第十五話 林間学校1
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◇◇◇ 二年前 ◇◇◇
林間学校三日目、消灯時間も過ぎた夜の森をコソコソと歩く人影がありました。
その者の名は、ケール・イントリーグ。
林間学校に参加した一年生です。
生徒は就寝していなければならない時間に何故屋外を出歩いているかと言えば、林間学校の悪しき風習、裏の伝統である肝試しに参加しているからでした。
「何で僕がこんなことを……」
本人は乗り気ではなかったようです。
イントリーグ家は貴族の家格としては最下位の準男爵ですが、その血筋と歴史、そして国や貴族社会に対する影響力は上級貴族に匹敵します。
学内の序列も上位の方で、ケールに対して問答無用で何かを強制できる立場の生徒は多くはありません。
ですが、家格や序列だけで全てが決まるほど貴族社会は単純ではありません。
家格や序列が下でも上級生の先輩と言う立場は生徒の間では強いものがあります。
また、貴族にとって伝統は、それが悪しきものであっても、無視できない面があります。
さらに、面子の問題もあります。
王都の悪の総元締めと呼ばれるイントリーグ家の嫡男がこの程度の規則違反を恐れるのか、と言われると後には引けないのだそうです。
舐められたら終わり。
貴族とは面倒臭い生物です。
けれども。
そんな貴族特有の事情があっても規則違反は規則違反です。
生徒会長であるガザニア先輩は容赦なく取り締まります。
この程度の規則違反では大きなペナルティーがあるわけではありません。
ですが、捕まって叱責されるだけで不名誉になります。
本当に、貴族とは面倒臭い生き物です。
ケールは己の名誉を守るため、規則を破って肝試しに参加し、なおかつ捕まらずに戻らなければならない。
なかなかに困難なミッションを実行していたのです。
ガザニア先輩は悪習撲滅に気合が入っていました。
見回りの回数も増え、取り締まりも例年より厳しくなっていたそうです。
厳しい見回りをどうにかすり抜けて宿舎を出ても、外にも見回りは来ます。
肝試しの目的地は、年によって違うそうですが、森を抜けた先の湖のある辺りが多いそうです。
そこに仕掛け人である先輩が昼間のうちに置いてきた木札を持ち帰ります。
その行き帰りの道中で見つかってもアウトなので、森の中でコソコソしているのです。
森の中の小道を通れば湖まではすぐに着きます。
晴れていれば夜でも月明かり星明りに照らされて迷うことはありませんが、見回りに来た教師や生徒会役員に見つかる危険性も大きくなります。
だから、ケールは小道から少し離れた森の中を歩いていました。
魔物除けの結界は小道の外側にも広がってるので、小道から離れすぎなければ魔物に襲われる心配はありません。
けれども森の中は暗く、整地されていない地面は凸凹していて歩き難いものです。
それに、小道から離れすぎてもいけないし、見回りが来ないか注意する必要もあります。
足下ばかり気にしていると、見回りに気付かずに捕まったり、最悪道を逸れて魔物に襲われてしまします。
かといって、周囲ばかり気にして足下を疎かにすると躓いたり転んだりしてなかなか進めません。
何だか、肝試しの本質とは別な部分で苦労していたようです。
「うわぁ……あ痛て! 何だこれは!?」
木の根に躓いたケールは、勢い余ってそのまま何かにぶつかりました。
何か……それは小さくて古びた祠でした。
森の小道の傍らに目立たない形でひっそりと佇む小さな祠に、ケールは転んだ弾みで思い切りぶつかってしまいました。
「何だ、この!」
――ゲシゲシ!
