第十四話 臨海学校7
・2025年11月16日 誤字修正
誤字報告ありがとうございました。
評価設定、ブックマーク登録およびリアクションありがとうございました。
ニゲラ王子ルートとローレルルートでは、臨海学校の三日目にイベントが発生します。
発端はどこからか迷い込んだシーサーペントの子供が入江に入ってきたことです。
成体のシーサーペントには浅すぎて自由に泳げない入江でも、幼生体にとっては手頃な遊び場です。
大型の魔物が入って来れない分、幼生体のシーサーペントにとっては安全な場所と言えるでしょう。
そして、シーサーペントに追い立てられたのか、魚人まで入って来ます。
ゲームでは他のルートのイベントが入り込んだり避難訓練を行うこともないので、多くの生徒が海で泳いでいます。
生徒で賑わう海に魔物が乱入してきたので大騒ぎになります。
イベントの前半は、海で魔物に襲われる生徒の救出を行います。
小船に乗って海を移動し、たまに魚人とエンカウントしながら海上の生徒を回収して行きます。
これは、他のルートのイベントの船内探索に相当するもので、イベントの難易度のバランスを取るために入れられました。
生徒の救出が終わると、ボス戦です。シーサーペントと戦います。
海賊船長や骸骨船長と比べると大物感がありますが、その分攻撃が大味、具体的には手数が少なめにしてあるのでヒロインがガンガン回復すれば勝てるようになっています。
さて、現状ほとんどの生徒は海に入っていないので救出する必要はありません。
幽霊船や海賊が現れたからなので、これを幸いと呼ぶのは抵抗があります。
避難訓練が役に立ったと思いましょう。
水泳教室で練習していた生徒が海から上がって、海で泳いでいる生徒はいなくなりました。
海棲の魔物は陸に上がれば危険度は一気に下がるのでこれで安心……とはなりません。
「魚人だ! 迎え撃つぞ!!」
戦闘が始まりました。
魚人のような弱い魔物は本来ならば結界によって入って来れないのですが、結界を無視して侵入してしまうケースもいくつか存在します。
その一つが、天敵に追われた場合です。
シーサーペントにとって、魚人は餌です。
子供であってもシーサーペントに追い立てられたら逃げ惑うしかありません。
結界があっても気にする余裕も無く、命からがら逃げ込んで来たのです。
そして、そのまま逃げ続けて砂浜から上陸して来ました。
陸に上がった魚人はそれほど脅威ではありません。
私達だけではなく、アイビー殿下を中心とした戦える学生や、急遽駆け付けた騎士達も応戦しています。
たとえ結界が失われてもシーサーペントが居座っている海域に近付きたがる魚人もいないだろうから、際限なく魚人が押しよせて来ることもないでしょう。
魚人は問題ないのです。
問題は――
「気を付けろ、シーサーペントが来る!」
餌がこちらに来てしまっているのです。シーサーペントだってやって来ます。
ボス戦の始まりです。
――シャァアアアー
奇妙な声――蛇は鳴かないので声ではないのかもしれませんが――を上げながら、シーサーペントが突っ込んできます。
魚人を食べるシーサーペントにとって、同じくらいのサイズの人間も餌にしか見えないのでしょう。
その進路は真直ぐに私達に向かっています。
海上に突き出たシーサーペントの頭は勢いのまま波打ち際を越え、砂浜の上を進みます。
そして大きく口を開けて――
「アースウォール!」
ローレルの作った土壁に激突しました。
シーサーペントの勢いを完全に殺すことはできませんでしたが、その頭部をかち上げるように上向きにそらします。
そこへ――
「ファイヤーボール!」
ニゲラ殿下の火球が直撃しました。
――キシャァァアー
巨大なシーサーペントを一撃で仕留めることはできませんが、さすがに熱かったらしく、シーサーペントは反転して海に潜りました。
「シーサーペントは我々が対処する。他の者は魚人の退治と生徒の避難を行え!」
王子が自ら一番危険な戦いに赴くことの是非は置いておくとして、ニゲラ殿下の判断は間違ってはいません。
重武装した騎士は強いのですが、水中での戦いには不向きです。
陸に上がった魚人相手ならば無類の強さを発揮するでしょうが、すぐに海中に引っ込んでしまうシーサーペントの相手には不向きです。
海中の魔物に対して陸上から戦うためには、魔法による遠距離攻撃が必要です。
そして、この場で魔法による戦闘に一番慣れているのが私達です。
ゲームでは話の流れで強制的に戦闘に突入していましたが、ゲームが現実となった世界ではちゃんと戦う理由がありました。
一旦仕切り直しとなり、海からこちらを窺うシーサーペントと睨み合いがしばらく続いていましたが、そのシーサーペントが再び海に潜りました。
この動きは確か……
「左から攻撃が来ます!」
「なに……うわ!」
大きく振られたシーサーペントの尻尾が迫って来ました。
とっさに前に出たローレルが盾で受け止めますが、足下が砂浜では踏ん張りも利かずにそのまま押されて……あ、止まりました。
土魔法で足元を固めたようです。ローレルも器用なことをします。
「そらぁ!」
気合一発跳ね上げると、尻尾はローレルの頭上を通り過ぎて海に戻ってきました。
攻撃が終わって頭を会場に出したシーサーペントが、「何で攻撃が当たらなかったの?」みたいな顔でこちらを見ます。
いえ、蛇の表情なんて分からないのですけど。
