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 わたしは必死になりながら、おばかな猫のポーズの由来を化け猫の件から延々と説明して、フィリップとの友好関係にヒビが入るのをなんとか防いだ。


「(なるほど。だからガーランド夫人がまだ生きていて、ガーランド兄弟はゲームの世界とは全然違う性格になってるのか)」


「(そう。わたしがルカの魔力を今もぐんぐん吸収してるみたい)」


 小腹を満たしておねむになったルーカスの顔を頭に載せるわたしを、フィリップは物言いたげに見たが、その点にはなにも触れずに納得したように深くうなずいた。


「(偶然とはいえ、ガーランド兄弟のシリアスフラグを回避していたわけだ。俺がシシリアの破滅フラグとクリフのシリアスフラグを回避をしているのと同じように)」


「(ペットとして当然の行いをしていただけなんだけどね。わたしが特異体質なのって、もしかしてなにか意味があるのかな?)」


「(……どうだろうな。もし意味があるのなら、この乙女ゲームの内容を変えたいと思っている誰かがいることになるが……)」


 それができるのって、神様くらいだよねぇ。


 神様、ありがとう!


「(だからわたしたちは、お互いの家族のためにも、協力し合うべきだと思うんだよね)」


「(まあ、協力すること自体は別に構わないけど)」


「(じゃあ、ここに四つ脚同盟、発足だね!)」


 そのネーミングセンスはないな、とぼやくフィリップに向けてすっと前脚を突き出すと、渋々前脚を出してきたので、ぽん、と肉球を合わせた。


 それを見ていた周囲が驚愕の表情をしているのを感じつつ、わたしはできるだけフィリップから情報を仕入れることに前のめりになった。


「(まずは、わたしたちが定期的に顔を合わせる関係にならないといけないと思うのだよ、ワトソンくん)」


「(誰がワトソンだ。クリフならまだしも、シシリアは俺しか友達もいない引っ込み思案な子だからな、ガーランド兄弟と仲良くなるのはハードルが高いと思うぞ?)」


「(ふっ、あまいねフィリップ。あま噛みフィリップ)」


「(ちょいちょいノリがうざい……)」


「(猫生を満喫する四つ脚の先輩から言わせてもらえば、シシリア嬢はフィリップを溺愛している。表情には出てないけど、人の誕生日パーティーに連れてくるくらい、きみをかわいがっているわけじゃん?)」


 フィリップはなぜか照れた。前脚で目元を隠す、例のかわいい仕草をする。わたしも早くそれをやりたい。


 耳さえ聞こえていたら十分なので、わたしはそのまま話を続けた。


「(だからきみがわたしと仲良くなれば、必然的に彼女はうちの子たちと仲良くなろうとすると思うんだよ)」


 フィリップのために、シシリア嬢はがんばってジョセフとペット仲間になろうとしてくれるはず。そして気のいいジョセフは、そんな彼女を友達として受け入れてくれるだろう。兄のクリフ少年とも打ち解けているようだし。


 この作戦のネックはルーカスがわたしのことを手離さないことだが、逆を言えばルーカスの腕にわたしが収まっていればいいわけで。


 わたしはフィリップから情報を得ることができ、シシリア嬢には友達ができ、ジョセフの婚約者選びも邪魔できて、一石三鳥。


 もちろんフィリップには、精神的年長者として、そして猫の独特な視点からのアドバイスもしてあげられる。


 わたしの必殺猫パンチも貸し出し放題だ。


 シシリア嬢はすでに好感触の予感しかない。四つ脚同盟発足の儀を見たことで、どことなくそわそわしはじめている。


 わたしたちが良き友となれるかもと、ちょっと浮き足立っているところがかわいい。


「(フィリップ。わたしたちが仲良くしている様子さえ見れば、きっとシシリア嬢とジョセフは友達になるよ!)」


 フィリップはちょっと嫌そうに顔を顰めつつ(なぜだ)、渋々わたしの提案に乗った。


「(仲良くって言ったって、具体的にどうすればいいんだ?)」


「(とりあえずこうしておしゃべりして、仲良しアピールをすればいいんじゃないかな?)」


 にゃんにゃんわんわん、わたしたちは他愛のない会話をしながら、ちらちら互いの飼い主たちの反応を窺う。


 ジョセフがわたしの意味深な視線に気づいて、小首を傾げてから、ぽんと手を打った。


 そう、それだよ!


「はい、お魚ビスケット」


 わーい! お魚ビスケットうまー。


「うみゃい。うみゃい、うみゃい」


 ……って、はっ!


 ついお魚ビスケットの誘惑に……。


 おそるおそる見たフィリップが、ものすごい半眼でこちらをじっと見つめていた。


 わたしはゆっくりと両前脚を持ち上げて、目元に置いた。


 使いどころが違うけど、ようやくあのかわいいポーズができた。


「(……おい)」


「(かたじけない)」


 はあ、とフィリップが仔犬らしくないため息をついて水に流してくれた気配を感じて、わたしは静かに前脚を下ろした。ルーカスによしよしとちょっと強めに撫でられて慰められる。


「(精神の八割くらい猫なのか?)」


「(雄猫を警戒するくらいは人間です)」


「(完全なる猫でも警戒するだろう、雄猫は)」


 まあ、確かにそうだけど。


「(ねぇねぇ、それよりさっき、物語の強制力? とか言ってたじゃん。それって具体的にどういうことな――)」


 わたしが身を乗り出して問いかけたとき、どこからか悲鳴が上がった。


 えっ、なに!?


