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 奥様のお腹が大きくなって、わたしは抱っこではなく隣に並んで座る配慮をする賢い猫になっていた。


 前世を含めて妊婦さんとこんなに間近で接したことがなかったけど、これはなかなか大変な大きさだ。


 わたしが小さな猫なせいもあるけど、はち切れてしまわないか心配でそわそわする。


 ジョセフはお構いなしに奥様のお腹に抱きついて赤ちゃんが蹴ったりするのを楽しそうに感じている。


「赤ちゃん、まだかなぁ」


「きっともうすぐよ」


 予定日は実はもう過ぎていて、わたしたちは陣痛に備えて待機していた。


 旦那様はお仕事でお城に行っているので、陣痛が来たらお手伝いさんたちが呼び寄せる予定になっていて、わたしは念のため奥様に寄り添っている。


 さすがに猫なので出産に終始つき合うわけにもいかないから、こうしてずっと充電中。


 生まれてからもその溢れる魔力の状況次第で、わたしは赤ちゃんのはじめてのぬいぐるみと化してベビーベットに添えられるらしい。


 いや、いいけどね。衛生問題さえクリアしてくれたら。


 その辺のジョセフが片付け忘れたぬいぐるみたちよりかは全然綺麗だと思うよ、今のわたし。毎日洗われてるし。


「ねぇ、母上。赤ちゃんの名前は父上がもう決めた?」


「教えてくれないだけで、実はもう考えてあるかもしれないわね」


「僕も考えたかったなぁ。ココもそう思うでしょう?」


 わたし?


「みゃん」


「ミャン? さすがに変だよ、それは」


 ジョセフがおかしそうに笑う。


 なっ、今のは赤ちゃんの名前の候補を挙げたわけじゃないよ!


 わたしだって、なんかこう、すごくかっこいい名前を考えられるんだから!


 ちょっと待ってね、お口を整えて、いざ!


「みゃうろ」


「マグロ!? 母上! ココがマグロって言った!!」


 あ、ちょっと欲望が……。


「ココったら、食いしん坊さんね。夕食にはマグロを用意してもらいましょうか」


 やったあ! 言ってみるものだね。


「みゃうろ、うみゃい」


「今度はマグロうまいって言ったよ!? ココすごい!」


「でも、ココはレディだから、もう少しお上品な言葉を使わないとね?」


 マグロはおいしですわ、って猫には難しすぎるよ……。


「みゃうろ……みゃうろ……」


「ココが切ない声でマグロを呼んでる……」


「そんなにマグロが好きだったのね……」


 赤ちゃんの名前を考えていたはずなのにね……。


 意思疎通できたらいいと思ってあれこれ鳴いてみたが、どれだけがんばっても、わたしにはマグロしか言えなかった。


 だけど夕食にマグロがたくさん出たので、うん、結果オーライ。





 そんなこんなでマグロをうまいうまいと食べていると、突然奥様の陣痛がやってきた。


 そこからはマグロどころじゃなく、ジョセフとおろおろしている間に産婆さんが駆けつけて、遅れて旦那様も慌てて帰って来た。


 旦那様の汗をかいている必死な姿ははじめて見たけど、相変わらず絵になる美丈夫だった。


 わたしとジョセフは産室になった部屋の続きの間でふたりでソファに座っておとなしくしていたが、奥様の絶叫が聞こえるたびにびくびくとしてしまう。


 出産は命懸けだ。


 待ち疲れて寝てしまったジョセフにブランケットをよいしょとかけてやりながら、わたしはソファの背もたれの上にちょこんと座って待つ。


 後何時間かかるかな。難産じゃないといいけど。


 お手伝いさんたちがばたばたと出入りしているものの、今のところ不穏な様子はない。


 すたんと床に降りて、隣室を覗いてみた。


 汗だくでいきむ奥様に、その手をしっかりと握る旦那様。後少しですよ、と励ます産婆さん。きびきび動く看護師さんとお手伝いさんたち。まるで野戦病院のようだ。


 ひっひっふー。


 ひっひっふー。


 わたしは旦那様の背中を駆け上がって、肩から奥様を見下ろしながら繰り返した。ひっひっふー。


 ちょこちょこ絶叫する奥様に青い顔をして寄り添う旦那様を前脚で叱咤しつつ、夜明け前になってようやく、赤ちゃんがこの世に産み落とされた。


 おぎゃあ、と泣く我が子の誕生に、旦那様はちょっと泣いていた。


 出産までにいろいろあったから、気持ちは察するに余りあるよ。


 無事生まれてくれたことに神様に感謝します。


「元気な男の子ですよ」


 産婆さんが涙で潤む奥様の腕へと、泣いている赤ちゃんをそっと移す。


 男の子かぁ。


 どっちでも無事に産まれてくれたらそれで十分。奥様も疲れてはいるけどまだ元気そうだし、本当によかった!


