閑話 悪役令嬢の憂鬱
リアクションありがとうございました。
いよいよ今年は最終学年になりました。
みなさんごきげんよう。
カルミア・ラバグルトです。
二年生の時には色々とありました。
フリージアさんも転生者で、ここが小説ではなくゲームの世界だったということはとても衝撃的でした。
知っている話が進まないはずです。
思えば、小説との相違は私やフリージアさんの行動以外にもありました。
例えば、臨海学校や林間学校のエピソードは小説には存在しません。
小説では、一年生の夏休みは帰省してスズラン商会や工房周りで新商品の開発を行う話になっていました。
この世界では、帰省してもできることもなく、ニゲラ殿下が参加している以上は私も臨海学校や林間学校に参加しなければなりません。
殿下の後始末係としての参加なので、小説通りにスズラン商会を立ち上げていた場合でも不参加とはいかなかったでしょう。
学園行事なので私やフリージアさんの行動で変わるとは思えません。まあ、ニゲラ殿下が参加するか否かが変わることはあり得ますが。
その一方で、ゲームでは臨海学校と林間学校のイベントがあるそうです。
小説では描写が無くてゲームには存在する出来事があったのだから、この世界は小説を基にしたゲームと考えるべきでしょう。
この世界に対するより正確な情報が得られたことは喜ばしい限りです。
ですが、喜んでばかりもいられません。
ゲームにおいても悪役令嬢はどのルートでも死亡するのですが、その理由は明確にされていません。
小説でも、ゲームの知識では悪役令嬢が死亡する直接の原因が分からなくて四苦八苦しているので、原作通りのゲーム化です。
原作通り過ぎて死にそうですけれど。
この世界に関する知識は増えましたが、最も必要な情報は得られませんでした。
けれども、状況は少し変わりました。
断罪イベントを回避するという目標は継続中ですが、フリージアさんの協力が得られたことで大きく進展しました。
少なくとも、フリージアさんを虐めた罪で断罪される可能性は限りなく低くなりました。
ですが、それだけで安心はできません。
断罪は悪役令嬢を排除するための口実であり、私の命を狙う何者かが存在する、もしくはこれから現れる可能性が高い。
フリージアさんと二人で情報を突き合わせて考えた結論です。
残念ながら、否定できる根拠がありません。
ラバグルト公爵家の娘であること、ニゲラ殿下の婚約者であること。
その立場はただそれだけで、私の意志などお構いなしに敵を作ります。
敵になり得る勢力は多すぎて絞り込めません。
ラバグルト公爵家に生まれた宿命のようなものです。
当然、ラバグルト公爵家としても、備えは怠っていません。
権力、財力、そして武力。
持てる力を駆使して身を守り、その守りを突破して公爵家の者を害したしても、そのことを大義名分として公爵家が本気で動けば下級貴族の一つや二つ簡単に潰れます。
けれども、ラバグルト公爵家の中で私の立場は弱いものです。
政略結婚という政治の駒として利用できるから私にラバグルトを名乗らせている面があります。
ニゲラ殿下から断罪され、婚約破棄されれば私の利用価値はほとんどなくなります。
世間体があるのでいきなり放逐はしないでしょうが、今まで以上に私には無関心になるでしょう。
私が何者かに殺されたとしても病死か事故死と言うことにして何もしない可能性があります。
ゲームの悪役令嬢が最後に原因不明の死を遂げるのも、暗殺されたことをラバグルト公爵家が隠蔽したのだとすると辻褄が合います。
実際にどうなるかはその時になってみないと分かりませんが、私の命を狙う何者かが「ラバグルト公爵家は動かない」と判断したら、刺客を送り込んで来る可能性が高まります。
断罪されて婚約破棄された後ならば、絶好のチャンスと思えるでしょう。
だから、断罪を回避することは危険を減らす意味で有効なのですが、ラバグルト公爵家の内情を知れば婚約破棄無しで暗殺してもラバグルト公爵家は静観すると判断する恐れがあります。
ヒロインがどのルートに進んでも死亡する悪役令嬢と言うのは、つまり舞台となる学園生活とは関係ないところで命を狙われているのではないか?
