第六話 二年前
・2024年11月3日
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私がチャールストン伯爵家の養子になってから三年が経ちました。
私はもう十三歳、前世の世界ならば中学生です。
あ、私は三月生まれなので前世の基準では早生まれ、中学二年生になります。
うっ、封印されし前世の記憶が……、とかやった方がいいですか?
この国では同じ年に同じ年齢になる人が同じ学年になるみたいなので早生まれとか関係ありません。学園の入学は四月なのでそれはそれでちょっと奇妙な感じではあります。
八月生まれのお義兄様は十四歳で学園に入学しましたが、私は十五歳で入学します。
多くの同窓生に対して、私はちょっぴりお姉さんなのです。
……前世の年齢は関係ありません。おっさんの魂は隠し通しますよ!
ええ、絶対に!
私の勉強は順調です。
漏れ魔法の問題が解決した後は、家庭教師の先生方は優秀でした。
それ以前に、文字の読み書きを覚えた後は本を読んで自習も進められたし、魅了で甘々になっていても先生方は質問すれば丁寧に教えてくださいました。
一般教養に問題なし。
甘々でなくなった先生方からもお墨付きをもらいました。
魔法の訓練に関しては、必要に迫られてとは言え、学園に入学してから行うことを先取りしています。
ゲーム前半の魔法の育成パートはコンプしてますからね。
ゲーム後半に入ると実際に魔法を使う様子が描かれます。光魔法をピカピカっと光らせる感じです。
実際に魔法を発動させる練習は、座学で理論を学んだ後に専門の教官の立会いの下に行うことになっています。これは学園に入ってからになります。
代わりに重点的に行っていることが、貴族の勉強です。
予想はしていましたが、滅茶苦茶面倒臭いです。
まず庶民と貴族では言葉遣いから違います。普段はともかく、公式な場などで平民としての地が出ると困ったことになる場合もあるそうです。
それからテーブルマナー。貴族ともなると会食に参加するような機会も増えます。そこでみっともない姿を見せるとお仕事にも影響するのだそうです。
他にも挨拶の仕方から立ち居振る舞い。それこそ立ち方、座り方、歩き方まで貴族として恥ずかしくない振る舞いを覚える必要があります。
このあたりの日常動作は知識として覚えるだけではなく、日々実践して体に覚え込ませなければなりません。
周囲が甘々になってしまったため、一番遅れてしまっていた部分です。今頑張って遅れを取り戻そうとしているところです。
一番身近にいて私の所作をチェックする役割のエリカが役立たずだったのは痛かったです。うっかり不作法をしても、気付かず姿勢が悪くなっていても、全部「可愛い」で済まれせるのは困りものです。
いまだに甘々なエリカですが、「エリカがちゃんと教えてくれないのなら、他の人に替わってもらう」と言ったらちゃんと指摘してくれるようになりました。
ちゃんと仕事を始めればエリカは有能です。日常的な貴族の作法や立ち居振舞い等きっちりと把握しています。
厳しい指摘をする際に血涙でも流しそうな顔をするのがちょっとあれですが。
エリカの笑顔を守るためにも、早々に作法を憶える必要があります。
優先しているのは日常的な貴族の言動ですが、覚えなければならないことはたくさんあります。
貴族の生活は三つの場面に分けられるそうです。
プライベートの場。
非公式の場。
公の場。
このうち、プライベートの場には特にルールはありません。身分差を超えた交流を行うこともあれば、貴族のイメージにそぐわない趣味を持つ人もいるそうです。
悪徳貴族でなくても他人様には言えない趣味の一つや二つ持っている貴族は多いそうで、プライベートの範疇で行っている分には文句は言われないそうです。
逆に厳格な決まりごとがあるのが公の場です。
「公」とは国民一般に公開されたり、普段は顔を合わせることのない多くの貴族や他国の要人なども参加する行事のことです。ここで醜態をさらすと隠しようがないので、厳格に処罰されてしまいます。
厳格な上に、決まりごとが山ほどあって、しかも行事によって異なったりします。非常にややこしいです。
まあ、さすがに全ての行事の決まり事を仔細に渡って理解している貴族はそうそういませんし、本当に重要な部分はへまをしても処罰できないような大物が行うそうです。
ただ数合わせで集められた下っ端貴族は、その他大勢用の決まり事をしっかり守らなければなりません。大失敗すると本気で命に関わるそうです。
非公式の場は、公の場ではないけれど貴族としての仕事を行っているような場合のことです。
仕事に支障が出てはいけないし、同じ仕事に携わる仲間同士ということで多少の不作法は大目に見るというのが通例です。
ただし、政敵関係にある派閥の貴族がいる場合、そのことを後々指摘されて面倒なことになる場合もあるそうです。
だから相手と状況に応じて堅苦しい貴族の作法からどこまで外れるか、どこまで省いても許容されるかを見極める必要があります。
つまり、普段は省略されるような作法もちゃんと覚えておかなければいけないし、勉強もサボれません。
そして、貴族と言えばパーティー。
冒険者が集まって一緒に行動するあれじゃありません。お茶を飲んだり食事をしたりダンスをしたりしながら歓談するあれです。
庶民からすれば何だかきらびやかで楽しそうなイメージのあるパーティーですが、当事者になると面倒なお仕事です。
一口にパーティーと言っても、気の知れた者だけを集めたお茶会から他国の要人まで招いた大規模なパーティーまで各種あります。
ほとんどプライベートからどう見ても公なものまで、千差万別なのです。
