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「(ジョセ!)」


「(クリフ!)」


 わたしたちは同時にそれぞれの少年へとわんにゃんと呼びかけ、顔を見合わせた。


 ちょいちょい鳴くタイミングがかぶるな……。もしかして、キャラがかぶってる?


 とりあえずフィリップのおかげで、ジョセフの隣の少年の名前はクリフということはわかった。褒めて遣わす。


「あ、お義兄様……」


 シシリア嬢がすっと立ち上がった。腕に抱えたフィリップはそのままだ。目線の高さが変わったことで、わたしは見下ろされる形となり、なんとなく、対抗意識でみょんと背筋を伸ばしたが、すぐにルーカスに手のひらを置かれて縮められた。縮み猫だ。……なぜ。


「シシリア様がうちのルーカスとココを見ていてくれたんですか? ありがとうございます」


 ジョセフはシシリア嬢ににっこりと微笑んだ。


 おお……。うちのジョセフがちゃんと貴族令息っぽい言動をしている。


 奥様似の優しい面立ちで美男子確定のうちのジョセフは、性格も奥様寄りなので人当たりもいい。貶すところがひとつもない。


 シシリア嬢もはにかんでいるし、フィリップのしっぽはミニ扇風機みたいに回転している。え、なにそれ、どうやるの?


 ねえねえ、ジョセ。ところでこの綺麗なお顔をちょっとだけ神経質そうに顰めているこのクリフ少年とは、どういう関係? お友達?


「みゃうん?」


 わたしの声が届いたわけではないだろうが、ジョセフが互いの紹介をはじめた。


「クリフ、この子が弟のルカ。最近ハイハイができるようになったんだ。それで、こっちの猫がココ。ココはとても賢い猫で、よくしゃべるんだよ」


 フィリップから胡乱げな眼差しが注がれたが、わたしはご紹介に与った通り、賢い猫ちゃんである。飼い主の期待に応えるのもペットの仕事だ。


 お口を整えて、いざ!


「みゃうろ、うみゃい」


「……?」


 わたしの渾身のマグロうまいに、クリフ少年が綺麗なお顔を怪訝そうに顰めた。


 ……いや、むしろこれが世間一般の反応なのか。


 ジョセフの判定のあまさが露呈した瞬間だった。


 かくなる上は!


「ぅぉにぃ、にゃん!」


「ほら! 僕のことをお兄ちゃんって呼んでくれるんだ」


「うぉにーにゃん、としか聞こえないが?」


「えぇ? おかしいな……」


 うん。ジョセはずっとそのままでいて。


「(ジョセフ・ガーランド。ゲームとは全然性格違うな……。うちのシシリアとクリフもだけど)」


 フィリップの独り言に、わたしはよだれでべたべたの耳をピンと張った。


「(このふたり、兄妹なの?)」


「(ああ。と言っても、義理の兄妹だ。ちなみにクリフの方はそっちの兄弟と一緒で、攻略対象のひとりだ)」


「(子供なのに綺麗なお顔をしてるもんね。眉間のしわさえなければ王子様っぽいのに)」


「(クリフは……視力が悪いから、仕方ないんだ)」


「(眼鏡は?)」


「(目が悪いというか……クリフは左右で微妙に目の色が違うだろう?)」


 妙に歯切れの悪いフィリップを気にしつつ、クリフ少年の目をじっと見上げた。確かに、片方は青みがかった紫で、もう一方は赤みがかった紫だった。


「(だから、その、微妙に見え方が違って見にくいらしい)」


 オッドアイってそういうものだっけ?


 わからないけど、左右の視力のバランスが悪いことだけはわかった。


 そしてフィリップがなにかを隠しているということも。


 わたしは気遣い猫ちゃんだから、フィリップが言いたくなるまで訊かないよ。


「(同じ攻略対象ということは、クリフ少年もなにか悲惨な過去が……?)」


 もしかして目の色の件は、それに起因している?


「(……そうならないよう、努力してるところだ)」


 フィリップが仔犬のくせに難しい顔をしてふすんと鼻を鳴らす。シシリア嬢が、くしゃみかしら? みたいな顔をして見下ろしていることは、猫の情けで黙っておこう。


「ところでその仔犬は、シシリア様のペットですか?」


 ジョセフがちょっとだけ腰を屈めて、フィリップと目線を合わせた。


 フィリップは意外にも人見知りする仔犬なのか、借りてきた猫のように固まってしまっている。犬なのに。それ、わたしの専売特許だよ。


「かわいいね。お名前は?」


「フィリップです」


「フィリップ。うちのココと仲良くしてあげてね」


「わふ」


「わっ、返事した!」


「たまたま鳴くタイミングだっただけでは?」


 クリフ少年よ、そこがジョセフのジョセフたるゆえんなのだ。


「フィリップもしゃべったりする?」


 ジョセフのなにげないひと言に、フィリップから八つ当たりっぽい視線を向けられたが、わたしは素知らぬ顔でお澄ましする。澄まし猫だ。


 フィリップはジョセフからの悪意ない無茶振りに困り果てて、期待に応えられないことを悔やみながら悲しげに鳴いた。


「……わっふぅ」


「ワッフル!? ワッフルって言った!?」


 シシリア嬢も、まさかうちの子にそんな特技が!? という顔で、精根尽きかけているフィリップを見下ろした。


 あれ? うちのジョセフとシシリア嬢も、もしかして同じ系統だったりする?