そう考えると、ゲームのニゲラ王子ルート以外、つまりニゲラ王子にとって婚約者の存在が邪魔にならない場合でも断罪と婚約破棄が行われて悪役令嬢が死亡することの説明が付きます。
ですが、その推測が正しかったとしても、誰が、何故、どういった手段で私を狙って来るのかまでは分かりません。
誰かの陰謀を未然に阻止することは難しいから、刺客が送られたとしても何としても生き延びる方向で対策を考えることになりました。
断罪からの婚約破棄を防いだところで敵が諦めてくれればそれが一番です。
それでも刺客が送り込まれた場合に備えて、護身術を学ぶことになりました。
何故かフリージアさんが騎士科の女子と親しくて、その伝手で女子剣術部に入部しました。
剣術の実技の授業を受けても良かったのですが、騎士科の落ちこぼれ男子が自分よりも弱い女子に絡んで来ることもあるそうです。
その点、女子だけの部活ならば男子に変なちょっかいかけられることもなくて初心者にも安心なのだとか。
すっごくハードでしたけれど。
それにしてもフリージアさん、何であそこまで騎士科の女子と馴染んでいるのでしょう?
騎士科の先輩相手に剣で互角に戦っています。
貴女、後衛の回復役でしょう!?
小説の、ニゲラ王子に庇われていたヒロインとは大違いです。
私なんて、初日は走っただけで力尽きました。同じ距離走って、どうしてあんなに元気に剣を振り回せるのでしょうか?
本来なら、武門の貴族であるラバグルト公爵家の娘の私の方が武芸の心得があって然るべきところです。
ですが、私は生まれてこの方戦闘訓練を受けたことはありません。
公爵家で幼い頃から受けていた教育は貴族一般としての教養が中心で、運動系の習い事は社交ダンスくらいです。
私の魔法適性が戦闘に向かない植物魔法だと判る前からそんな感じでしたので、ラバグルト公爵家の者として武功を上げるのではなく政略結婚の駒として扱われることは私が生まれた時から決まっていたのでしょう。
ただ、私が学園で護身術を習うことにしたと言ったところ、即座にスポーツブラのようなものが出てきました。
激しい運動で胸の形が崩れて女性としての価値が下がることを防ぐための措置ですが、すぐに用意されるということはラバグルト公爵家では騎士や剣士になる女性も珍しくないということです。
それと、この世界では前世の日本と遜色ない程に女性用の下着の種類が豊富で質も良いので助かっています。
護身術に関してはこのまま継続することにして、魔法の練習も始めました。
これもフリージアさんの発案です。
私の植物魔法は戦闘には使えません。
小説では品種改良した作物で商会を立ち上げて財力と人脈を作りましたが、それは入学前からコツコツと進めて行った結果です。
今かからでは到底間に合いません。だから、魔法に関しては後回しにしてきました。
けれども、フリージアさんが仲間になったことで状況が変わりました。
ラバグルト公爵家の支援は全く期待できませんが、チャールストン伯爵家や他の貴族家の協力が得られれば、品種改良された農作物の実用化がぐっと現実的になります。
完成品はできなくても、将来に期待できそうならば支援者は集まる、と言うのももっともな話です。
当初重要視していたヒロインやニゲラ殿下の暴走をあまり気にする必要が無くなって余裕もできました。
生徒会に入ったのも僥倖でした。廃部になった園芸部と使用されなくなった温室や花壇があることを知り、園芸部を復活させることもできました。
植物魔法は独学で少しずつ勉強していましたが、これでようやく本格的に試すことができます。
その前に、魔法の基礎となる魔力制御の訓練方法を教えてもらいました。
魔力制御がしっかりとできていれば魔法の制御と効果が向上し、失敗や暴走も防げるそうです。
独学では限界があるので、基礎だけでもしっかりと学びたいと思います。
そう、思ったのですが……座禅? ヨガ? 滝行? 何なのですか、この訓練は?