 カンガルーケアをする赤ちゃんはまだしわくちゃで顔立ちはよくわからないなと思ってまじまじ顔を見ていると、赤ちゃんの本当に小さな手が、わたしのしっぽを掴んだ。


「にぎゃっ」


 わたしはお利口猫ちゃんだから、悲鳴をあげただけで反射的に猫パンチとかはしないけど、突然のことにびっくりした。


 赤ちゃんは目は閉じてるし、無意識?


 わたしを掴んだことで、不思議なことに赤ちゃんは泣き止んだみたい。やっぱり魔力が関係してるのかな?


 旦那様が赤ちゃんとわたしの様子を窺っている。


 痛くはないからわたしは大丈夫。でも衛生的に問題なら、離させてあげて?


「みゃん?」


「ココがいいなら、このままにしておいた方がいいかもしれないな」


「そうね……。ココのしっぽを握っていることで、魔力も精神も安定して落ち着いているみたい……」


 癒し猫としての本領発揮ですね。


 産まれてからも魔力がバンバン溢れているのかな?


 制御できるのって、いつになるんだろう。


 ぬいぐるみと化すことに異論はないしお安い御用だけど、魔術師の子って大変だね。


「エリス、私の子を産んでくれて、ありがとう」


 旦那様が奥様の額にキスを落とす。


 わたしは猫なので目を隠したりはしない。役得だと思って目に焼きつけたよ。


 赤ちゃんとわたしがいるのにちょっといちゃいちゃしはじめたラブラブ夫婦に、わたしは空気を読まずに、にゃん、と声をかける。


 そろそろ赤ちゃんの名前候補、教えてくれてもいいんじゃない?


 ずっと赤ちゃん呼びじゃ、かわいそうだよ。


 わたしの言葉が通じるわけもないので、愛を語らい合う夫婦を砂糖を吐きながら見守ったよ。


 わたし、気遣える猫ちゃんなんでね。





 夜通し起きていたせいか、わたしはうっかり旦那様の肩の上で眠ってしまったらしい。


 目が覚めたらベビーベッドで、しかも赤ちゃんにしっぽを掴まれたままの状態だった。


 こちらを覗き込んでいるのはジョセフだ。


「ルカ。ルーカス、もう一回、目を開けてよ〜」


 ルカ? ルーカス?


「ココ聞いて! ルカの目、僕とおんなじなんだよ! 全然開けてくれないけど」


 いや、待ってよ。わたしが寝てる間に赤ちゃんの名前が周知されてるじゃん。


 起こしてよ。わたしも家族じゃん。命名、ババーンみたいなやつ、聞き逃したよ。


 いそいそと身を起こして、赤ちゃんを見下ろす。目を閉じて眠るこの子は、ルーカス・ガーランド。愛称ルカ。


 どうやら瞳はジョセフと同じ色らしい。


 ということは旦那様譲りだね。


 産毛もどうやらシルバーっぽいし、顔立ちはまだよくわからないけど、旦那様要素が多めみたい。


「みゃあ」


 これから家族の一員としてよろしくね、ルカ!


 わたしの言葉が通じたわけではないだろうが、ルーカスがゆっくりと目を開けた。アイスブルーの瞳が、不思議そうにわたしを見つめている。


 かっ、かわいいなあ!


 なにこれ、赤ちゃんかわいすぎ!


 守らなくちゃと思わされるこの感情が母性本能!?


「あっ、ルカが目を開けた! 僕とおんなじでしょう?」


「みゃん」


 確かに一緒だね、ジョセ。こうして見ると似てるよ、きみたち。ちゃんと仲良くするんだよ?


 しっぽをぱふんっと揺らすと、するんとルーカスの手が離れてしまった。


 その瞬間、火がついたようにルーカスが泣く。すぐそばで力の限り泣かれると、わたしは猫なので人間の何倍増しのダメージで鼓膜が破れそう。


「ああっ、どうしよう! 母上!」


 奥様があらあらと言いながらベビーベッドを覗き込む。


 ルーカスの手がわたしのしっぽを探して彷徨っているのを目にして、ごめんねココとひと言謝ってから、しっぽを握らせた。


 それだけでびっくりするくらいぴたりと泣きやむ。


「あ、泣きやんだ」


「当分ココに子守りをお願いすることになりそうね……」


 まあ、しっぽくらいは貸しますよ。


 しばらく屋敷内のお散歩は我慢かな。




ルーカス(ルカ)・ガーランド(0)

ココのしっぽがお気に入り

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