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 いたいけな猫を殺してしまったことに動揺したのか、はたまたわたしの決死の覚悟と形相に怯んだのか、一瞬見せた隙をついて旦那様が令嬢を取り押さえ、同時に奥様がルーカスを抱き寄せたのが目に映った。


 奥様の腕に守られたルーカスは、ぐったりしたわたしを、大きく見開いた瞳で見つめている。


「こーこ……?」


 にゃん……、と、わたしは力なく鳴く。


「ココ!? 母上、ココがっ……!!」


「ああっ、そんなっ……ココっ!!」


 ジョセフと奥様の涙声がすぐそばで聞こえる。ふたりとも地面に座り込んでしまっているようだった。


 わたしは家族を笑顔にするための猫ちゃんなのに、家族を悲しませてしまっている。


 あんなにばっさりやられてしまったから、わたしの生存は望み薄だろう。


 短い猫生だったな……。


 ああ、また走馬灯が……。


 霞む意識の中、いつの間にかそばにいた真っ黒な仔犬がわたしを見下ろして、呆然としたつぶやきを落とした。


「(まじか……)」


「(ごめんよ、フィル公……。出会ったばかりのきみにこんなことをお願いするのは心苦しいけど、できれば、わたしの代わりにジョセとルカを……)」


「(やっぱりおまえ、化け猫なんじゃないのか?)」


 わたしはフィリップの方へとゆっくりと持ち上げかけていた前脚をぴたりと止めた。


 フィル公よ、わたしの捨て身の献身を見ていなかったのか。


 さすがのわたしも抗議しようと顔を上げ…………うん? あれ……? なんか動いても全然痛くないんだけど。


 わたしは数度瞬いてから、おそるおそるお腹を見下ろした。もふもふしている。血が出ているどころか、傷ひとつついていない。


 ちょっと理解が追いつかずに、とりあえず舌で舐めて毛繕いをした。もちろん被毛の下の皮膚にも異常はない。


 嘘……。


 ちらりと見上げた先にいたジョセフと奥様も、涙に濡れた顔でぽかんとしている。


 少々手荒に意識を奪った令嬢を縛り終えた旦那様がすぐさまこちらへと駆けつけて来たが、やはり無傷のわたしを見たら一瞬言葉を失った。


 それでも旦那様はさすがの切り替えの早さで、素早く周囲へと視線を巡らせる。


 客の多くは離れた場所へと逃げており、ここにいるのはガーランド家の面々と、仔犬のフィリップ、そしてシシリア嬢とクリフ少年の兄妹だけ。


 それをしっかりと確認してから、旦那様はわたしのお腹に手を当てた。ふんわりとした光が注がれたかと思ったら、お腹全体ががじんわりとあたたかくなる。


 わたしはこれを知っている。妊娠中の奥様に使っていた治癒魔術だ。


 だけどわたし、無傷なのに?


 わたしの心を読んだのか、それとも家族に聞かせるようになのか、旦那様は声を潜めつつもはっきりとした口調で言った。


「怪我をしていたが治った、という体を取っておいた方がいい」


 確かにその通りだ。普通の猫はざっくりやられたら死ぬ。仮に一命を取り留めたとしても傷は残るだろう。無傷だったわたしはそれだけで異質な存在で。


 すでにフィリップには化け猫って言われた後だ。フィリップでさえそう思うのだから、なにも知らない他人がわたしを見たら、怯えるか研究施設に連れて行くかのどちらかだろう。