フリージアさんによると間違いなく効果があるということなので続けていますが、魔法使いになるために水泳が必須だなんて変な世界です。
とりあえずは、イチゴ大福を目指してみましょうか。
生徒会に女子剣術部、園芸部と課外活動を三つ掛け持ちで行う忙しい毎日を過ごすことになりましたが、案外どうにかなっています。
女子剣術部はハードですが、活動自体は緩いものです。特に試合とか大きな大会があるわけでもなく、皆自分のペースで腕を磨いています。
園芸部は私とフリージアさんだけの活動なので、いくらでも融通が利きます。個人的には優先順位は高いのですが、絶対に失敗許されないというほどこれ一つに懸けているわけでもありません。
生徒会は部活と違って手を抜けません。生徒会活動で問題を起こすと、その影響は他の学生に及びます。
生徒会の問題は生徒会長であるニゲラ殿下の責任になりますが、その責任を私やフリージアさんに転嫁するかも知れません。
それが最終的に断罪の理由にされるかもしれません。
だから、生徒会の仕事を疎かにすることはできません。
まあ、生徒会活動も学園の教育の一環です。例年通りに進めていれば大失敗することもまずないし、それで問題がおこれば責任を問われるのは学園です。
ニゲラ殿下にしても、自分が生徒会長を務める生徒会で問題が発生する不名誉は望まないでしょうから、真面目に仕事に励むことでしょう。
ニゲラ殿下が張り切り過ぎて妙な企画を強行しないかと言う点が懸念事項でしたが、殿下は勉強に注力するようです。
一年生の終わりに生徒会選挙に夢中になって少しばかり学業が疎かになっていたという話で、学業の遅れを挽回し、成績を上げるために当面は勉強を頑張るそうです。
殿下の成績があまり揮わないとそれを口実に私に文句を言ってくる人がいるので困ります。
そう言った意味でも、殿下には勉強を頑張って欲しいところです。
殿下が無駄に仕事を増やさなければ、生徒会の忙しい時期はおおよそ決まっています。
初仕事の入学式、夏休みの臨海学校と林間学校、体育祭、文化祭、クリスマスパーティー、最後に卒業式と卒業記念パーティー。
毎年決まった学園行事なので前例を踏襲すれば問題ない、はずなのですが、臨海学校と林間学校に関しては手を加えることしました。
フリージアさんによれば、この二つの学園行事はゲームで戦闘が行われる危険なイベントが発生するというのです。
そして、実際に発生しました。
臨海学校では海賊の襲来。
林間学校では魔物の襲撃。
事前の対策が功を奏したのか、学園関係者に一人の死者も出しませんでしたが、一つ間違えれば大勢の死傷者が出る大事件でした。
こうも連続して大きな事件を言い当てられては疑いようもありません。
ここはゲームの世界です。小説の展開はいったん忘れましょう。
そう思っていたら、小説のエピソードが発生しました。
クリスマスパーティー会場を占拠するテロ事件です。
ゲームには存在しない事件と言う設定だったので、ゲーム準拠のこの世界では起こらないものと思っていました。
後から考えれば、小説の悪役令嬢がゲームの好ましくない出来事を回避した結果として発生した想定外の事件です。
ゲームの情報を知り小説は詳しくは知らないこの世界のフリージアさんが同じ行動をとる可能性は高かったのです。
ただ、このことを知っていたとしても、クリスマスの事件を防ぐためにゲームのイベントを進めていたかは疑問です。
小説では悪役令嬢がどうにか阻止したいと思った傍迷惑なニゲラ王子の暴走です。大事の前の小事と割り切るには抵抗があります。
予備知識も事前準備も無く始まってしまった事件でしたが、結局フリージアさんが解決してしまいました。
「犯人の中に魔法使いがいなければ隙を見て魔法爆弾を無力化するので、魔法使い以外の戦える人を集めておいてください。」
そう言われて準備はしていましたけれど、まさか本当にやるとは思っていませんでした。
それも、魔法爆弾だけでなく犯人全員をほぼ一瞬で無効化してしまいました。
騎士科を中心に集めた面々は、視力を奪われ反撃できなくなった犯人を取り押さえただけでした。
この活躍で、一年生の女子を中心にフリージアさんのファンが大量発生したことに本人は気付いているでしょうか?
