第十八話 十月
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十月になりました。
十月の学園行事と言えば、体育祭です。
はい、救護班の日です。
……体育祭で活躍することはもう諦めました。治癒魔法の練習の日です。
それから、去年の経過観察の日でもあります。
昨年、私達は体育祭の安全対策を中心とした改革を行いました。
今年は去年の結果を参考に、問題のあった対策は修正し、不十分だった部分は補強していく。
それが今年の生徒会に課せられた仕事になります。
騎士科の教師たちが難癖をつけて元に戻そうとするかもしれないのでカルミア様が資料を揃えてスタンバっていましたが、騎士科の教師たちはおとなしいものでした。
さすがにもう一度カルミア様との論戦を行う気にはならなかったようです。
問題は、私達が卒業した後に脳筋教師が勢い付いて体育祭を元の危険な行事に戻すかもしれません。
さらに、その「元」の基準が私が有り余る魔力でガンガン治療してしまった時期にすり替わって大量の怪我人が前提の体育祭になってしまうかもしれません。
アスター先生が過労で倒れなければよいのですが。
去年や今年の資料は生徒会に残して行きますので、来年以降の生徒会も頑張って欲しいものです。
さて、学園の行事も大切ですが、私達には他にもやらなければならないことがあります。
裏工作です。
断罪イベントが発生するのは来年の三月半ば。もう半年を切りました。
まず断罪イベントを阻止し、その後に来るカルミア様の暗殺とニゲラ殿下による内乱を防ぐことが私達の最優先目標です。
特にカルミア様が暗殺されてしまったら取り返しが付きません。
たとえ断罪されてもカルミア様が健在ならば徹底的に反論して無罪を勝ち取れるはず。
内乱王子に関しては……いざとなったら私のマキシマムレーザーが火を噴きます。
ただ、やはり事件の発生を防いだ方が色々と穏便に済みます。
鍵を握るのはニゲラ殿下です。
断罪も、内乱もニゲラ王子が中心となって行われます。それはゲームでも小説でも変わりありません。
そして、ゲームにも小説にも言及はありませんが、ニゲラ王子を唆した人物がいるはずです。
ヒロインではありません。
物語には登場しない何者かがいなければ、ニゲラ王子ルートに入ってもいないのに断罪イベントが発生するのは不自然です。
そして、この世界で見てきたニゲラ殿下の性格を考えれば、そう簡単には内乱など起こしません。
ニゲラ殿下は間違いなく愛国者です。国を混乱させる内乱を起こすには、そうせざるを得ないだけの大義名分が必要です。
ニゲラ殿下に大義名分を吹き込み、他に方法はないと思い込ませる存在が必要なのです。
「やはり、第一王子派が一番怪しいですわ。」
貴族は派閥を作ります。
人が三人集まれば派閥ができると言いますが、貴族の派閥はもっと切実なものです。
政治力とは、結局は数の力です。
賛同してくれる人が多くいなければ、自分の意見は通りません。
極論すれば、国王陛下ですら他の貴族の協力なしでは国を動かすことはできません。
だから、あらゆる手段を用いて賛同者を増やそうとします。
爵位、権力、経済力、軍事力、血統の正統性、社会的な地位、大義名分、義理や恩。
持てる全てのものを駆使して味方を増やします。そうしなければ貴族として生き残れません。
自分たちの意見を通し影響力を高めるために、同じような主張を持った貴族が集まって派閥を作ります。
現在、この国には大きく三つの派閥が存在します。
第一王子派、第二王子派、中立派の三つです。
第一王子であるニゲラ殿下を次期国王に推して盛り立てて行こうと主張するのが第一王子派。
ニゲラ殿下よりもアイビー殿下の方が次期国王にふさわしいと主張するのが第二王子派。
そのどちらにも属さない日和見主義、あるいは「次期国王で争うよりももっと重要なことがあるだろう!」と主張するのが中立派。
大きな派閥としてはこの三つですが、その派閥の内部も一枚岩ではありません。
第一王子派は、王位継承権第一位であるニゲラ殿下を順当に次の王位に就けるべきだと言うのが共通の主張です。
けれどもその内部には、王位継承問題で国内を混乱させるべきではないと考える者、王位継承権の順位を定めた国法を順守すべきと考える者、インセクティア皇国の血をひくニゲラ殿下を国王に立てて皇国との関係を推進しようと考える者など様々です。