こちらの様子を確認したシーサーペントは、再び海に潜りました。
また尻尾の攻撃かと身構えるローレルでしたが、今度はすぐに頭を出しました。
そして、こちらに向かって――
「うわぁ!」
シーサーペントの口から勢いよく飛び出した水が、ケールを直撃しました。
水系統の攻撃魔法かと思うくらい強力な水流でしたが、風の防御魔法をかけていたケールは大きなダメージを受けていません。びしょ濡れにはなりましたが。
「この!」
ニゲラ殿下が火魔法を放ちますが、シーサーペントは海に潜って回避してしまいました。
戦ってみると、なかなかに厄介な相手です。
ゲームでは、シーサーペントの攻撃は三種類あります。
頭から突っ込んで来る『突進』。
尾を横に振る『薙ぎ払い』。
水を吹き付けて来る『水鉄砲』。
はい、既に三種類とも披露してくれました。
この中で、最も威力の高いのは『突進』です。あの巨体が突っ込んで来ればそれだけで脅威です。
また、ゲームではダメージが大きいだけですが、現実では食われる恐れがあります。
シーサーペントの大きさからすれば、人間なんて丸のみです。
一方、『薙ぎ払い』は威力はそこまで高くありませんが、前衛をまとめて薙ぎ払う範囲攻撃です。
また、ノックバック効果もあるので、急いで隊列を整えないと後衛が直接強い攻撃を受けることになります。
最後の『水鉄砲』は遠距離攻撃です。
威力はさほど高くありませんが、前衛を無視して直接後衛を狙うことができます。
この三種類の攻撃を繰り返すだけで、結構な確率で全滅します。
巨大生物に相応しいだけのHPと攻撃力に加え、後衛殺しの技が厄介です。
回復役であるヒロインかアスター先生が倒れると、ダメージに回復が追い付かず、シーサーペントのHPを削り切る前に全滅するのです。
そこで、難易度調整のために、シーサーペントの弱体化の代わりに行われたのが、行動パターンの追加でした。
「出てこないぞ。逃げたのか?」
「いえ、まだあの辺りの海に潜ったままです。」
追加された第四の行動は、『潜水』。
1ターンの間攻撃してこないので、その間に味方を回復したり前衛を元の位置に戻したりします。
ただし、『潜水』を行っている最中のシーサーペントには攻撃が届きません。
この世界でもその辺りは同様で、水中に魔法を届かせることは困難です。
さして深い海でもないので、大きな魔法を叩き込めば届くでしょうが、効率は悪いです。
互いに手が出せないので、難易度が下がった代わりに戦闘が長引くことになります。
それからもう一つ。
水中に潜ったシーサーペントが何時何処に顔を出すかは分かりません。
ゲームでは問題になりませんが、現実では非常にやり難いものです。
「くっ、また潜られた!」
『突進』は避けるかローレルの土魔法で逸らすことができました。
『薙ぎ払い』もローレルが物理的に受け流すことができます。
『水鉄砲』は防御魔法で軽減できる他、ガザニア先輩の水魔法で防ぐこともできました。
シーサーペントの攻撃に対応することはできています。よほどの失敗をしない限りは大きなダメージを受けることは無いでしょう。
その一方で、シーサーペントに対して有効なダメージを与えることもできていません。
ローレルとガザニア先輩が防御を優先しているので、攻撃の主体はニゲラ殿下とケールになります。
特にニゲラ殿下の火魔法は効果がありそうですが、すぐに海に潜って消火されてしまいます。
体の大きいシーサーペントは、テキトーに魔法を撃ち込んでも当たります。
けれども、体が大きい分テキトーな魔法では効果があまりありません。
そして、巨体の割に動きが素早いので、急所をピンポイントで狙ったり、発動に時間のかかる上級魔法や大魔法を打ち込んだりすることが困難です。
必然的に、ゲームと同様に長期戦になります。
ですが、現実の戦闘はゲームとは少し異なります。
ゲームではHPが1でも残っていれば同じように闘い続けることができますが、現実には瀕死のダメージで戦い続けることはまずできません。
たとえ治癒魔法で傷を治したとしても、ダメージを完全に無かったことにはできません。
上位の治癒魔法ならば体力の回復もある程度できますが、疲労、特に精神的な疲労は蓄積し続けます。
――精神を高揚させて疲労感を吹っ飛ばす方法もありますが、一時的なものですし、行動が雑になりがちなので推奨しません。
疲労が溜まり、集中力が切れて判断を誤れば致命的なミスを招きかねません。
まあ、そうした理屈と無関係に、体力の塊のような大型生物との長期戦なんて誰だって嫌に決まっています。
そんなわけで、『潜水』で海中に潜られて攻撃を中断せざるを得なくなることは、とてもストレスなのです。
ただ、いくら面倒になっても戦闘を放棄して逃げるわけにもいきません。
通常、シーサーペントは海から完全に出ることはありません。その巨体故に浮力の助けが無ければ自重で身動きが取れなくなるそうです。
ところが、子供のシーサーペントは例外です。
成体ほど大きくない幼生体のシーサーペントならば、水中よりは動きが鈍くなるものの、陸上でも行動可能です。
私達が逃げれば追ってきます。
少なくとも生徒の避難が終わって、騎士団の迎撃態勢が整ってからでないと大惨事になります。
騎士団に任せるにしても、接近戦主体の騎士ではかなりの被害を覚悟する必要がありそうです。
可能ならば、このまま魔法攻撃で仕留めたいところです。
さて、どうしましょう?