パーティーの主催者も招待する相手を厳選しないといけませんが、招待状をもらったからと言ってうかつに参加すると厄介ごとに巻き込まれることもあるらしいです。
もちろん、正当な理由もなく欠席すると立場が悪くなる場合もあります。
誰のパーティーに参加する/しないの選択によっては、誰を支持するとかどこの派閥に共感するといった政治的なメッセージと取られることもあるそうです。
例えば、私がチャールストン伯爵家の所属する派閥とと対立する派閥の家のパーティーにうっかり参加した場合、私が派閥のスパイ扱いされたり、チャールストン伯爵家が派閥を裏切ったとみなされたりする危険もあるのです。
貴族社会、怖いです。
貴族社会と言えば、人間関係も複雑です。
貴族は上下関係のはっきりした階級社会です。上の者に対する、あるいは下の者に対する作法というものがしっかりと定められています。
貴族の家の序列は、王家を筆頭に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と続きます。
男爵の下に準男爵とか騎士爵と言った爵位もありますが、これらは功績を上げた平民などにも与える地位で、一代限りの爵位です。
他にも国境に接しているため国防の要として通常の伯爵よりも地位の高い辺境伯なんかもありますが、貴族家の地位は公式には爵位で決まります。
王家は別格なので他の貴族は臣下の礼をとります。貴族同士は各々の爵位で上下関係が決まり、上下関係に応じた礼法を行わなければなりません。
家の地位は爵位で決まるのですが、個人の地位はまた異なります。
私はチャールストン伯爵家の養子になったことでチャールストン伯爵家令嬢になりましたが、私自身は伯爵ではありません。
私に限らず、お義兄様だってお義父様の後を継いで当主になるまでは伯爵ではありません。
こうした爵位を持たない貴族は大勢います。貴族家の当主を継ぐか、何か功績をあげて叙爵されるまでは貴族であっても爵位を持ちません。
つまり、公爵家の子息でも男爵家の子息でも、それどころか王子や王女であっても爵位を持たないと言う点では同じなのです。
私人としてならば王子や公爵家の子息であっても男爵家の当主の方が格上、王家や公爵家としての行動ならば当主であっても男爵家の方がずっと格下と、同じ相手であってもどういう立場で対しているかによって上下巻関係も変わり、それに応じた作法が必要になるのです。
もちろん、私人として無位無官の同格だからと言って、私のような元平民や下っ端貴族の子弟が王子様や上級貴族の子息と対等に話せるはずもありません。
ちゃんと同格同士でも相手に対して敬意を示す作法があります。
今は同格だからと言ってなれなれしい態度で接したりすると将来困ったことになる可能性もあるのでとっても重要です。
ここまででも十分に面倒なのですが、そこに加えて役職としての立場が入ってきます。
多くの貴族は国や領地の何らかの仕事に就いています。言ってみれば、公務員です。
国や領地の行政とか司法とか公共事業とかに関係する仕事が多いですが、そういった仕事の上でも貴族と関わることも多くあります。
職務の範囲内では貴族の身分よりも役職の立場の方が優先されます。そうしなければ仕事になりません。
例えば、学園の教師なんかは爵位を持たない貴族が多いですが、学園には家の都合で爵位を継いだ学生が入学してきたり、王太子どころか即位済みの国王が入学してくることもあるのだそうです。
しかし、どれほど身分の高い学生が入ってきたとしても教師は教師、学生は学生です。
学園での教育の範疇では学生は教師の指示に従い、教えを請わなければなりません。
ただし、職務の範囲内では役職の立場の方が優先するといっても、相手の身分に応じた言い方はあるし、職務の範囲外の越権行為とみなされるとそれなりのペナルティーを受けることになります。
王族や大貴族の通う学園の教師は、結構リスクの高い職業なのです。まあ、下っ端貴族の仕事なんてどこでも似たようなものらしいですけれど。
貴族相手の仕事は大変です。互いの家の格式、個人の身分、職務上の立場を把握したうえで、自分の権限で対応して大丈夫なのか判断します。
そして立場や状況に応じて取るべき作法を適切に選択しなければなりません。その組み合わせは膨大です。
こんなややこしい設定誰が作ったんだ! ……と、前世の人も叫んでいます。
まあ、設定を作ったとすればシナリオライターさんか原作小説の作者さんでしょうけれど、ここがゲームや小説の中ではない異世界ならば自然発生的にできたルールではないかと思います。
なんでも、複雑怪奇な作法ができた背景には、不作法をやらかした貴族をフォローするために無理やり例外を作ってきた歴史があるのだそうです。
権力を持った大物貴族は失敗したからと言って簡単に切り捨てることはできません。様々な理由を付けて抜け道を作り、処分を免れます。
しかし、前例主義の貴族社会では、一度記録に残った例外的な抜け道は、礼法の中に組み込まれてしまいます。その際に安易に不作法を許容しないように厳しい条件を付けたりするのでさらにややこしくなります。
こうして誰かが大失敗をやらかす度に、救済措置として礼法が複雑になって行くのです。
政府の要職はほぼ全て貴族が占めているそうですが、その理由の一端を理解しました。
こんな面倒な礼法、平民には無理です。憶えきれません。平民の礼法は適用外なのですが、多くの貴族は無礼な平民に良い顔をしません。
お義父様が人材発掘と言って十歳の子供を超青田買いした理由も分かりました。
子供のころから教育しないと間に合いません。頭の固くなった大人を何年も貴族の勉強だけさせるのも無駄です。
学園への入学まで後二年足らず、私の勉強は間に合うのでしょうか?