第二十二話 クリスマス事変3
・2025年5月18日 誤字修正
誤字報告ありがとうございます。
リアクションありがとうございました。
学園を占拠したテロリストは、一部の学生を解放する代わりに女生徒をひとり人質にするように要求しました。
この場にいる学生全員が人質のようなものですが、それは魔法爆弾で自爆する犯人の道連れになるという意味で、学園の外部にいる政府に対する人質でした。
一方、テロリストが要求した人質は、この場にいる学生、教職員、その他の者に対する人質です。
学生が反抗的な行動に出た場合、代わりに暴力を振るわれたり刃物を突き付けて殺すと脅されたりするための人質です。
最終的には、目的を達したテロリストたちが安全圏に逃げ延びるまでそのまま人質として連れ回されることになるでしょう。
女生徒を指定するのは、人質が抵抗した時に力で抑え込むためです。
カルミア様によると、小説でも犯人は人質を要求し、悪役令嬢が人質になったそうです。
ですが、この状況でカルミア様が人質になっても状況は良くなりません。
テロリストにとってはカルミア様は理想的な人質でしょう。
剣術女子部で護身術を習いましたが、武器を持った複数の男を相手に大立ち回りすることはできません。
魔法を使うことはできますが、戦闘には使えない植物魔法です。魔法爆弾を捨てた後でも魔法で反撃される心配はありません。
そして、公爵家令嬢で第一王子の婚約者という身分は人質として極上です。うっかり死なせてしまえば後々面倒なことになるので見捨てることはできません。
人質となったカルミア様は、助けを待つだけの囚われのお姫様状態です。小説でも自力で逃げ出してはいないそうです。
カルミア様が人質になってもテロリストが喜ぶだけで、私達には何のメリットもありません。
小説の悪役令嬢がそれでも人質になった理由は、王族がいたからです。
女生徒を希望するテロリストでも、ニゲラ王子やアイビー王子がいるとすれば人質として確保しようと考えるかもしれません。
テロリストにじっくりと人質の選定を行われて、王子がいることがばれると面倒なことになるので、悪役令嬢が先回りして人質になったのです。
今の状況は小説と同じです。
ニゲラ殿下やアイビー殿下が人質に取られたら最悪です。王族がこの場にいると知られるだけでも問題があります。
カルミア様ならばまだましですが、テロリストに都合の良い人質であることに変わりはありません。
そこで、私です。
元平民である私ならば、たとえ殺されても国政や貴族社会にさしたる影響を与えません!
悲しい現実ですが、この世界の身分制度はそういうものです。
実は人質としての価値がほとんど無い私ですが、それを悟られないように堂々と前に進み出ました。
生まれついての貴族に比べれば付け焼刃でも貴族としての教育は受けてきましたし、カルミア様にも特訓してもらいました。
本物の貴族ならともかく、貴族とのかかわりの少ない者には区別はつかないでしょう。
「名前は?」
「魔法科二年、フリージア・チャールストンです。」
「……魔法使いなら、これを着けてもらおう。」
何やら腕輪――というには武骨なものを手首に嵌められてしまいました。
これは魔法を使えなくするための装置です。
装着者の魔力を吸収して作動し、魔力の流れを乱すことで魔法を使えなくするのだそうです。
魔法使いの犯罪者を拘束・無力化するために使用される物で、封魔環と呼ばれています。
実物を見たのは初めてです。もちろん、使ったのも初めてです。
犯罪者の拘束用なので一般に出回っている品ではありません。
魔法爆弾といい、封魔環といい、随分と用意の良いテロリストです。
バックについているのがどの国か知りませんが大盤振る舞いですね。
ですが、これで第一関門クリアです。
私に封魔環を着けたということは、人質として扱うということです。
魔法を封じたのは、魔法爆弾を爆発させないためだけでなく、その後の逃走時に人質から魔法で攻撃を受けないためでしょう。
追加の人質の募集も無いようですし、とりあえず一安心です。
……人質になった私が安心してはいけないのですが、テロリストもいきなり人質をいたぶる暇はないでしょう。
さて、人質としてテロリストたちの近くに確保された私は、特等席からテロリストたちを観察します。
人数は十三名ですね。
学生だけでも千人を超える学園を占拠するには少人数ですが、怪しまれずに学園に潜入するにはこれが限界だったのでしょう。
魔法爆弾の側に陣取って指示を出している男がリーダーでしょうか。