 旦那様はシシリア嬢とクリフ少年にわたしのことを黙っていてもらえるようにとお願いした。


 ふたりとも子供ながら頭の回転が早く、わたしのことが世間に知れたらどうなるか、想像がついたのだろう。口裏合わせに協力してくれることを約束してくれた。


 わたしの代わりにジョセフが彼らへとお礼を言う。


「ありがとうございます。ココは大切な家族なんです」


「いえ、そんな……。ココちゃんはフィルのお友達ですもの」


「こっちも、余計なことには関わりたくはないからな」


 言い方はアレだけど、クリフ少年は隠れ動物好きだと見た。


「こーこ」


 わたしはむくりと体を起こすと、一度ふるりと全身を震わせてから、奥様に抱っこされているルカの元へと歩いて行った。


 ほら、全然平気だから。


 にゃん、と鳴きながらすり寄ると、ルカはわたしの体を力いっぱい抱きしめて泣いた。大泣きした。


 幼児の力など大したことないと侮ってもらっては困る。わたしはいたいけな猫ちゃんなので普通に潰れるが、それを言うほど野暮な猫ではなかった。





 後日、ガーランド家のリビングで、シシリア嬢とクリフ少年をお招きしての説明会が行われていた。


 もちろんフィリップもいるよ。


 定位置であるシシリア嬢のお膝で、スカートの装飾のリボンを噛み噛みしている。


 ふたりは旦那様から改めて、ルカ誕生時からのわたしの化け猫伝説を聞かされているところだった。


 ふたりとも最初こそ戸惑っていたが、実際その目で切りつけられたわたしが無傷だったところを見ていたおかげか、最終的には納得したようだ。


 たぶんわたしがフィリップと仲良しなことも大きいと思う。四つ脚仲間との縁がこの先も無事続きそうで嬉しい限りだ。


 ちなみに、ジョセフの誕生日パーティーは、改めて家族だけで行われる予定だ。せっかくの誕生日なのに、いくらなんでもあれではジョセフがかわいそう過ぎる。


 大々的なパーティーよりも、こぢんまりとした誕生日会の方がやっぱりお誕生日という感じがするのは、わたしが庶民的な思考を持つ猫だからだろう。


 ジョセフが、そうだ! とばかりに、改めての誕生日会にクリフ少年とシシリア嬢のふたりを誘うと、ふたりとも快く応じてくれた。ふたりもジョセフのことを気の毒に思っていたのだろう。


 こうして友達ができたことで、嫌な思い出ばかりの誕生日にならなかったことを旦那様と奥様はそっと安堵しているように見えた。


 あの騒動の後、わたしはちょっとした有名猫になってしまった。


 飼い主を身を挺して守った忠猫として、ガーランド家にわたしを見に来る客が増えたのだ。


 動物園の動物たちの気持ちがちょっとわかりはじめた今日この頃。


 すごいわねぇ、とみんなから褒められるわたしは、当然のことをしたまでです、とばかりの謙虚な姿勢でおやつをいただいている。


 まあ、本当は、おバカな猫のポーズで周囲を欺きながらおやつを貪り食っているんだけどね。


 ほら、賢すぎると危険だから。


 それでもかわいいかわいいと言われてしまうわたし。罪な猫だ。


「(というか、なんだったんだろうね、あの令嬢……)」


 旦那様の真面目な話にまったく興味のないルーカスに抱っこされているわたしは、真面目な顔で旦那様の話に耳を傾けているフィリップへと話しかけた。


 あれ以来、わたしのプライベートがほぼなくなったに等しく、常にルーカスに監視か拘束されている。


 まあ、目の前であんなことがあったらトラウマになってもおかしくはない。しばらくは諦めてルカ専用のぬいぐるみに専念する所存だ。


 フィリップは耳を旦那様の方へと傾けたまま、器用に目だけこちらへと向けて嘆息する。


「(あの令嬢、な……)」


「(なんか……ヒロインがどうとか言ってた気がするんだけど……?)」


 ……まさか、ね?


 わたしたちはたぶん同じ結論に至っていたものの、お互い口に出すのはやめておいた。


 口に出したらそれが真実になってしまう。


 あれを同じ転生者仲間だとは思いたくない。


 同類には、なりたくない。


 そこでふと、フィリップがなにかに気づいたように眉を顰めた。


「(そういえば……俺が知ってるゲームは、セカンドシーズンだったような……)」


 ということはあの令嬢は、ファーストシーズンとか無印のヒロインってこと?


 それなら旦那様は攻略対象?


 それはめちゃくちゃしっくりくるけども。


 旦那様に関しては納得だけど、あの令嬢……ヒロインを自称していたわりに、ヒロインっぽくなかった気がするんだよね。


 うちの奥様こそ、ヒロインらしいヒロインだと思う。見た目も、中身も。


「(ファーストシーズンの知識は全然ないの?)」


「(ない)」


 潔いお返事。


 そしてなんの知識もないわたしに言えることは、なにもない。


 あ、間違えた。なにも、にゃい。


「(ただ……あの令嬢はモブ役だったんじゃないかなとは思ってる。ヒロインに成り代わろうとした、モブ)」


「(なんでそう思うの?)」


「(最初は、ヒロインに成り代わろうとする悪役令嬢かなとも考えたが、シシリアを見てわかる通り、悪役令嬢は絶世の美女でなければならない不文律がある。つまり、派手な容姿でなければ悪役令嬢にはなれないということだ。それに比べて、あの令嬢……普通にしてたら印象に残らないタイプじゃなかったか?)」


