第二十四話 正月
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年が明けました。
短い冬休みが終わると、学園は三学期に入ります。
まるでクリスマスの出来事が無かったかのように、学園は正常運転に戻りました。
まあ、完全に通常に戻ったのは学生だけで、学園の裏方では警備体制を見直したり、出入りの業者のチェックが厳しくなったりと色々あるらしいです。
学園内だけでなく、国の上の方も今回の事件でごたごたしているそうです。
私は後日事情聴取を受けたのですが、その時少し状況を教えてもらいました。
犯人の背後関係とか、魔法爆弾の入手経路とか、学園に侵入するまでに手引きした者がいなかったかとか、調べてはいるのだけれど難航しているそうです。
あ、あの場にいた学生は特に疑われていないそうです。
魔法爆弾が爆発したら死んでしまいますからね。
ただ、何か騙されて手伝わされた人がいたら、罪にはならないので知っていることを教えて欲しい、と頼まれました。
さすがに学生全員の事情聴取をすることはできないらしいので、私が代表して聴取を受けた形です。
学生とは言え貴族相手だからか、被害者だからか、かなり丁寧な対応を受けました。
事件そのものはもう終わりましたが、私はカルミア様から小説におけるこの事件の詳細を改めて聞くことにしました。
小説で事件を解決したのはお義兄様だそうなのでそこはまあ良いのですが、問題は何故ゲームにない展開が発生したのかという点です。
カルミア様に小説の知識を思い出してもらってその点を確認しました。
小説でも明確な因果関係までは分からないとしながらも、ゲームのイベントを一つ回避していることが理由ではないかと推測されているのだそうです。
そのイベントとは、ヒロインが元庶民という設定を活かして王都の下町へニゲラ王子を誘って一緒に出掛けると言うものです。
はいはい、確かにゲームにありました。
一見するとニゲラ王子のデートイベントなのですが、好感度に関係なく発生する強制イベントなのです。
何故強制イベントなのかちょっと疑問だったのですが、小説に記載があったことが理由だったようです。
ですが、単なるデートイベントならばどうして小説の悪役令嬢はわざわざ阻止したのか?
それは、一度ゲームをプレイしてみれば分かります。
このイベント、最初はただのデートイベントに見えますが、途中でニゲラ王子が襲撃を受けます。
特に犯罪者が巣食う危険地帯に踏み込んだりはしていないのですが、偶然反社会的な不穏分子に見つかって、千載一遇の機会とばかりに襲われたという設定です。
王子が護衛も付けずに街中を歩いていたら(ローレルはいますが、同じ制服を着た学生なので友達だけで散策しているように見える)、王子の命なり身柄なりを狙っている者にとってはまたとない好機に見えるでしょう。
そしてバトルパートに勝利すれば、襲撃者を退けて「正義は勝つ!」とばかりに得意げなニゲラ王子のCGが手に入ります。
ですが、そのCGの背景に描かれているのは、焼け野原となった街並みです。
火魔法を得意とするニゲラ王子が全力で暴れれば、周囲に延焼するのは当然です。
罪の無い一般大衆が被害に遭うイベントは潰しておきたいと思うのが人情でしょう。
小説ではヒロインが生徒会会長、ニゲラ王子が副会長のパターンなので、悪役令嬢はイベントの起こる時期に生徒会が忙しくなるように手をまわして、イベントの発生を回避したそうです。
私の場合は単にニゲラ殿下を下町に誘わなければよいので簡単です。
会わない! 煽らない! 余計なことは言わない!