第二王子派にも、ニゲラ殿下が即位することで幽閉されている王妃様が解放されることを恐れる者や、インセクティア皇国の傀儡になることを危惧する者の他に、ニゲラ殿下よりも人望の高いアイビー殿下の方が国王として有能だと考える者もいます。
中立派はどちらの派閥にも与さない者達の集まりであり、その思惑は様々です。
また、第一王子派、第二王子派のどちらにも勝ち馬に乗って甘い汁を吸いたいと言う私利私欲優先の者が一定数存在します。
こうした、大義名分よりも己の利益を優先する者にとって、カルミア様の存在が障害になります。
第一王子派の者にとっては、多少愚かで不正を許す国王の方が都合が良いので、正論でニゲラ殿下を正すカルミア様が邪魔です。
第二王子派の者にとっては、ニゲラ殿下の後ろ盾であり政治的基盤となるラバグルト公爵家をニゲラ殿下と結び付けているのが婚約者のカルミア様です。
カルミア様はどちらの陣営からも狙われる理由があります。
単純に考えれば、第二王子派の方が実行に移しそうに思えます。
第一王子派の筆頭はカルミア様の父親であるラバグルト公爵であり、カルミア様を失えば政治的基盤を失ったニゲラ殿下が失脚する恐れもあります。
第一王子派にとっては困り、第二王子派にとっては喜ぶべき事態になります。
ですが、第二王子派の中核はニゲラ殿下が即位して暴走することを恐れる者達であり、ニゲラ殿下に対するストッパーとしての能力のあるカルミア様は、殿下が即位してしまった場合の保険とみなされています。
つまり、下手にカルミア様に手を出すと、両方の派閥から睨まれる恐れがあるのです。
一方、第一王子派の派閥内部ならば、中心にいるラバグルト公爵の内情も多少は伝わります。
ラバグルト公爵家の内情――カルミア様の公爵家内での扱い――を知れば、カルミア様がいなくても問題ないと判断するかも知れません。
誰も内乱までは望んでいないでしょうが、婚約破棄を唆すくらいはあり得ることです。
中途半端に情報を持っている人ほどろくでもないことをしかねないので要注意です。
特に第一王子派は、順当に行けばニゲラ殿下が次の国王になるわけで、国政や王宮関連の機微にそれほど詳しくない貴族も多く加わっています。
だから、動くとすれば第一王子派の末端の一部の者です。
実際、学内で不審な動きを見せる者――不自然にニゲラ殿下に近付こうとする学生はその多くが第一王子派の家の者です。
もちろん、未来の国王に顔を繋いで将来的に目をかけてもらうことが目的の者が大半です。
ただ――
「殿下狙いの女生徒もかなり増えましたわ。」
実は最近、ニゲラ殿下に対する女子の評価が持ち直しているのです。
去年のニゲラ殿下は、生徒会長の役職を大過なく勤めました。
実はほとんどの業務をカルミア様が代行していてお飾りの生徒会長だったのですが、生徒会の外部からはそんなことは判りません。
そして、幾つかの事件が発生した去年を大過なく――死者も重傷者も出さずにどうにか乗り切ったのです。
事前の評判が悪かったこともあって、それだけで評価が爆上がりしました。
――頑張った部下の成果をほとんど何もしていない上司が総取りすることは、何処の世界でもよくあることです。
それはともかく、三年生になってからも大きな問題行動や問題発言を行うことは無く、カルミア様に対しても、少なくとも人前では普通に婚約者として扱えるようになったニゲラ殿下はまともな王子様に見えます。
普通の、まともな王子様となれば、それだけで超優良物件です。
これまで悪評に二の足を踏んでいた女子たちが、動き出しました。
実家の方針でニゲラ殿下とお近付きになるように指示されている生徒もいるでしょう。
ニゲラ殿下は今年で卒業してしまいます。学園と言う特殊な環境でなければ王族と接触する機会もほとんどない人も多く、今年は最後のチャンスになります。
既に婚約者のいるニゲラ殿下ですが、側室枠にでも入り込めれば大成功です。愛人枠でも十分でしょう。
けれども、中にはカルミア様を追い落として正室の座を狙う剛の者もいます。
当然実家からの指示です。