バレンタインチョコ作成に集まった女子の中には、フリージアさん目当ての下級生が何人も参加していました。
乙女ゲームのヒロインが、女子にばかりモテてどうしようと……いえ、これはシナリオから離れた証拠ですね。
小説では、ヒロインはほぼ全ての女子から嫌われています。ゲームでもその辺りは同じでしょう。
その分自分に好意を寄せる一部の男子にべったりになり、一層孤独を深めます。
この事件に対しても、小説ではニゲラ王子の陰に隠れてヒロインは何もしていません。
それが、この世界ではあの大活躍。守られるヒロインの立場を放棄しています。
あの時フリージアさんが使った魔法は、範囲魔法ではなく犯人一人一人に放っていました。
非殺傷の光魔法でも、十人以上の相手に同時にかけることがどれほど高度な技術かは、魔法科でない私でも分かります。
加えて、近寄ってきた男を蹴り飛ばした動きも見事でした。
下級生の女子が騒ぐのも無理はありません。
と言いますが、本来ならばあれはバジル様が活躍する場面ではなかったのでしょうか?
小説のエピソードと異なり、バジル様は登場しませんでした。
私が人質になっていたら、バジル様に救出されたのでしょうか?
……駄目です。フリージアさんに助け出されるイメージしか思い浮かびません。
大変なことも多かったですが、上手くいったこともありました。
植物魔法の習得は順調でした。
私に適性があることは判っていましたし、どんなことができるかも小説の知識で知っています。
そして、独学のみに頼る必要もありません。
図書館に行けば魔法関連の資料はありますし、魔法科の生徒でなくても魔法の教師に教えを乞うことはできます。
あの不思議な基礎訓練もそれなりに効果があった……のだと思います。予想外にあっさりと魔法が使えるようになりました。
植物魔法は思った以上に優秀な魔法でした。
植物の成長促進だけでなく、作物の状態を把握して収穫を増やしたり品質を向上させるためにどうすれば良いのかを知ることができます。
その応用で、品種改良の方向性をある程度制御することができました。
攻撃魔法のような派手さはありませんが、農民、あるいは農民の指導者としては成功間違いなしの能力です。
それに加えて、フリージアさんの光魔法の効果が重複することが判明しました。
私の植物魔法による成長促進と、フリージアさんの光魔法による成長促進の相乗効果ですごい勢いで成長します。
やり過ぎると成長に必要な栄養素が足りなくなって枯れてしまいますが。
品種改良の速度が劇的に速くなりました。イチゴ大福も遠くないかもしれません。
ですが、ここで作られた作物はあくまで温室の中で魔法で促成栽培したものです。
どれほど狙った通りの作物が収穫できても、実際の畑で魔法を使わずに育ってくれなければ実用にはなりません。
そのためには農家の協力を得て、実際の畑で試験栽培しなければなりません。
その試験栽培の目途もつきました。
フリージアさんがチャールストン伯爵家の協力を取り付けてきました。
チャールストン伯爵家はフリージアさんの実家と言うことになりますが、元平民のフリージアさんは伯爵家の養女です。
血のつながりはないはずなのに、良好な関係を築いているようです。ちょっとうらやましいです。
チャールストン伯爵家の他にも協力者を得ることができました。
チェリッシュ男爵家です。
協力者としては最初から下級貴族を考えていました。上級貴族は農業に興味の無いことも多いのです。
貴族の主な収入は領地から得られる税収です。そして納税者の多くは農民です。
中には商工業が盛んだったり、鉱山を持っていて鉱物の産出で利益を得ている領もありますが、最も数が多いのが農民です。
だから、貴族も王族も農業を疎かにすることはできない、はずなのですが。
どうしたわけか、上級貴族は農業に関わるべきではないという風潮があります。