ニゲラ殿下対策の基本行動です。
はい、きっちりイベントは潰させてもらいました。私だって下町が焼け野原の光景は見たくありません。
つまり、クリスマスの事件のトリガーをしっかりと引いていたようですね、私が。
ゲームでは不可避で発生してしまうイベントでニゲラ王子を襲撃した犯人は、どうやら政治結社トリカブトの人間だったようなのです。
ゲーム中では名乗っていないので推測でしかありませんが。
このイベントでは、戦闘で負けても騒ぎを聞きつけてやって来た衛兵に助けられて無事です。
ゲームではそれ以上のことは描かれていませんが、王子に手出ししたのです、当然国の威信をかけて犯人を逮捕するし、組織や背後関係を徹底的に調べられることになります。
けれども、組織が完全に壊滅することは無く、ニゲラ王子かローレルの好感度を上げると発生する誘拐イベントの犯人がその組織の残党と言うことになっています。
それでも、組織の力が大きく削がれたことは間違いないでしょう。
結果的にですが、ゲームではこのイベントによってクリスマスの事件の発生が防がれていた可能性が高いということです。
うーん、ゲームに存在しない展開なので完全に予想外でした。
カルミア様にしても、小説の物語から完全に離れてしまったこの世界で、いまさら小説の出来事が起こるとは思わず。
結局二人して見落としてしまいました。
他に見落としが無いか、冬休み中にこっそりと二人で会って再確認しました。
小説でこれから起こる危険な出来事としては、断罪から暗殺されそうになる悪役令嬢個人の危機と、内乱王子を食い止める国の危機が大きなものになります。
危険なイベントに関しては、小説よりもゲームの方がてんこ盛りです。
小説との整合性を取るために、ゲームオリジナルのイベントは悪役令嬢の目の無いところで発生するものが多いです。
臨海学校や林間学校で戦闘イベントが発生するのは、小説に記載の無い学園行事なので好きなイベントを組み込めたからです。
学園内のダンジョンも非戦闘員の悪役令嬢は入りませんので、ゲーム用のイベントを色々と追加しています。
小説内で言及のあるゲームのイベントはだいたい全部実装してあるらしいのですが、それだけだとゲームとしてボリュームに欠けるので、大小かなりの数のイベントを追加しています。
逆に、ゲームには存在しないけれど小説には存在するエピソードは、悪役令嬢がゲームのシナリオを打ち破ろうと悪戦苦闘する部分が中心です。
この世界のカルミア様同様、小説の悪役令嬢も武闘派ではないので戦闘は少なめで、あっても傍観者です。
ついでに、既に時期が過ぎてしまったものも含めて小説の出来事を確認していったのですが、発生していないエピソードがかなり多いです。
カルミア様は前世の記憶に覚醒した時点で色々違い過ぎで小説通りに進められなかったそうですし、私は私で積極的にゲームのシナリオを改変して行きました。
世界設定もゲーム準拠だったこともあり、小説の世界を基準に考えるとずいぶんと違和感があったでしょう。
これでは小説のエピソードは発生しないと思ってしまうのも無理はありません。
ただ……
小説のエピソードを知っていたとしても、事件を防ぐためにゲームのイベントを進めたかと言えば疑問です。
下町が焼け野原になるのは避けたいですし。
王族を不用意に下町に連れ出す行為は問題がありますし。
そもそもニゲラ殿下を誘ったりしたくありませんし。
ですが、事件が起こる可能性を知っていれば、もっと上手い方法を考えたり有効な準備をすることができたかもしれません。
小説ではニゲラ王子のクーデター未遂まではクリスマスの事件ほどの大事件は起こりません。
けれども、一つ間違えれば危険な展開になる可能性のあるエピソードもあるようです。
用心を怠らないようにしましょう。
それ以前にゲームの危険なイベントに備えなければいけませんが。
確実に防ぐ必要のあるクーデターとカルミア様の暗殺に関しては、カギを握るのはニゲラ殿下です。
ですが、その不安の一部は既に解消されているのではないでしょうか?