色々とイラついていたケールは、祠に蹴りを入れていました。
その後、どうにか教師にも生徒会にも見つからずに肝試しを終えたケールでしたが、翌年のカルミア様の怪談を聞いて真っ青になったのは言うまでもありません。
この話がケールの口から語られたのはずっと後の事、学園を卒業して何年も経ってからです。
◇◇◇
そんなわけで、今年もやって来ました林間学校です。
相変わらず臨海学校の騒動は気にせず予定通りに開催されます。
生徒の命に関わりかねない事件が続いているのだから学園行事自体を自粛すべきではないか? と思うのは前世の世界の常識としても、ちょっと危機感が足りないのではないでしょうか。
各ルートの戦闘イベント三種類全てに遭遇してしまった臨海学校のように林間学校でも連日イベントが発生するのではないかと危惧していたのですが、一日目は何事も無く無事終わりました。
毎年恒例(予定)の第二回百物語もしっかりと開催されました。
今年は生徒会以外からも会談を話す側の参加者が集まり(聞く方は全員強制参加)、十話を超える怪談が披露されました。
去年の倍以上の盛況ぶりです。
地元ネタと言うことで、森の祠に纏わる怪談も幾つか含まれていました。
今後も百物語の定番の怪談として語り継がれていくことでしょう。
一夜明けた林間学校二日目。
私達は件の祠の前に来ていました。
私達――現と前の生徒会一同、教師側としてアスター先生とガザニア先輩、それに魔法研究所所属と言う魔法使いと護衛の騎士が数名。
何だか私だけ場違いに感じます。
前生徒会は現生徒会のサポート役ですが、前生徒会メンバー全員が参加する必要はありません。
ただ、三年生の林間学校における戦闘イベントの起点があの祠です。
誰も何も言わないのなら、おとなしく御一緒させてもらいます。
「昨年、この地域に伝わる伝承を聞いた時から気になっていたことがある。」
ニゲラ殿下は静かに話し始めました。
「強大な魔物が封じられていると言う伝承だが、王家に伝わる記録の中に関係する事件が記載されていた。」
殿下の言葉の意味を理解した何人かが息をのみます。
昨年のカルミア様や今年の何人かが語った話は、伝承を基にした怪談です。
話を盛り上げるための誇張や脚色が入っていますし、伝承自体が教訓話として創作された可能性だってあります。
ですが、記録として残っている事件ならば、それは歴史です。
特に王家は建国以来続く古い家系であり、フラワーガーデン王国の表沙汰にできない裏の歴史まで全て記録されていると噂されています。
王家に記録が残っているならば信憑性はかなり高くなります。
「伝承によっては『魔王』『魔獣』『邪神』等呼び方が異なるが、記録では『魔王』と称される魔物が強すぎて倒せなかったため封印したとあった。」
「この近辺を王家の私有地とした理由も、魔物の封印を管理するためだったようです。長い時間が経つうちに忘れられてしまっていましたが。」
「記録によれば、『古の賢者が魔物を封じるために作った装置を利用した』とあった。『魔王』以外の魔物も封じられている可能性がある。」
ニゲラ殿下の説明に、アイビー殿下も補足します。
この辺りの話はゲームの設定とも符合します。
ゲームのイベントでは、入ったルートによって『魔王』『魔獣』『邪神』のいずれかが登場します。
この世界でもゲームと同じことが起こるとすれば、その三体とも封印されていて、封印の綻びからどれか一体だけ出て来るということなのでしょう。
ルート選択がどう影響して出てくる魔物が変わるのかは不明ですが。
「封印された魔物が何時解放されるか分からない。本来ならば国を挙げて対策すべきだが、本当にこの場所に魔物が封印されているのか、封印がいつまで持つのか、不明点が多い。今回の目的はその調査だ。」
そして、魔法研究所の魔法使い――おそらく魔道具か封印魔法の専門家なのでしょう――が祠を調べ始めました。
なるほど。学園行事に部外者を連れてきた理由は、祠の調査のためでしたか。
王家に伝わる記録を調べていたからニゲラ殿下とアイビー殿下が共同戦線を張っていたわけですね。
王家秘蔵の資料では他の人間を手伝わせることはできません。
ゲームの展開とはだいぶ変わってきました。
ただ、問題は――封印はそろそろ限界のはずです。
年月が経ち過ぎたためか、三体もの魔物を封じ続けることに無理があったのか。
ゲームと同じならば、明日の夜に一体が封印から抜け出してきます。
『魔王』『魔獣』『邪神』
ルートに入らず、シナリオを壊しまくった今となってはどれが出て来るか分かりません。
「これは……、確かにこの祠は封印に関連した魔道具になっているようです。」
祠を調べていた魔法使いは優秀だったようで、魔物を封印している魔道具であることをすぐに見抜きました。
ついでに封印を強化とかしてもらえれば、イベントの発生を防げるのですが。
「封印の状態は分かるか? 魔物の封印は後どのくらい持ちそうだ?」
「……ま、まずい! 封印は壊れかけています! このままではいつ魔物が解放されるか分かりません。」
「何だと! 直せないのか?」
「無理です! 今下手にいじればすぐにでも封印が壊れます!」
予想はしていましたが、事態は切迫しているようです。
ニゲラ殿下にとっては完全に予想外だったのでしょう。そうでなければ、林間学校のついでに調査を行うような真似はしなかったはずです。
まあ、いくら王族でも古い記録と伝承からの憶測だけでは国を動かせなかったのでしょうけれど。
けれども、イベント発生の前日に危険性が判明したのだから、今からでも生徒を避難させて国軍を呼び寄せることも……
――ミシリ!
突然、何かが軋むような音がしました。
え? ちょっと!?
――メリメリメリ!
さらに大きく、何かが裂けるような音がします。
待って! 一日早い!
「まずい! 封印が解ける! みんな離れろ!!」
慌てて全員祠から離れます。
――パリン!
何かが砕けるような音がしました。
そして――
――グウォーーーー!!
解放された魔物の雄叫びが響き渡りました。




