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第一話 入学の日

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 ついにこの日がやって来ました。

 今日は学園に入学する日です。

 王立ブルーローズ学園には王国中の貴族の子弟が入学します。

 貴族のみの学園というと大した人数はいそうにないと思うかもしれません。

 この国の男爵以上の爵位は領地に対応しています。どこかの領主に封ぜられればその領地に対応する爵位と家名が与えられます。

 そしてフラワーガーデン王国内の領地の数は五十二です。さらに王家の直轄地になっていたり、大貴族が領主を兼任している領地などもあって、領主の人数はさらに少なくなります。

 その中でも学園に通う年齢の令息、令嬢となるとさらに限られてしまいます。

 けれども、実際には今年の新入生だけでも百名を超えています。もちろん全員貴族です。

 どういうことかといえば、領主の子供だけが貴族ではないということです。

 例えば、私のように何らかの才能が認められて貴族の養子に迎えられた平民の子供がいます。まあ、数に入らない程度の例外でしょうが。

 それから意外と多いのが、準男爵や騎士爵などの領地を持たない貴族の子女です。一代限りでも貴族扱いなのでその子供は学園に通う権利があります。

 功績さえあれば平民でも叙されることのある爵位ですが、その多くは元から貴族の血筋の者なので、私なんかよりもよほど貴族です。

 そして、爵位を持たない貴族も大勢います。家督を継げなかった次男三男等が独立したケースなんかです。分家として領主を支える役職に就いたり、どこかの領の領主に使える家臣になったりすることもあるそうです。

 領主の子供はもちろん、爵位を持たない貴族であっても、今後も貴族家としてやっていくつもりならば必ず子供を学園に入学させます。

 学園に入学させない貴族家は、よほどの問題児か没落寸前とみなされるので、貧乏貴族は借金をしてでも子供を入学させるそうです。

 そんなわけで、学園の正門は学生で溢れていました。同じデザインの学生服を着ているので、学生を見分けるのは簡単です。

 予想以上に多いのは、新入生だけでなく在校生もいるからでしょうか? ちょっと甘く見ていました。

 かなりの混雑ですがそこは礼節を重んじる貴族です。特にトラブルも起こさず、粛々と学園へと入って行きます。

 平民相手には尊大で横柄な態度を取る貴族の話もよく聞きますが、ここにいるのは貴族ばかりです。どこに自分よりも格上の貴族家の者がいるか分かったものではありません。特に今年は王族が入学してくることは周知の事実です。皆礼節はしっかり守るでしょう。

 学園の「学生は身分に係わらず平等に扱う」という建前を真に受けてなれなれしい態度を取るのは……ゲームのヒロイン(フリージア)くらいなものです。


「邪魔だな。」


 ふと、背後から聞こえてきた声に、私は思わず息を呑みます。

 小さく呟かれたはずのその声は、妙にはっきりと私の耳に届きました。

 初めて聞いた声。けれども、私はこの声をよく知っています。


 前世の人が囁くのです。

 ここは間違いなくゲームの世界だ、と。


 乙女ゲーム「花咲く王国で恋をして」は、それ単体では優れたゲームとは呼べないものでした。

 あくまで悪役令嬢物の小説「死亡エンドしかない悪役令嬢に転生したので、どんな手を使っても生き延びます」のスピンオフであり、メディアミックスの一環です。

 そのため、一見するといかにもありそうな、特徴に乏しい乙女ゲームに仕上がっています。

 原作小説ありきの乙女ゲームですが、ゲーム単独での売りも必要でした。

 そこで用意したのが、豪華声優陣です。

 特に攻略対象五人には、イケボで有名な人気声優を揃えています。

 それは制作費用の半分を費やしたという豪華さです。

 前世の人曰く「あいつら正味一週間の収録で俺の年収以上のギャラを持って行きやがるんだよ~!」だそうです。

 その一度聞いたら忘れられないイケメンボイスが、私の背後から響いてきます。


「道を空けよ! フラワーガーデン王国第一王子、ニゲラ・フラワーガーデンの前であるぞ!」

「きゃあ!」


 思わず振り返ると、やはりいました。攻略対象その一、ニゲラ殿下です。その近くには、ニゲラ殿下に突き飛ばされたのか、地面に手を突いている制服姿の女性もいます。


――ピロン!

「ニゲラ王子に文句を言う」←

「女生徒に駆け寄る」


 思わず頭の中に選択肢を思い浮かべてしまいました。これ、ゲーム内でヒロイン(フリージア)がニゲラ王子と出会うイベントです。

 オープニングイベントで出てきた男の子がニゲラ王子で実は十歳の時に出会っていたことがニゲラルートに入ると判明したりしますが、ニゲラ王子であると認識して初めて出会うのはこのタイミングです。

 ニゲラ王子のルートに入りたければ、ここで「ニゲラ王子に文句を言う」を選択します。その結果ニゲラ王子はヒロイン(フリージア)に興味を持つことになります。好感度が上がるだけで必須ではありませんが。