農業は身分の低い農民が行うことで、その管理は下級貴族が行えばよい。
上級貴族は国政に関わるもっと重要な仕事をするべきだ。
そのような考えです。
上級貴族が農業を蔑ろにする考えを持っていても特に問題なく世の中回っているのには理由があります。
まず、上級貴族の領地は基本的に手がかからずに税収の多い優秀な領地です。領主が率先して農業改革に取り組まなくても十分な税収があります。
また、上級貴族、特に大貴族と呼ばれる貴族家は領主が全ての領地を直接管理することはありません。
領地の運営は家臣または雇い入れた代官に任せることになります。
農業に関する問題の把握と対策は、そうした実務を担当する者が行うことになります。
領地も広いので、分担しなければやっていけません。
一方、下級貴族の場合はそれほど豊かな領地は与えられません。
土地は広くてもほとんどが未開だったり農耕に向かない痩せた土地だったり。有望な資源もほとんど存在しないか、資源開発できない理由があります。
税収が少ないから大規模な開墾や産業の振興も行えず、思い切った政策が行えないから税収もなかなか増えない。
そんな制約の多い中でどうにか遣り繰りして領地を発展させなければならないのが下級貴族です。
上手く領地が発展すれば自身の暮らしも良くなるだけでなく陞爵されることもあります。
だから、下級貴族は必死になって領地を発展させようと努力します。
特に、基盤産業である農業には力を入れます。
税収に直結するだけでなく、食糧が不足すれば領民を飢えさせない為に他領や他国から食糧を調達しなければなりません。それは領の資金を流出させ貧しくする行為です。
上級貴族にとっては部下に任せればよい些事でも、下級貴族にとっては領地の命運を左右する大事です。人任せにして無関心などと言うことはあり得ません。
上級貴族の家臣や雇った代官の中には、そうした下級貴族家の出の者も多いのです。
小説でも幼き日の悪役令嬢の協力者の一人に、下級貴族の出身者がいました。
ラバグルト公爵の配下ですが、農業関係に詳しい人物で、試験栽培に協力してくれる農家を紹介してくれたりします。
この世界でも、親しくはなりませんでしたが、同じ立場の人間は存在して、領地運営の実務を任された農業に明るい下級貴族家の人でした。
私の植物魔法を売り込むならば、農業に明るい下級貴族が最適であることは間違いありません。
そこで、私の協力者となる下級貴族を探していたのですが、偶然知り合ったのがチェリッシュ男爵家令嬢、ミムラス・チェリッシュさんでした。
いえ、偶然ではありませんね。
ミムラスさんも領地を発展させようと、農業関連の勉強を頑張っていました。
図書館で同じ農作物関係の資料を探していたことが出合ったきっかけです。
そこからはとんとん拍子に話が進みました。
ミムラスさんは園芸部に入部し、チェリッシュ男爵領向けの農作物を優先する代わりにミムラス男爵領の土、農作物の種や苗が園芸部に運び込まれました。
男爵であっても領の予算を投入した支援です。学生が個人の資金で行うよりも規模が大きくなります。
品種改良を行う指針も決まり、各種作物のサンプルも得て、後は品種改良した作物を作るだけです。
フリージアさんの協力もあって試行回数を増やすこともできました。試験栽培用の品種も数を揃えられそうです。
……その分、忙しい思いもしましたけれど。
試験栽培で良好な結果が得られれば、その評判が広まります。と、言いますか、チェリッシュ男爵に広めてもらいます。
こちらも命がかかっているので、全力で吹聴します。
期待込みでも評価が広まれば、私の価値が上がります。
評価するのは主に下級貴族ですが、領地の運営を行っているのは下級貴族が中心です。下級貴族でも数が集まれば無視できません。