個人の独断で恋人になるところまでなら可能ですが、婚姻が絡むと家と家の話になります。当人同士で勝手に進めてしまうと各所に迷惑がかかることになります。
そんな傍迷惑な行為を独断でやってしまうのはゲームのヒロインくらい……と言いたいところですが、たまにいるらしいのです。当人同士で盛り上がって、家を無視して色々とやらかす人が。
貴族社会は面倒なので、ことを起こすならば事前にしっかりと根回しをして問題が起こらないように調整しておかなければなりません。
一時の感情で動けば、当人も含め多くの人が不幸になります。
だから、そんな不穏な行動を取ろうとしている生徒を見つけたら、やんわりと正してあげることがカルミア様の立場的に求められているのです。
ゲームでは断罪理由になっていますが、決して虐めではありません。
正論を振りかざして説教するばかりではなく、生徒の相談に乗ることも多いそうです。ちゃんと根回しをして手順を踏めばある程度は望みが叶うことも多いのだとか。
ニゲラ殿下狙いの生徒の多くは実家からの指示であり、目に余る行いがある者に対してはラバグルト公爵に報告して公爵家の方から手を回してもらうこともあるそうです。
これもゲームでは公爵家の権力を振りかざす悪行扱いでしたが、貴族家の方をどうにかしないと生徒が実家との板挟みになるためです。
カルミア様が公爵家の権力を振りかざしているというよりも、ラバグルト公爵が学園内を探る情報源としてカルミア様を利用していると言った方が実態に近いでしょう。
ラバグルト公爵が動く時点でそこそこ大事なので、問題行動を起こす前に阻止すべく裏工作を行っています。
女子のネットワークをフル活用してニゲラ殿下に近付く女子をマークしています。
相手も裏工作を駆使してニゲラ殿下に近付こうとするので、裏工作の仕掛け合いになります。
この裏工作合戦は、カルミア様に分があります。
カルミア様が優秀だということもありますが、相手は既に婚約者の存在するニゲラ殿下に割り込まなければなりません。
取り得る手段は限られていますし、あまり強引な手段を用いて失敗すると自分の立場が危うくなります。
幸運と非常識で突き進むゲームのヒロインは裏工作の通用しない天敵だったわけです。
この世界はゲームではないので、裏工作を無視して突き進む非常識な女子はいません。
ニゲラ殿下も、最近は真面目に勉強に励んでいて、恋愛に現を抜かす様子はありません。
ほぼ絶望的になった学年主席を諦めていないのか、せめて二位はキープしようとしているのか、ともかく自暴自棄にならなくてよかったです。
ただ、ここで失敗すると断罪イベントで婚約破棄からカルミア様の暗殺、ニゲラ殿下による内乱へと連鎖的に突き進んでいく恐れがあります。
殿下に近付く女子だけでなく、男子にも気を付けなければなりません。
……いえ、BLとかではなくて。
ニゲラ殿下に近付いて、あることないこと吹き込んで殿下を操作しようとする者にとって、殿下の恋人になることは必須ではありません。
友人枠であってもニゲラ殿下に影響を与えられれば十分なのです。
そうした者にとっても、やっぱりカルミア様が邪魔になります。
本来なら、邪な目的を持って殿下に近付く輩を排除するのも側近の役目なのですが、そっち方面ではローレルに期待できません。
そんなわけで、カルミア様は男女関係なくニゲラ殿下に近付く人物全てに目を光らせています。
それにしても……結構複雑です。
第一王子派の筆頭はラバグルト公爵です。それは間違いありません。
けれども、派閥は一枚岩ではありません。派閥の全ての人間がラバグルト公爵に無条件に従っているわけではありません。
もっと言えば、派閥は組織ではありません。第一王子を次期国王として盛り立てようという考えが一致しただけで、ラバグルト公爵の指揮下に入ったのではありません。
貴族としての力関係があるから「お願い」されたら断れないことも多いのですが、ラバグルト公爵と言えども派閥の人間に一方的に命令することはできません。
そして、派閥の中にも意見の違い、思惑の違いから小さなグループ――派閥の中の派閥が存在します。
ニゲラ殿下に接近する者が派閥内のどこからの指示で動いているのかを推測すれば、その目的まで予想が付くのです。
……派閥の中の人間関係まで全部頭に入っているカルミア様が凄いです。情報の整理をするためにサラサラっとその場で書き上げてしまいました。