 しかしこれはゲームではなく現実です。私は頭に浮かんだ選択肢を消します。

 この世界の貴族の礼法から考えれば、どちらの選択肢も間違いなのです。

 正解はこうです。


 私は道の端により、ニゲラ殿下に向かって頭を下げました。


 周囲の学生たちも大慌てで同じようにします。

 この場合、一番やらかしたのはニゲラ殿下です。学園に入る前とは言え、「学生は平等」の建前を無視して自分の身分でゴリ押ししようとしたのです。

 さらに問題なのは、王族の御前であることを宣言してしまったことです。

 その瞬間から、ここは公の場になりました。

 今殿下に文句を言うことは、最悪叛逆罪に問われる可能性もある愚行です。

 一方、倒れている女生徒に駆け寄るためには殿下の前を横切らねばならず、これも不敬罪になりかねません。

 ゲームの選択肢とは言え、随分と命がけのことをやらせるものです。

 王族の権威を振りかざされてしまえば、私のような下っ端貴族は隅っこの方でじっとしているしかありません。

 ゲームのヒロイン(フリージア)がいかに無知で無謀だったかよく分かります。

 殿下の暴走を止めるには、それなりの地位にいる貴族が諫める必要があります。

 本来ならば、ニゲラ殿下の護衛を兼ねたお目付け役であるはずのローレル・ベスビアスが諫めなければならないのですが、脳筋騎士にそこまでできる頭はありません。殿下の背後で空気になっています。

 この場を収められるのは――


「ニゲラ殿下、王家の威光をみだりに振りかざすものではありませんよ!」


 そうです、この人。カルミア・ラバグルト様です。

 ニゲラ殿下の婚約者(フィアンセ)にしてラバグルト公爵家の御令嬢であるカルミア様であれば、公の場でもニゲラ殿下に直言できます。


「だ、だが、時には王家の威光を示す必要も……」

「今この場所で必要ですか? そもそも学園は身分の差を超えて交流するための場でもあります。これから入学するというのに、王家を持ち出すのは極力避けるべきです。」


 さすがはカルミア様です。殿下の戯言(たわごと)を容赦なく正論で粉砕します。


「わかった、わかった、この場はここまでとしよう。」


 さしもの俺様王子も、正論の前に折れます。面倒臭くなっただけかもしれませんが。

 カルミア様の特徴は、この徹底した正論にあります。

 ニゲラ王子も逃げ出す正論でヒロイン(フリージア)の行く手を阻む悪役令嬢。それがゲームにおけるカルミア様の立ち位置です。

 杓子定規過ぎて鬱陶しく見えますが、やはり正しいことを言っているから正論なのです。

 先ほどのニゲラ殿下とのやり取りでも、学園の「学生は平等」というのは建前です。実際には学生間でもしっかりと序列ができていて、立場に合わせた態度を取らなければならないとお義兄様も言っていました。

 王国の身分制度を理解した上で立場に相応しい態度で臨むことも、学園で学ぶべき大切な事項です。

 けれども、学園の理念は形骸化し、意味を失った単なる建前ではありません。

 立場に相応しい態度とは、自分の身分や家格を自慢することではありません。その身分や立場に相応しい人間であることを行動で示すことです。

 私の場合ならば、将来は国か領地の要職に就く必要がありますが、チャールストン伯爵家の威光で就職するのではなく、チャールストン伯爵に見いだされた才能を示して国や領地の役に立たなければなりません。そうでなければお義父様の顔を潰してしまいます。

 同様に、ニゲラ殿下は王家の威光で畏怖されるのではなく、自らの行為と才覚で敬意を集め、王家の威光を高める人間にならなければなりません。

 カルミア様が執拗な正論攻撃で諭そうとしているのは、そう言うことです。当の殿下は全く理解していないようですが。

 ゲームでは、ヒロイン(フリージア)がどちらの選択肢を選んでも、カルミア様の正論によるお説教が待っています。

 これはプレイヤーに、「悪いのは王子の方なのにそこまで言うことはないだろう」と思わせて、カルミア様をヒロイン(フリージア)の邪魔をする悪役令嬢として印象付ける演出です。

 しかしその裏にはもう一つ重要な意味があります。

 ヒロイン(フリージア)の行為は不敬罪や反逆罪に問われかねない危険なもので、それを厳重注意という形で丸く収めたのです。また、ニゲラ王子が「王家の威光を振りかざして罪のない令嬢を罪人に仕立て上げた」という悪評を避けるためでもありました。

 そんな裏設定を前世の人がシナリオライターさんから聞いています。

 まあ、今の私は下っ端貴族令嬢として文句のつけようのない態度で臨みましたので、お説教はありません。

 殿下とカルミア様が通り過ぎてから、私はそっと頭を上げます。

 周囲には、突然の出来事に未だに茫然としている学生がいます。私と違ってゲームのイベントの知識が無いのだから仕方ありません。

 さて、私もそろそろ学園に向かいましょうか。

 おっと、その前に。


「大丈夫ですか?」


 私はへたり込んで呆然としている女生徒に声をかけました。

 彼女は、ゲームではこのイベントにだけ登場する名前もないモブキャラでした。

 おそらく今回の件を王家に抗議したり、後々問題にする力もない弱小貴族の令嬢なのでしょう。

「女生徒に駆け寄る」の選択肢を選んでも、ヒロイン(フリージア)がカルミア様の説教を受けている間にどこかへ行ってしまい、その後二度と登場しない影の薄いキャラでした。

 しかしこの世界はゲームではなく現実です。

 名前も知らない人々も、モブキャラや通行人Aとかでなく、ちゃんと一人一人の人生を生きている、実在の人間なのです。

 まあ、そういうわけで。

 お友達一人、ゲットです。


・ニゲラ

 誕生日:6月6日

 花言葉:夢の中の恋


・ローレル(月桂樹)

 誕生日:4月1日

 花言葉:栄光と勝利


・カルミア

 誕生日:6月26日

 花言葉:大きな希望


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