上級貴族だって、税収は多いに越したことはありませんし。
そこまで上手くいかなくても、父様――ラバグルト公爵が私に価値を認めていると思われれば、私の暗殺を狙う相手への抑止力となります。
最悪、婚約破棄されてラバグルト公爵家から放逐されたとしても、暗殺されることさえ防げれば、拾ってもらう先は確保されます。
何としても、成功させましょう。
順調に進んでいる園芸部でしたが、予想外のこともありました。
アイビー殿下が入部してきたのです。
一応正式な部活動なので、拒否する理由もありません。
こうして、園芸部には後輩が二人入部したのです。
小説におけるアイビー王子は、ニゲラ王子の引き起こした内乱に対する反攻の旗印となり、ニゲラ王子と対決します。
作中でも重要人物の一人ですが、活躍するのは主に卒業後になります。
作中では在学中にも何度か顔を合わせるエピソードはありましたが、この時期に殿下の方から意図的に訪ねて来るような展開はありません。
私が小説にない部活動をしているせいですが。
正直、アイビー殿下の意図が読めません。
小説では婚約破棄され、ニゲラ王子からもラバグルト公爵家からも捨てられた悪役令嬢を拾うことになるのがアイビー王子です。
最終的には味方になるはずですが、現段階では敵も味方もありません。
私とアイビー殿下の関係は、ニゲラ殿下の婚約者とニゲラ殿下の弟でしかありません。義姉でも義弟でもありません。
今の時点でアイビー殿下が私に関心を寄せる理由がありません。
すると、ミムラスさんかフリージアさん目当て、あるいは純粋に園芸に興味があったのでしょうか?
男爵令嬢のミムラスさんとアイビー殿下との接点があるとも思えませんし、アイビー殿下に園芸の趣味があるとも聞いたことはありません。
やはり、フリージアさん目当てでしょうか?
負けず嫌いのニゲラ殿下が、一年間一度も成績で勝てなかった相手です。興味を引いてもおかしくありません。
まあ、何にしても入部した以上はきっちりと働いてもらいますよ。
園芸部は園芸部で忙しいのですから。
小説の悪役令嬢は最終的にアイビー王子と婚約することになります。
つまり、小説通りに話が進めば、アイビー殿下は未来の旦那様になります。
ただし、小説の通りになるということは、私がニゲラ殿下から婚約破棄されたうえで刺客に命を狙われ、その後ニゲラ殿下が内乱を企てるということです。
その展開は避けたいところです。
それからもう一点。私の推しは、バジル様です!
小説のファンの間ではバジル様と人気を二分するメインヒーローのアイビー王子であっても、結ばれて嬉しいとかは特にありません。
私の命運も、この国の将来も、カギを握っているのはニゲラ殿下です。
ニゲラ殿下が一時の感情に流されて軽率な行動に出なければ。
悪意を持つ者の妄言を真に受けて担ぎ上げられなければ。
ニゲラ殿下の対応次第で防げる不幸は多くあるでしょう。
今のニゲラ殿下は小説に比べれば随分とおとなしくまともに見えます。
けれどもそれは、フリージアさんが殿下を煽ったり焚き付けたりしていないからです。
ニゲラ殿下本人が思慮深くなったと言うことではありません。
フリージアさんも殿下とは距離を取る形で接していて、殿下の性格を矯正するとかいったことは行っていません。
一応、王妃陛下との面会を提言してみましたが、それがどう作用するかも未知数です。
常に最悪を想定する必要があります。
断罪、婚約破棄、暗殺、内乱。
全て起こり得る、防ぎきれない前提で対策を考えなければなりません。
個人で対処するには荷が重すぎます。
もちろん、可能な限り防ぐつもりではありますが、最悪の場合は自分と周囲の人間の命だけでも守らなければなりません。
学園生活もあと一年間。
とにかく、今はできる限りのことをするしかありません。
まずは、断罪回避を確実に行いたいところですね。