ニゲラ王子が悪役令嬢を排除しようと考えた直接の理由は、ヒロインを正妻として迎え入れるためには婚約者が邪魔だったから。
クーデーターを起こすのも、国の方針よりも個人の感情を優先したニゲラ王子を国王陛下が認めず、玉座が遠のいたため。
ゲームでも小説でもこの辺りの背景は同じです。
けれども、この世界では私はニゲラ殿下とは距離を取りました。
ゲームでは不可避に発生するイベントも回避し、発生したイベントでも選択肢にない行動を行うなどして限界を超えて好感度を下げました。
少なくともニゲラ殿下は恋愛感情からカルミア様を排除しようとする恐れはほぼ無いでしょう。
また、ニゲラ殿下を煽って傍迷惑な騒動を起こすこともしていないので、この世界のニゲラ殿下はそこまで酷い騒動を起こしていません。
色々と問題な言動を行っているので殿下の評価は低いですが、王位を与えるのを躊躇うほど致命的ではありません。
カルミア様に関してはニゲラ王子ルート以外に進んでもお亡くなりになるので油断できませんが、王位継承に問題の無い今のニゲラ殿下ならばクーデターを起こす必要はないでしょう。
そんなことを、ちょっぴり期待したのですが……
「ニゲラ殿下の即位に反対する者の大きな理由は、殿下の母親にあるのです。」
「え、そうなのですか? ニゲラ殿下の母親と言うと王妃様ですよね?」
カルミア様に話してみたら、こんな答えが返ってきました。
これは、ゲームでも小説でもなく、この世界の生の情報です。
少なくともゲームでは王妃様に関する描写は全くありません。
この世界に生まれてこの方、私は王妃様の姿を目にしたことはありません。
平民だった頃はもちろん、チャールストン家に引き取られた後もひたすら勉強で社交界デビューも学園内で済ませたのですから、そんな偉い人と出会う機会が無いのも当然と思えます。
ですが、学園行事に時々国王陛下が来賓としていらっしゃるんですよね。
ここは王立学園ですし、ニゲラ殿下やアイビー殿下が在学しているので父兄としてもやって来ます。
その国王陛下の隣に王妃様がいないのは、考えてみれば不自然です。
私は王妃様の顔は知りませんが、来ていたのに気が付かなかった、と言うことはありません。
来賓の中でも国王陛下夫妻ともなると生徒に紹介されて御言葉の一つもいただきます。
貴族たる者自国の国王陛下の御尊顔くらい覚えておけ、という教育的配慮です。
「王妃陛下は他国――インセクティア皇国から嫁いできたのですが、フラワーガーデン王国を見下した問題発言が多くて幽閉されています。」
あー、それは駄目です。
インセクティア皇国と言えば、フラワーガーデン王国が逆立ちしても勝ち目のない大国です。
大国の姫君が小国をバカにすることは珍しくないのでしょうが、その小国に嫁いでなおバカにし続ければ嫌われるのは当然です。
それも、王妃自ら自国を見下しバカにしたりすれば王家の求心力を損ない、国が乱れる原因になりかねません。
貴族の面子はとても面倒なのです。
でも、嫌われているのは母親である王妃様です。親が嫌われているだけで王位が危ぶまれるものでしょうか?
「でも、ニゲラ殿下自身は愛国者ですよね?」
言動に問題の多いニゲラ殿下ですが、その行動の根底にあるのは国を良くしようという思いです。
私利私欲ではありません。
ただ、一度正しいと思い込むと融通が利かず、思い込みを修正できないまま極端に走ります。
……私利私欲よりも質が悪いかも知れません。
「ニゲラ殿下は幼い頃に引き離された母親の事を慕っているようで、殿下が王位に就いた場合、王妃陛下を解放してしまうのではないかと心配しているのです。」
……俺様王子のニゲラ殿下、まさかのマザコン疑惑!
笑っちゃ駄目だ、笑っちゃ駄目だ、笑っちゃ駄目だ!
ニゲラ殿下が「ママァ~」とか言っているところを想像してはいけません。
うっかり本人の前で噴き出してしまったら、最悪不敬罪です。
こ、このネタは危険です。
ちょっと切り替えましょう。
話を整理すると、ニゲラ殿下の生母である王妃様はフラワーガーデン王国を見下す発言をして幽閉されている。
ニゲラ殿下はマザコ……いえ、母を慕っているので王妃様を解放したい。
そして、ニゲラ殿下によって王妃様が解き放たれることを恐れる勢力が、王位継承問題に影響するほど存在する。
うーん、内乱の種は最初からあったのですね。私の行動とは関係なしに。
ニゲラ殿下自身は王様になって国のためにガンガン働く気でいます。
ニゲラ殿下の能力を疑う人はいないそうです。ニゲラ殿下は成績優秀ですし。