切り札である魔法爆弾の起動スイッチを握りっぱなしではありませんが、すぐに手が届く範囲を離れません。
この場を離れる場合でも、代わりの者を呼び寄せてから移動する徹底ぶりです。
自分たちが魔法爆弾頼りであることを理解しています。人質を確保しても油断する気は無いようです。
よく見ると、起爆スイッチ――魔導線の先端にはカバーが被せられています。
魔導線は余計な魔力を拾わないように魔力を通しにくい被覆で覆われていますが、その先端部の被覆をはがしたところを握って魔力を流すことで魔法爆弾を起爆します。
うっかり魔力を流して爆発させることがないように、カバーを被せてあるのでしょう。
あのカバーを取った時が、テロリストが本気で自爆を考えた時です。
今テロリストたちは一部の学生を解放するために忙しく動いています。
外部との交渉で、まずは簡単な要求を呑ませた見返り、と言うだけではありません。
おそらくこれは最初からの予定です。
テロリストの人数に比べて、人質の数が多すぎるのです。
この先、テロリストと国の交渉は、間違いなく長引きます。
魔法爆弾を持ち込んだテロリストは優位に立っていますが、何でも要求が通るわけではありません。
物理的に不可能なことは不可能だし、関係各所を調整するのに時間がかかる場合もあります。
そもそも、テロリストの要求は何一つとして叶えたくないのが本音です。
一方で、テロリスト側としても危険を冒してまでこれだけ大掛かりなことを行ったのです。簡単には後に引けないでしょう。
可能な限りの要求を通そうと粘るでしょう。
何処でどちらが妥協するかは分かりませんが、事件が終わるまで何日かかるか分かりません。
ここで問題になるのが、極限の緊張状態に置かれた学生の精神です。
学生が理性をかなぐり捨てた場合でも最悪の結末で終わる可能性は高いのです。
集団ヒステリーでも起こして学生の集団で暴れ出したら、止めようがありません。魔法爆弾で自爆して全員を道連れに死ぬか、何もできずに暴動に呑まれて終わるか。
どちらにしても、テロリストの目的も潰えます。
かといって、千人を超える学生のメンタルケアなんて、学園の教師でも手に余るでしょう。
だから、人質の人数を絞ります。
最終的には私一人を人質として連れ回すことになるでしょうが、それ以前にも理由を付けて段階的に人質を解放して人数を絞っていくはずです。
それは政府に対して細かな譲歩を引き出す手段であると同時に、自分たちの抱えるリスクを減らすための行為でもあります。
どうせならば、解放される学生にこっそりとニゲラ殿下やアイビー殿下を交ぜて脱出させたいところですが、それをさせないために解放する学生をテロリストがチェックしています。
テロリストに全ての貴族の顔を見分けられるとは思いませんが、テロリストが最初に解放する対象は下級貴族の家の学生です。
この場で上級貴族と下級貴族を見分けることは容易です。
服装を見れば一目瞭然なのです。
貴族のパーティーは色々と面倒です。
着て行く衣装一つとっても、ドレスコード以外にも暗黙のルールが幾つもあります。
特に重要なことは、家格に見合った装いをすることです。
パーティーは普段面識のない相手と知り合い友好を深める重要な場です。そこで人脈を広げることも貴族の仕事なのです。
ですが、上下関係の厳しい貴族社会では、自分と相手の立場に合わせて態度を変える必要があります。
格下が格上を不敬な態度で怒らせるのもまずいですが、格上が格下に謙っても頼りないと思われて支障が出ます。
だから、初対面でも見ただけで家格が分かるように、衣装には家格に応じて決まったパターンがあります。
見るべきポイントを押さえれば、家の爵位やどういった立場でパーティーに参加しているのかとか、様々な情報が読み取れます。
これは単なる見栄えの問題ではなく実用的な意味があるため、ルールに従った衣装を着なければ身分詐称を疑われる恐れがあります。
そして、きらびやかなドレスを身に纏う女子だけでなく、男子の服装にも同様のルールが存在します。
貴族は着ている衣装を見るだけで身分や立場が分かるのです。
ただし、そのルールはとても複雑です。私も覚えるのにとても苦労しました。
同じ貴族でも細かい部分を見落としたり勘違いしてしまったりすることもあると言います。
けれども、大雑把にでよければ簡単に見分ける方法があります。
「偉い人ほど豪華な服を着ている。」
上に立つ者が貧相な格好をしていると、国そのものが貧相に思われるので、これはある意味義務です。
特に国の顔になり得る上級貴族はそれにふさわしい格好が求められます。