第一王子派の中でもラバグルト公爵を中心とする派閥の中枢は、わざわざ学生に手を出しません。必要がないからです。
特にラバグルト公爵はニゲラ殿下の政治基盤です。ニゲラ殿下が即位するだけで地位と権力は保障されます。
派閥内の大物貴族も、政治力を活かして派閥に貢献しています。殿下が即位すれば相応の見返りはあるでしょう。
問題は、派閥の中でも末端の小物の貴族です。
特に地方の下級貴族なんかは、派閥に所属しても王位争いにはほとんど影響しない多数派工作用のただの人数です。
派閥に参加したことで得られる見返りも大したことは無く、ただ人数はいるので褒賞の奪い合いになります。
だから、そうした小物貴族は少しでも功績を上げよう、派閥内で存在感を出そうと色々とやらかします。
身内に学園に通う生徒がいれば、ニゲラ殿下に接近させようとするのもその一つです。
失敗すると余計に立場を悪くするのですが。
余裕のない者ほど一発逆転にかけて破滅する駄目ギャンブラーの典型ですね。
小物貴族だけあって、よく知らない名前が並んでいます。
いえ、国内の領地は一通り憶えさせられたので、領地持ちの貴族の家名は全部知っています。
でもそれだけです。
国の重要な役職に就いているとか、王都で話題になる活躍をしたとか言ったことがないので名前を聞いてもピンとこないのです。
そんな、知っているけれども知らない名前がつらつらと並び……おや?
「フリュイテ侯爵?」
何か記憶に引っかかりました。どこかで聞いたことがあるような……
「フリュイテ侯爵ですか? 爵位は侯爵ですが、政治的に失脚していてあまり影響力を持たない貴族です。」
下級貴族が並ぶ小物貴族のグループに上級貴族が交じっているのは気になりますがそうではなくて……あ、思い出しました。
「王都で私兵を集めていたのが、確かフリュイテ侯爵だったはずです。」
「私兵ですか? 穏やかではありませんね。内乱が発生したら暴れそうです。」
情報屋から聞いた情報なので間違いありません。
それと、学生相手に売ってくれる情報ならば、ちょっと頑張れば自力で裏を取ることも可能です。
興味なかったので放置していましたが。
「ただ、今は特に気にする必要はないでしょう。フリュイテ侯爵家には現在学園に通う子供はいませんし、学園内に干渉できるような政治力もありません。」
「王妃様関係で失脚したんでしたっけ?」
「それは先代ですね。最近代替わりしたそうですから、それを機に中央に返り咲くつもりなのでしょう。」
「その手段として私兵を集めるというのはいかがなものかと思いますが。」
「そうなのですが、それだけで取り締まることもできません。館の警備の名目で人を雇い入れる貴族は珍しくありません。」
「それ以前に、学生でしかない私達では学外の事については手が出せませんし。」
「やはり今は断罪を避けることに注力するしかありませんね。」
「そうですね。」
貴族が私兵を雇ったとしても、それだけで無法を働くことはできません。
王都には衛兵がいて、王家直属の近衛騎士がいて、それでも足りなければ国軍が動きます。
私兵と言っても、せいぜいがチンピラのちょっと優秀な者止まり。
衛兵が手出しできないほどの人数を引き入れたならば隠し通すことはできずに必ず問題に――叛意を疑われることに――なります。
だから、通常は貴族が私兵を雇っても大したことはできません。館の警備をするのがせいぜいです。
特に、学園の生徒に手を出すことは、王家に喧嘩を売ることになります。
まともな貴族ならばそんなことはしません。
断罪イベントの阻止を画策している段階ではフリュイテ侯爵もその私兵も気にする必要はないでしょう。
私兵の存在が問題になって来るのは、王都の治安を維持できないような混乱が発生した場合です。
例えば、ニゲラ殿下が内乱を起こすとか。
フリュイテ侯爵が私兵を集めているということは、第一王子派の一部に王都の治安が維持できなくなるほどの大混乱が起こるような計画を立てている者が存在する可能性があるということです。
内乱王子の火種があるのでしょう。
何としても止めて見せます。
まずは、断罪イベントから。
フリュイテ侯爵の集めた私兵は無駄に終わってもらいましょう。
御家の再興は別の手段を考えてください。