 当のフィリップは、嘘だろう? という顔をしてふたりを凝視しているし、クリフ少年の白けた目は普通に痛かった。





 とりあえず軽く食事を取りながら話そうと、わたしたちは今、四人と二匹でテーブルを囲んでいる。


 小さなご令嬢たちは、このテーブルをうらやましそうにしながら遠巻きに見つめていた。


 優しくて気さくな奥様似のかわいらしい面立ちのジョセフ、赤ちゃんながら旦那様譲りの秀麗な顔立ちのルーカス、目つきは悪いがキリッとした端正なお顔のクリフ少年。


 周囲のご令嬢たちの視線は、あれだ。アイドルを見つめる熱視線によく似ている。


 ルーカスの食事の面倒はジョセフが担当し、お兄ちゃんの真似っこブームのルーカスは、わたしの口元にむんずと掴んだパンを押しつけてきた。


「ルカ、ココにパンはあげちゃだめだって言われてるだろう?」


 そうそう。わたしは人間用に味つけされた食事はだめだって獣医さんに言われてるからね。


「みゃうろ」


「ほら、ココもそう言ってる」


「むぅ」


 ジョセフは拗ねるルーカスの口にお気に入りの赤ちゃん用ビスケットを入れてあげながら機嫌を取りつつ、クリフ少年とシシリア嬢との友好も深める。


 その隙にわたしは四つ脚仲間との交友を深めるべく話しかけた。


「(ねぇねぇ、フィル公)」


「(誰がフィル公だ)」


「(さっきシシリア嬢が悪役令嬢って言ってたじゃん?)」


「(ああ、それが?)」


「(だったら彼女が、うちのジョセやルカと婚約する可能性もあるっていうこと?)」


 過保護かもしれないが、わたしはまだジョセフにも、もちろんルーカスにも婚約者は早いと思っている。


 仲良しの女友達くらいなら許せるけど、子供同士で婚約者と言われてもいまいちピンと来ない。ピンぼけ猫だ。


 フィリップはシシリア嬢が持参していた骨型のおやつを噛み噛みしながら、わたしの質問に答える。


「(ああ、それか。確かにヒロインの選択するルートによっては、あり得る話だと思う)」


「(ヒロインの選択次第? それって、なんというか、色々と矛盾しない?)」


 乙女ゲームというくらいだから、物語のスタートはある程度の年齢になってからだろう。


 現時点でヒロインが攻略対象の誰を選んで物語を進めるかわからないはずなのに、ライバルである悪役令嬢はヒロインの選ぶ相手と事前に婚約していないといけない、この矛盾。


 それなのにフィリップはさも当然のように言った。


「(そんなの、矛盾が起きないように物語の強制力が働くに決まってるだろ。攻略対象たちの中からシシリアが婚約した相手が、ヒロインのメインヒーローになる仕様だ)」


 えぇと?


 つまり、どういうこと?


 将来的にヒロインが選ぶだろう攻略対象は、この時点ですでに決まっている、と?


 卵が先か鶏が先か、ということ?


 というか、待って。


 それって、つまり……。


「(この世界は、ヒロインのための世界、ってこと……?)」


「(まあ、そうなるな)」


「(そんな……。わたしはてっきり、わたしに猫生を満喫させてくれるためだけの世界だとばかり……)」


「(おまえ……ほんとすげぇな。尊敬する)」


 まったく褒められていないが、自分でも驚きの発想だ。たぶんこれは本来のわたしではなく、猫の本能に近い考え方なんだと思う。本来のわたしが図々しいわけではない。たぶん。


 フィリップは骨を名残惜しそうに口から離してから、わたしへと向き直った。


「(いいか? ここに、前世の記憶を持った犬と猫がいる。ということはだ、同じように前世の記憶を持った人間がいても、おかしくはないだろう?)」


 た、確かに!


 転生猫と転生犬がいるのだ、普通に考えてほかに転生者がいてもおかしい話ではない。


「(しかも俺みたいに、ゲームの内容を知っているやつがいるかもしれない)」


「(まさか、それがヒロインだと……!?)」


「(当然、想定しておくべきだろうな)」


 にゃ、にゃんと!?


「(物語通りのデフォルトのヒロインなら、まだいい。だけどそうじゃなかったら?)」


 もし本当にヒロインがゲームの知識のある転生者だったら、人生イージーモード、誰を攻略するにしても、赤子の手を捻るようなものだろう。


 シシリア嬢が破滅させられるとあっては、フィリップがヒロインを警戒するのも理解できる。


 もちろんヒロインはわたしと同じで、なにも知らずに新しい人生を謳歌している可能性もある。できればそうあってほしい。


 どちらにせよ、シシリア嬢の婚約者にならないことが、ジョセフとルーカスを将来的にゲームに巻き込まないための第一歩にならないだろうか。


「(……そういうことなら、シシリア嬢にはぜひ、うちのジョセとルカの健全な友達になってもらわないと)」


「(は? 普通そこは、うちの子たちに近づかないで! ってなるところなんじゃないのか?)」


「(そんなことをしたら、貴重な転生仲間との交流が途絶えるじゃん! まだこの世界のこと、全然聞き足りないよ。つまりは婚約者じゃなければ問題ないわけでしょう? 友達になってくれたら、友情特権でフラグ回避にわたしも協力するし!)」


「(まあ、確かに、俺もこうして久しぶりに誰かと話せてほっとしたし、今は猫の手も借りたくもある)」


 わたしはすくりと後ろ脚で立ち上がり、両前脚を天へと掲げた。そなたにこの二本の前脚を特別に貸してしんぜよう。


 それを見ていたジョセフが言った。


「あ、ココがおばかな猫のポーズをしてる」


 フィリップの目が胡乱げに細まった。


 違っ、違うよ!?


 これはおばかな猫のポーズじゃないってば!


 違うって!


 わたしは必死にみゃんみゃん抗議した。




シシリア

公爵令嬢 未来の悪役令嬢 犬好き

クリフォード

シシリアの義理の兄(血の繋がりはなし) 攻略対象 犬好き


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