今のままの殿下ではどこかで暴走しそうですが、それは周囲の誰かが――ああ、だからカルミア様ですか――つまり、カルミア様がしっかりとサポートして方向修正すれば致命的な問題は避けられるでしょう。
逆に、非常識な人間が殿下の近くで自分勝手な主張を繰り返して、殿下が影響を受けたらどのように暴走するか分かりません。
ニゲラ殿下が即位して王妃様が解放されたら、その時にニゲラ国王陛下と王太后様になっていますが、国王の生母として一定の影響力を持つことになります。
自国を小国と見下して貶める王太后を諫めることができるのが、母を慕う国王だけという状況がかなり問題があることは私でも分かります。
ニゲラ殿下自身は国を良くするつもりでいても、母親の願いを深く考えずに叶えようとしたら、とんでもない騒動が巻き起こる恐れがあります。
……おや? その状況を想像してみたら何やら既視感が。
あ、分かりました。ゲームでヒロインの非常識な言動から大騒動を起こすニゲラ王子のイベントと同じ構図です。
ニゲラ殿下の即位を嫌がる人の気持ちがよく分かりました。
ゲームのニゲラ王子ルートのように、ストッパー役の悪役令嬢を排して頭がお花畑のヒロインを連れてきたニゲラ王子を王位に就けるなんてありえない話です。
けれども、ニゲラ殿下としては納得できないでしょう。
王位継承権は第一位。能力的にも、本人が吹聴するほどかは置くとしても、優秀であり、王としての責務を果たせないとは言えません。
王位継承に反対する理由として「母親が嫌われているから」は普通ならばあり得ないでしょう。
そんな理由で次期国王の候補から外されたら、ニゲラ殿下でなくても「不当な理由で王位を簒奪された」と思うかもしれません。
不満たらたらなニゲラ殿下に誰かが「王位を取り戻す」ことを吹き込んだら、内乱王子の出来上がりです。
ですが、王妃様の問題をそのままにしてニゲラ殿下が即位するのも危険な気がします。
権力を得たニゲラ殿下は生母である王妃様を幽閉状態から解放するでしょう。
幼い頃に母親から引き離されたニゲラ殿下は、王妃様の所業を知りません。
私も知りませんけれど。
ただ、幽閉されるほどの事態となると、単に嫌われていたとか、周囲の者の機嫌を損ねる言動が多かったくらいでは済まないと思うのです。
貴族の面子で言えば、自国の王妃を幽閉してしまうというのも十分に不名誉なことです。
私がこれまで王妃様の話をほとんど聞いたことがなかった理由も、当時を直接知る人にとって話したくない苦い思い出だったからなのでしょう。
できればそのような手段は取りたくなかったでしょう。
それでも王妃の幽閉が行われたということは、王妃様が国益に反するほどの深刻な問題を引き起こし、言葉で諫めても改めなかった。
そんな状況が予想されます。
野に放たれた王妃様を、ニゲラ殿下は御すことができるのでしょうか?
随分と強烈な人に思えるのですが、王妃様って。
「一度ニゲラ殿下を王妃様と対面させた方が良いのではないでしょうか? 殿下の中で王妃様が『理想の母親』に美化されていそうで怖いです。」
「……そうですね。一度陛下に具申してみます。」
さすがはカルミア様、国王陛下に物申せるようです。
実現するかは国王陛下しだいですが、どう転んでも今よりも悪い状況にはならないと見ています。
王妃様が幽閉生活で改心、あるいはニゲラ殿下に諭されて外に出しても恥かしくない王妃様になるのならばそれは良い事です。
王妃様の言動があまりに酷くて、ニゲラ殿下が見限るというのならば、それはそれで国の懸案事項が一つ解消されます。ニゲラ殿下の心には傷が残りそうですが。
逆に、ニゲラ殿下が王妃様に感化されて国よりも母親を取るのならば、国王陛下がニゲラ殿下を見限る判断材料になります。そのまま内乱王子になりそうですが、それは何もしなくても同じことです。
王妃様がニゲラ殿下の前だけで理想の母親を演じると言った場合にはややこしいことになるのですが、それができるならば最初から幽閉などされなかったでしょう。
あ、一つだけ懸念がありました。
もしも王妃様が改心されて理想の母親になって登場したとしたら。
ニゲラ殿下は童心に帰って母親に甘えるマザコン王子になってしまうかもしれません。
幼い頃に母親から引き離されたニゲラ殿下の生い立ちからして無理のないことですが、そんな場面を目の当りにしたら笑わずにいられる自信がありません。
普段はクールなイケメンのキャラを演じているニゲラ殿下ですから、不敬罪が続出しそうです。
まあ、内乱王子よりはよほどましですけどね、マザコン王子……プッ!