「(確かに! 狂気が先行してて顔の印象がイマイチない!)」


 言われてはじめて気がついたよ。


「(だろ? だからあの令嬢は、ヒロインに成りきれなかったモブの、成れの果てなんじゃないかと思う)」


 そっか……。


 せっかく生まれ変わったのだから、わたしみたいに思いっきり好きなことをして過ごせばよかったのに。


 旦那様に執着してしまったせいですべてを失った。


 同情はしないけど、もっと別の生き方があったのではないかと思ってしまう。


 旦那様があの令嬢の処遇についても、子供たちにきちんと話している。


 旦那様は家族以外には基本的に冷徹な人だ。生温い処罰ではないと思っていたけど、魔力を封じられた上で、一生牢獄だそうだ。処刑を免れたのは、未遂だったから。


 それと――。


 ざっくりやられたわたしは、人ではなく、猫だったから。


 この世界の法律でも、ペット=物の扱いなのだ。


 だからもしわたしが死んでいたとしても、処刑にまではならなかっただろう。


 だけどそうなっていたら、きっと旦那様が裏から手を回して、あの令嬢は秘密裏に消されていたと思う。


 魔術は便利だけど、その使い方次第で祝いにも呪いにもなるものだ。


 とりあえず、旦那様に手を汚させずに済んだのは素直によかった。


 ほっとしていると、フィリップが神妙な顔つきで、思いがけないことを口にした。


「(今回のことでわかった。たぶん、攻略対象と悪役令嬢の周囲では、きっとまたこういうことが起きるんだと思う)」


「(またって……)」


 また家族が狙われるかもしれないってこと?


「(シナリオ通りになるよう、攻略対象たちに悲劇が起きるよう、強制力が働くんだろうな。だけど俺は、シシリアにも、クリフにも、悲惨な幼少期なんて送らせない。おまえがガーランド兄弟を守ったみたいに、俺は……俺も! シシリアとクリフを守る。この命にかえても!)」


 フィリップが決意新たにすくりと立ち上がる。


 フィル公……!


 キリッとした顔をしても仔犬だし、しっぽが相変わらずミニ扇風機だからかわいさしかないけど、その勇姿たるや! 後光が差して見える。


 わたしも猫背の許す限りでピンと背筋を伸ばした。


「(わたしだって! またおんなじことがあっても、何度だって守るよ!)」


 乙女ゲームの世界がなんだ。


 強制力がなんだ。


 断言するよ。


 ここはわたしが幸せな猫生を送るための世界であると。


 証明するよ。


 そのためにこの小さな体をフルで使って奮闘すると。


 わたしがみんなを守る。


 家族も、友達も、誰にも傷つけさせやしない。


 邪魔するやつらはみんな必殺猫パンチで蹴散らして見せる。


「(やってやろう、フィリップ!)」


「(おう! やってやる!)」


 四つ脚同盟、大切な家族のシリアスフラグ回避のための始動、開始だ!!





 わたしの猫生はまだまだはじまったばかり。


 この先なにが起きたとしても、わたしがガーランド家の未来をいい方向へと導いてみせる。


 だってわたしは、ガーランド家の愛され猫ちゃんだからね!



最後までお読みいただきありがとうございました!


乙女ゲームで一度お話を書きたいなと思っていたのですが、やっぱり難しくて、唯一思い浮かんだ場面が、なぜか猫を抱いて登校する攻略対象ルカというものでした。

本当になぜそうなったのかわからないのですが、攻略対象が猫を連れているのなら、悪役令嬢は犬を連れているべきかな、と。

結局乙女ゲームの大筋からかなり逸れたお話になってしまいましたが、ココとフィリップの二匹は、この先もフラグをへし折りまくって飼い主たちを守っていく予定です。

そして乙女ゲームの本編がはじまったとき、猫を連れた攻略対象と、犬を連れた悪役令嬢を見たヒロインがどんな反応をするのか、それはちょっと気になるところではありますが、ひとまずこのあたりでひと区切り。

時間に余裕があれば続きか番外編を書きたいとは思っているので、そのときはまたどうぞよろしくお願いいたします。

最後までお付き合いいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
かーわーいーいーーー ここはぜひ、特例(なんの?)として猫犬同伴通学を…! 化け猫というか猫又かなんかっぽいし、長生きしそう。 しかしあれですね、乙女ゲームだ!悪役令嬢だ!よし猫だ! …三番目なんで…
ココちゃん可愛い! 子供と猫は癒しの至宝ですね。 めちゃくちゃ楽しめました。 続編も楽しそう・・・ちょっと期待しておきます。
すんごい面白かったです。愛に溢れた優しい世界感に癒されました。誰かを思いやる心って素晴らしいですよね。おちゃめなココも可愛くて可愛くて、もっともっと活躍を読みたいです。また、名紗先生の描かれる子供が愛…
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