚ビスケットはわたしのものだし。


「こら、悪い子め」


 旦那様に脇に手を入れられて持ち上げられた。


 お腹の下の証拠品を必死に隠そうと後脚で踏ん張り悪あがきする。だけど人間に敵うはずもなく、わたしの悪事が白日の元に晒された。


 あー……。


「食べすぎはよくないから、明日はおやつ抜きだ」


 そんな、殺生な……。


 旦那様はわたしを抱っこしたまま、コップに水を汲んで飲むと、書斎へと向かった。


 こんな時間までお仕事? 大変だね。


 執務机に下ろされたので、ちょこんと座って旦那様を見上げる。


「最近ココに負担が大きいとエリスと相談していたんだ。なにかいい方法はないか、と」


 えっ、なにかあったの?


 旦那様はおもむろに猪毛ブラシを取り出した。わたし専用のそのブラシにテンションが爆上がりする。


 やったー! ブラッシングだ!


 子守り疲れの体を解きほぐす絶妙な力加減のブラッシングに夢見心地になって、わたしは猫にあるまじき無警戒さでお腹を見せてでろんと伸びる。


「このくらいでいいか……?」


 そのつぶやきをスルーしてブラッシングの余韻に浸っていると、旦那様がブラシに溜まった毛を集めてより合わせているのが見えた。


 なにしてるの?


 お菓子作りをするように、手のひらと執務机の間に挟んだ毛玉をころころしている。


 完成したのはちょうどわたしのしっぽと同じ形状の毛玉。


「これをココの代わりにできないか、明日試してみようと思う」


 そんな毛玉とわたしの美麗しっぽを一緒にしないでもらいたい。


 わたしのことが大好きなルーカスがそんなぽっと出の毛玉に騙されるはずがないじゃん。




お魚ビスケット(お魚の形をしたビスケット)

砂糖不使用、優しいあまさのビスケット

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