このため、上級貴族と下級貴族の間には、明確な衣装の差が生まれます。
チャールストン家も上級貴族である伯爵家なので、私の着るドレスも質素にしてよい下限があります。
派手さは控えめにしてありますが、よく見ればわかる程度に上質のドレスを身に纏っていることも人質として採用された理由でしょう。
つまり、テロリストは豪華な衣装を着ている生徒を避ければ下級貴族の学生のみを解放することができるのです。
当然王族は他の貴族に見劣りするような衣装は許されないので、ニゲラ殿下もアイビー殿下も下級貴族のふりはできません。
下級貴族に交ざっていても浮いてしまうので、王族であることがばれてしまいかねないのです。
しばらくの間、ニゲラ殿下とアイビー殿下は奥の方で隠れていてもらいましょう。
上級貴族がみすぼらしい格好をすることは許されませんが、下級貴族が豪華な衣装を着ることは可能です。
ルールに従う必要があるので貴族が見れば下級貴族であることは明白なのですが、ルールの範囲内で派手で豪華に仕立てることは可能です。
下級貴族でも裕福であったり、見栄っ張りだったりすると上位貴族並みに豪華な衣装で登場することがあります。
成金趣味的に下品だと陰で笑われることも多いのですが、それでも見栄を張らずにいられないのが貴族という生き物です。
その貴族の見栄が、この場では悪い方へと作用します。
貴族が見れば下級貴族であることは一目瞭然ですが、テロリストから見れば上級貴族並みに豪華な衣装です。
解放する学生の対象外です。
こればっかりは自業自得と言いますか、見栄を張ったことの当然の代償なので同情できません。
家格で言えば一番下の準男爵家のケールも上級貴族並の上質な服装なので解放されない側です。
ただ、イントリーグ家の重要性を考えると、人質としての価値ありという意味で上級貴族扱いは正しかったりします。
解放される学生の選別も終わり、一息ついたかと思いきや、今度は外部との交渉が始まりました。
最初に駆け付けた学園関係者はテロリストから相手にされずに、ほぼ門前払いにされました。
一応、一部の学生を解放させるという成果を出していますが、それもテロリスト側の都合によるものです。
相手にされなかった学園関係者に代わってやって来たのが政府関係者です。
テロリストたちにとってもここからが本当の交渉になります。
突然の出来事に政府が混乱しているうちら優位に進めてしまおうと考えているのでしょう、テロリストは無茶な要求を居丈高に連発します。
とても忙しそうで、人質の私はほとんど放置されています。
まあ、それでも監視の目はあるので好き勝手に動き回ることはできませんが。
人質としての出番も無い私は、犯人一人一人をじっくりと観察していました。
テロリストたちの手に持つ武器はバラバラで、短剣とかダガーとか、間合いの短い武器ばかりです。長剣や槍、飛び道具の類はありません。持ち込めなかったのでしょう。
遠距離攻撃の手段が無いので離れた場所から攻撃されれば一方的にやられてしまいますが、そもそも少人数のテロではまともに戦闘を行った時点で負けです。
正面切っての戦闘よりも、いざとなったら魔法爆弾で自爆する決死隊となることを優先したのでしょう。
動きを見た感じでも、戦闘訓練を受けた様子はありません。せいぜい喧嘩慣れしたチンピラレベルでしょう。
また、魔法を使える者もいないようです。
魔法爆弾を持ち込んだのだから魔法を使わないのは当然ですが、魔法を使ったことのある人とない人では体内の魔力の扱いが異なってきます。
じっくりと観察していましたが、この場にいるテロリストの中に魔法使いはいません。
これは朗報です。
「魔法爆弾がある限り魔法は使えないのだから同じこと」と思うかもしれませんが、実は大違いです。
テロリスト知多の中に魔法使いがいないのならば、犯人側が魔法爆弾を爆発させる方法は起爆スイッチの魔導線を使用するしかありません。
例えば、外部から精密射撃で魔法爆弾の起爆スイッチを握る者を撃ち殺し、後は魔法爆弾に近付こうとするテロリストを次々に撃って行けば魔法爆弾を封じることができます。
ただ、この世界で狙撃に使用できる魔法は魔法爆弾があるから使うことはできず、弓矢では正確に急所を狙って即死させなければ起爆されてしまうリスクがあります。
それ以前に、屋内に魔法爆弾を設置されてしまったので、外からの射撃は射線が取れずに困難です。
外部からの救援は、あまり期待できそうにありません。
でも、内部からならばやりようはあります。
情報も集まったことですし、そろそろ動きましょう。