 びっくりしている間に、似たような悲鳴がいくつも上がりはじめる。


 そしてわたしは悲鳴を上げた人たちの視線の先を追い、慌ててルーカスの腕をすり抜け、椅子の背面に前脚をかけて背後を降り仰ぐ。ちょうどそのとき、わたしの上に人影が差し、ぞわりと背筋が震えた。前に屋敷に押しかけてきたあの迷惑な令嬢が、無言でそこに立っている。あろうことか、ナイフ片手に。こちらを見下ろす濁った瞳と目が合ったわたしは、思わず悲鳴を漏らした。


「にぎゃっ!?」


 我先にと逃げ惑う客たち。だがその令嬢が狙いをつけたのはルーカス。おそらくこの場で一番幼く、細腕の令嬢でもどうにかできる相手だったからだろう。許せん。


 クリフ少年が素早くシシリア嬢を守るように引き寄せて、ジョセフはルーカスを守ろうと手を伸ばしたが、令嬢とはいえ大の大人相手に敵うはずがなく突き飛ばされてしまった。地面に倒れたジョセフをすかさず抱き止めたのは、慌てて駆けつけてきた旦那様だった。


「ジョセ! 大丈夫か?」


 無傷だったジョセフに一瞬だけ安堵した表情を見せると、遅れてこちらへと走って来た奥様の方へと預け、旦那様はナイフを持つ令嬢に対峙した。


 しかし今ナイフの切先を向けられているのは、身を守ることすらできない幼子のルーカスだ。下手に相手を刺激すればルーカスの命が危ない。迂闊に手を出せず、旦那様は忌々しげに令嬢を睨んでいる。


 ルーカスは状況がわからずとも、なにか恐ろしいことが起きていると感じ取ったのか、その両目にじわりと涙を溢れさせた。


 わたしはルーカスを宥めるように必死で頭を擦りつける。


 大丈夫。大丈夫だよ、ルカ。


 きっと旦那様が魔術で蹴散らしてくれる。


 最悪わたしが刺し違えてでも助けるから!


 令嬢は椅子に座ったままのルーカスを、背後から片腕に抱えるようにして首元にナイフをつきつけ、人質にしている。わたしはルーカスから決して離れないよう、全脚の爪をベビー服に食い込ませて張りついた。さながら夏の蝉のごとく。


 がるる、と唸り声がしてそちらを見ると、地面に降りたフィリップが、全身の毛を逆立て、飼い主たちを守りながら威嚇していた。


 旦那様がルーカスから意識を外さないまま、令嬢へと厳しい口調と問いかける。


「なにが目的だ」


「おかしい……全部、おかしいのよ、ああっ、アルフレッド様……なぜその女と? ヒロインはわたしのはずでしょう? どうしてどうしてどうしてなんでなんでなんでなんで……」


 ぶつぶつとわけのわからないことを言い続けている令嬢の様子に怖気立つ。


 たぶんもう普通の会話が成り立たない状態。つまり説得は無理、ということだ。


 令嬢は変わらず同じことを繰り返しながらも、旦那様の後ろで守られている奥様を目にした途端、形相が変わった。悪い方に。


「あんたがいるからいけないのよ!」


 令嬢の体から真っ黒なもやが立つ。わたしがぞっとして毛を逆立てている間に、ルーカスが火がついたように泣きはじめた。あのもやが原因かもしれない。


「うるさいうるさいうるさい!!」


 すでにまともな精神状態ではない令嬢が、泣き叫ぶルーカスに向けてナイフを振りかぶる。


「やめてっ、ルカっ――!! 嫌ぁぁぁーー……!」


 奥様が絶叫しながら旦那様を押し除ける勢いで飛び出そうとしたが、そこは旦那様が素早く反応して引き止めることに成功した。もがく奥様を強く抱きしめる。


 奥様無茶しないで!


 そして旦那様ナイス!


 しかしそれは、ふたりの仲をまざまざと見せつけられた令嬢に対して火に油を注ぐ結果となり――。


 ナイフを勢いよく振り下ろすのが、わたしの目にはスローモーションで見えた。


 ゆっくりと、ナイフの切先が、ルーカスへと迫る。


 そのときわたしは、考えるよりも先に体が動いた。


 猫の跳躍力を生かして飛び上がると、ルーカスを守るように空中で大の字になる。


 驚いた様子の令嬢と目が合ったが、勢いは殺せないところまで来ていた。


 短い猫生が、走馬灯のように駆け巡り――。


 ざく、と袈裟懸けにお腹を切り裂かれて、わたしはそのまま地面へと伏した。




四つ脚同盟発足直後の悲劇

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