第二話 入学式
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入学式が始まりました。
ちょっとこの学園を甘く見ていたようです。
新入生が百名以上というのは私の所属する魔法科に限った話です。
ブルーローズ学園には他に騎士科、普通科が存在します。
文武魔と取り揃った総合学園なのです。在学生を合わせて全生徒は千人を超えるのではないでしょうか。
学園の誇る大きな講堂が生徒で埋め尽くされています。
本日の学園行事は入学式のみで、これが終わればあとは自由です。
だからみんな長~い学園長のお話を我慢して聞いています。
どこの世界でも、どうして偉い人の話はこうも長いのでしょうか?
学園長の話を三行でまとめてみましょう。
入学おめでとう!
勉強頑張れ!
学園に迷惑をかけるな!
こんなものでしょう。
特に最後の部分に力を入れていたみたいですが、たぶん無駄です。
無自覚な問題児、ニゲラ王子が入学してしまったのです。
その問題児を煽る役割のヒロインが自粛したとして、どこまで平穏に済むか分かったものではありません。
私も頑張ってみますけど、保証はできかねます。
さて、入学式も粛々と進み、在学生からのお言葉をいただきます。
在学生を代表して祝辞を述べるのはこの人、生徒会長のガザニア・ラバグルト先輩です。
ガザニア先輩はカルミア様の兄で、ゲームでは攻略対象の一人です。
ラバグルト公爵家の子息にして学園の先輩、さらには生徒会長。ニゲラ殿下も無下にはできない相手です。
なお、現在二年生のガザニア先輩が生徒会長なのは、それが学園の制度だからです。
毎年三月頃に一年生の中から翌年の生徒会長を選びます。そして二年生になってから一年間生徒会長を務めるのです。
三年生は卒業後の進路関係で忙しいからなのですが、ゲームでは三年生になったガザニア先輩は院政を敷いて影響力を残しています。
それはさておき、生徒会長としての初仕事がこの新入生への祝辞になります。
さすがはガザニア先輩です。次期ラバグルト公爵家当主として英才教育を受けてきただけあって、堂々とした態度で祝辞を述べて行きます。
そして、その内容は……ガザニア先輩、もうちょっとオブラートに包みましょうよ。
ガザニア先輩は、貴族にありがちな血統を何よりも重んじる考え、それもかなり極端な思想にどっぷりとつかっています。
平民は家畜同様に考え、功績によって取り立てられた新興の貴族をあからさまに下に見ます。
ゲームの設定ではありますが、この世界でも同じだったようです。
市民革命でも起これば真っ先に吊るし上げられそうな差別発言がポンポンと飛び出します。
一応婉曲な表現ではありますが、貴族相手の発言としては包み隠す気のない直接的な言葉です。
実際、一部の生徒だけでなく教職員の中にも顔をしかめている人がいます。
ここまで極端な血統第一主義者がゲーム内とは言えよく平民出身のヒロインの攻略対象になったものだと思います。お義父様の行っている才能ある平民を養子として貴族に取り込む政策も禁止したがっているらしいのです。
このあたり、ゲームのシナリオではとんでもない方法で解決しています。ガザニアルートでのみ語られる、ヒロイン御落胤疑惑です。
私のお母さんは私が生まれて引退するまで娼婦もやっていたそうで、私の実の父親が誰なのかは不明です。
そして、現国王陛下の弟君である王弟殿下は遊び人で、ちょくちょくお忍びで街に出て娼館にも通っていたそうです。
しかも、王弟殿下は光魔法の素質を持っているそうなのです。魔力が少なくてほとんど魔法が使えないらしいですが。
以上のことを総合して、「ヒロインは王弟殿下の娘ではないか」という疑惑が出て来るわけです。
はい、唐突な後出しの設定です。しかも疑惑どまりで確証はなにも無し。シナリオの最後まで王弟殿下に認知されることもありません。私としても、ニゲラ殿下の従妹になるのはちょっと嫌かなと思います。
それに、ガザニア先輩の平民を見下す姿勢が改まったわけでもなく、「これほど優秀なのだから高貴な血筋が入っているに違いない」という思い込みである点、シナリオライターさんの悪意を感じます。
同じ公爵家で育ったカルミア様がまともな考えをしていることが奇跡のようです。
さて、一部貴族でもドン引きする内容の在学生からの立派な祝辞が終わると、今度は新入生からの答辞です。
答辞を行うのはもちろんニゲラ殿下……だったら良かったんですけど。
なんと、新入生代表はこの私、フリージア・チャールストンなのです。
ニゲラ殿下にやらせておくのがどこにも角が立たなくて良いと思うのですが、これにはちょっと事情があります。
この王立ブルーローズ学園には入学試験はありません。貴族の子供は基本的に全員入学させるのが国の方針です。
その代り、新入生の学力を測りクラス分けなどの参考にするために、入学前に事前試験を行っています。
その試験で、私は一位を取りました。現在、暫定学年主席です。
実はこれ、ゲームの展開と同じなのです。
ゲームでは原稿通りの無難な答辞を行うか、ガザニア先輩に対抗して「身分に関係なく仲良くしよう!」という内容に変更するか選択します。
ガザニアルートに入りたければ後者を選択すると好感度が上がります。その後、ガザニア先輩は自分の主張に真っ向から反対した生意気な後輩に、事あるごとにちょっかいを出すようになるという流れです。
ニゲラ王子のイベントといい、最初に喧嘩を売ってから攻略対象と仲良くなる展開は、シナリオライターさんの趣味でしょうか?