ゲームと同じならば、長期戦でもどうにか勝てるはずですが、正直ゲームの設定は今一つ当てになりません。
ゲーム準拠で言うならば、今の私は恋愛要素を全て切り捨てて最強ヒロインを育成するというゲームの主旨をはき違えたようなプレイスタイルに近い状態です。
そのような偏ったプレイをすると、恋愛イベントのボーナスが付かないため、攻略対象の能力値は低くなりがちです。
つまり、あの五人はかなり弱いということになります。
まあ、その場合は最強ヒロインに育っているはずなので、ヒロインが攻撃に参加すれば問題ないのですが。
シーサーペントならば、ヒロインが覚える最強攻撃魔法のマキシマムレーザーの一発で倒せます。
一応私も使えますよ。ゲームの魔法と完全に同じか分かりませんが、マキシマムレーザーのような攻撃魔法を開発済みです。
威力が高すぎて全力で放ったことはありませんが、たぶん相手がシーサーペントでも倒せます。
それは最後の手段として。
まずは、直接攻撃以外の方法で支援してみましょう。
光魔法、光操作。
光を曲げるだけの単純な魔法ですが、単純なだけに応用が利きます。
私が勝手に開発した光魔法のほとんどに光操作が組み込まれています。
ある意味、私の最も得意とする魔法の一つです。
この魔法の単純な使い方は、遠くのものを拡大したり、障害物を迂回してその向うを見る『覗き見』ですが、視点を変える使い方もできます。
振り向くことなく真後ろを見ることもできます。
特に便利なのが、上から見た視点――鳥瞰図が得られることです。
この場で上からの視点で見てみると……見えました! 海中に潜ったシーサーペントの姿がはっきりと。
砂浜で対峙している私達の視点では、角度が浅すぎて海の中までは見えないのです。
シーサーペントの次の行動が分からないから苦戦していたのですが、水中の動きが見えればだいぶやり易くなるはずです。
上から見た映像をみんなに見えるように投影し、ついでにシーサーペントの頭の上に目印代わりの光球を浮かべてみます。
「これならば……火炎鎗!」
――キシャァァアー
突進して来ようとしたシーサーペントの頭にニゲラ殿下の火魔法が直撃しました。
シーサーペントは堪らず海中に逆戻りします。
海上に頭を出してからでは間に合わなかった魔法による迎撃が、海中の行動を見えるようにしたことで間に合うようになりました。
狙い通りです。
これでだいぶ有利に戦えるはずです。
少しだけ私達が有利になった状態で、戦いは続きました。
そして、唐突に終わりました。
「逃げた……のか?」
シーサーペントは戦闘を放棄して、入江の外に向かって泳ぎ去って行きました。
理由は分かりません。
ダメージを受けて逃げ出したのかもしれません。
なかなか倒されない私達との戦闘に飽きただけかもしれません。
案外、戦いの合間につまみ食いしていた魚人でお腹いっぱいになっただけかもしれません。
シーサーペントの考えていることなんて分かりません。
ですが、敵がいなくなったので戦闘終了です。
その後は特にトラブルも無く、今年の臨海学校は終了したのでした。
ただ、少し気になることもあります。
ゲームではきっちりとシーサーペントを倒しているのです。
倒せる敵が倒されることなく去っていくのは、戦闘イベントの負けパターンのようです。
やはり、ゲームに比べて攻略対象の五名が弱くなっている気がします。
最終的に敵対する可能性もあるのでそこまで強くなって欲しいと思ってはいなかったのですが、戦闘イベントに負けて被害を大きくすることは避けたいです。
そろそろ、光系統の攻撃魔法を解禁するべきでしょうか。