もちろん私は無難な答辞を行いましたよ。この日のために頑張って角の立たない原稿を作りました。
ガザニア先輩の祝辞があまりにアレなので、対抗する答辞を行えば受けは良いのですが、ガザニア先輩の気を引くつもりはありません。
本当は学生主席になって答辞を行うこと自体、ガザニア先輩の興味を引いたりニゲラ殿下の妬心を買ったりするので私としては避けたいところですが、試験で手を抜くことはできません。
ガザニア先輩と同じような考えの貴族はそれなりにいるので、私が優秀さを示さないとお義父様の立場が悪くなってしまいます。
ニゲラ殿下にギリギリで負けるとか器用な真似はできませんし、事前試験だけごまかしてもあまり意味はありません。
ゲームでは毎月成績と順位が発表されました。この世界でも同じであることはお義兄様に聞いて確認しています。
学園に入ってから手を抜くことは許されませんから、一ヶ月後には目を付けられることになります。
ガザニア先輩は「何で場違いなやつがいるんだ」みたいな目で睨んできますし、ニゲラ殿下は面子を潰されたみたいな顔で恨みがましい目を向けてきます。
……一ヶ月だけでも平安を選んだほうが良かったでしょうか?
まあ、やってしまったことをいまさら後悔しても意味がありません。ニゲラ殿下もガザニア先輩も最初の選択肢はしっかりと回避させてもらいました。
このまま突き進んで行きましょう。
今の国王陛下はお義父様と同様に身分に関係なく優秀な人材を活用すべきだというリベラルな思想持ち主ですが、その方針に反対する保守的な貴族も多くいます。
その保守的な貴族が同じく血統主義よりのニゲラ王子を担ぎ上げてクーデターに至るのがゲームのニゲラ王子ルートのシナリオです。
この世界でもすでにその兆候は見えています。貴族の間に国王派と第一王子派という二大派閥ができつつあるのだそうです。
しかし、保守派の貴族といっても全てが血統主義なわけではありません。私が頑張って優秀さを示すことができれば、国王派が優位になることもあり得るのです。
もう、ニゲラ殿下を突き放す勢いでガンガン行きますよ!
そう言えば、ニゲラ王子が血統主義に傾倒して行った理由は、自慢の魔法でヒロインに勝てなかったため、血筋の他に拠って立つものが無くなったからだとか、シナリオライターさんが言っていたような……
いやいや、さすがにそれはないでしょう。平民出身のヒロインに落とされた男が血統主義に走るなんて、何の冗談ですか?
そもそもゲームのシナリオから逸脱することは最初から決めています。気にせずニゲラ殿下を蹴落として行きましょう。
ところで、ゲームのヒロインも新入生代表として答辞を行っています。つまり、事前試験で一位を取ったということです。
しかし、命に関わる貴族の礼法も知らなかったヒロインが、筆記試験のみとは言え試験で高得点を取れるとはちょっと不思議です。
漏れ魔法による魅了効果で甘々に育てられた結果なら、貴族の礼法や常識だけでなく、勉強の方も相当遅れると思うのです。
前世の知識を利用できる今の私と違い、何の学もない貧乏な平民だった娘が、英才教育を受けてきたはずの貴族の子弟を押しのけてトップになるのは相当難しいと思うのです。
ゲーム本編が始まれば、育成パートのやり方次第で三年間主席をキープにも、ローレル・ベスビアスを下回る最下位にもなります。
やればできる秀才なのだと思うのですが……そう言えば、ゲームでもヒロインは最後まで貴族として非常識なままでした。礼法の試験は満点でも貴族の考え方を理解できない不思議ちゃんです。
ゲームの知識は予想以上に役に立たないかもしれません。
私はこれまで、ゲームの選択肢にない行動をとることでシナリオにない結末を勝ち取ろうと考えていました。
その最初の一手が、今日のニゲラ殿下への対応です。ここから運命が変わるはずでした。
けれども、私ははそれ以前から行動を始めていました。ヒロインの問題点である貴族の常識や礼法の欠如を正すための行動です。
ゲーム本編が始まる前だから問題ないと思っていました。しかし、私の行動はお義父様に影響を与え、お義兄様にも影響を与えます。
お義父様はこの国の貴族と付き合いがありますし、お義兄様は学園に通っていました。廻り廻って運命に影響を与えないとは限りません。
バタフライエフェクトと言うものです。
もしかすると、私が前世の記憶を思い出した時から何かが狂い始めていたのかもしれません。
今の私には、貴族の礼法を知らないまま、試験の成績だけトップという状態が想像も付きません。
それに、ゲームのヒロインはぽっちゃりにはなりませんでしたからね。
運命は変えられます。
たとえ運命通りに戻そうとする強制力のようなものが働いたとしても、完全ではないでしょう。
既にゲームのヒロインとは異なるフリージアが登場しました。
後は運命から外れた先を、望む未来に繋げるだけです!
・ガザニア
誕生日:9月7日
花言葉:天才